うちに住み着いた幽霊が、人気配信者になってチャンネル登録者100万人???:34
いつもよりも厚い財布に少しドキドキしながらも、大して変わらないルーチンワークで職場へ向かう。
階段を昇り、裏口を開けて挨拶をすると店長の声が返ってきた。
ロッカーに荷物を仕舞い、エプロンを身につけて店長の方へ向かうと、店長はマグカップ片手にノートパソコンを開いていた。
脇から見えた画面には、釣り具メーカーのホームページが映っていたので、今日は予約があまり多くないのだろう。
「仕込みどうします?少なめにしておきますか?」
私が声を掛けると、店長は指を折りながら何かを数えて答えた。
「うん。少なめで良いよ。お客さん少なかったら、絵里ちゃんと早く上がってくれても良いし。」
絵里ちゃんと?
違和感がある返事が店長から返ってきた。
なんだか嫌な予感がしたので、理由を聞いてみる。
「私は別に閉店まで居ていいんですけど、なんでいっしょに?」
そうすると、店長は意外そうな顔をして聞き返してきた。
「女性を待たせるのも悪いでしょ?小柳くんって、意外と亭主関白なタイプだった?」
やはり良くない方向に誤解されているようだった。
それもこれもだいたい絵里が悪いのだが。
あの日以来、絵里は仕事中でも私に話しかけてくるようになっていた。
店の中の人間では、私だけに。
最初は他の目が無いタイミングを狙ったりしていたようだったが、だんだん面倒くさくなってきたのか、最近は普通に話しかけてきたりしていて。
今までは業務内容以外の会話はほとんどせず、始業ギリギリに来て、時間が終われば颯爽と帰っていく。
話を振っても無表情に「興味ないです。」とか「忙しいんで。」みたいな塩対応だったのが、微笑みながら喋っていれば十分な異常事態で。
店長が確信に近いくらいに話を振ってくる辺り、家に来る話でも聞かれていたのかもしれない。
この前は先輩からだったが、店長の誤解も解いておかないと面倒なことになりそうだったので弁解していった。
「男女の関係ではないですよ。たまたま共通の趣味があることがわかって、少し仲良くなったくらいで。」
私がそう言うと、店長は驚いていた。
「そうなの!?あの絵里ちゃんが家に行くくらいなんだから、僕はてっきりそういうことなのかと。」
やっぱり聞かれてたんじゃないか。絵里には少し釘を刺しておかないといけない。
「だから、仲良くなったのは確かなんですけど、気を遣われるとそれはそれで困るというか。」
店長は頷くと、何かを思い出しながら話し出した。
「いやぁ、小柳くんたちが来る前なんだけどね。大学生とフリーターのバイトの子が付き合って、二人一緒に飛んじゃってさ。それから、そういう話題は気になっちゃうんだよね。」
店長の気持ちはわかるが、残念ながらそういう関係には全く発展していなかった。
字面だけ見れば、家に来て、お泊りセットも置いて、ベッドインまでしているのだが、肝心なことは何も起こっていない。
そんな話をしながらも、仕込みや準備をしていると、開店が迫ってきて絵里が入ってくる。
「おはようございまーす。」
いつものテンションが低い、緩い挨拶。
店長や田辺さん、私とバラバラに返事をしているのを、聞いているのかいないのか。
ものの数分でロッカーから出てくると、私の姿を見つけて、こちらへ寄ってくる。
「あれ、月曜で良いよね?別に用事ないでしょ?」
声を抑えているが、まだ客もいない店内だと話の内容は聞かれているだろう。
会話が続くと、余計に誤解を悪化させそうな言葉が出てきそうだったので、適当に返事をして終わらせようとしたのだが。
「なんでめんどくさそうなの?私と出かけるの嫌なの?」
もう止めてくれ、と願っていると店の扉が開いて客が入ってきた。
助かったのか、興味を惹く燃料を投下しただけなのか。
複雑な思いで営業に入っていくと、それなりに忙しく時間は過ぎていった。
そして、閉店になると絵里はいつものように、すぐに帰っていった。
私もすぐにというわけではないのだが、手早く後片付けを終えると、足早に店を後にする。
帰りにコンビニで買い物を済ませると、遠くはない家へと歩いて帰っていく。
安アパートの階段を昇り、狭い廊下を進んでいくと。
私の部屋の前に、絵里が座り込んで待っていた。




