#30『墓碑銘』
オブシディアンは胸部を貫かれると、そのまま全身を滅多打ちにされた。
「おーちゃん!!!!」
オブシディアンは全身が灰色の液体となり、オブシディアンが居た場所には灰色の水溜まりが形成された。
「そんな......」
「......!?まだじゃ!」
水溜まりが独りでに動き始める。それは複数に分裂したかと思うと、黑珍珠達に向かって構えようとした铃兰に向かい、水面から鎖が飛び出し、铃兰を縛り付けた。
『ぐっ...グギギ......』
オブシディアンは铃兰の背後から地上に出て来る。铃兰はすぐに鎖を粉々に砕くと、オブシディアンに拳を振るおうとした。だがオブシディアンはそっと後ろに下がり、再び铃兰を縛り付けた。
『...お前、今どっちだ?』
铃兰はオブシディアンの問いにうめき声で返す。その眼からは涙が浮かんでおり、明らかに自らの意志による行動でない事を現していた。
「オブシディアン――それが君の―――」
『ハナセ!!』
铃兰の身体に憑く呪いは、铃兰の身体でオブシディアンを傷つけようとする。オブシディアンは鎖を解きそのまま勢い余って向かってきた化け物に拳を構えると、そのまま化け物の攻撃を全身に浴びながら文様を裂いた。
「おーちゃん......」
『...』
オブシディアンの顔には呪いが戻り、铃兰は元の姿でその場に倒れ込んだ。
『...!?うぐッ!!』
オブシディアンは再び呪いに侵された顔の右側を手で覆うと、その場に片膝を着き、一瞬気を失った。
黑珍珠が駆け寄ると、オブシディアンは手のひらを伸ばしそれを制止する。
『......俺の事は良い。目的を果たせたんだからな。』
「でも......」
『俺が向かう先を知ってるなら、その感情は不要だって分かるはずだ。気にするな...この世界に俺を縛り付ける物は無い。未練が無く、目的を果たせたのなら、俺が向かう先は1つだ。』
オブシディアンは肩で呼吸しながら、体を起こし、まだ気絶している铃兰を見る。
『ただこいつには、帰るべき場所がある。こいつには居場所がある。だから、お前達がこいつを想っているのなら、その気持ちを大事にしてりゃそれでいい。......俺はもうここを去る。神子が負けたなんて皆が知ったら、こいつの面子も持たんだろうしな。』
「......ありがとう、おーちゃん。铃兰を救ってくれて。この街を、守ってくれて。」
『...それでいい。』
オブシディアンは再びフードを深々と被り、乱れた髪を少し整えると、黑珍珠に背を向け、道場の奥にある竹林の中へと消えて行った。
「......」
黑珍珠がオブシディアンの消えて行った竹林を眺めていると、道場の方から声が聞こえて来た。
「あれ、もしかして铃兰か?ってことは、アイツが勝ったんだな!!」
「だが、どうして戦ってたんだ?さっきの黒いの消えてるし、ってかあの龍が铃兰だったなんて」
「まぁ、何が何だか知らんが、一件落着...でいいのか?」
少しずつ格闘場に出て来る門下生達を横目に、翠は黑珍珠へ歩み寄る。
「あやつは、紛れもなくこの島の英雄じゃ。栄誉ある死を、ワシらはここに留めておくとしよう。」
「うん。」
黑珍珠は眠っている铃兰を抱きかかえながら、尚も竹林の方を見ていた。
〈輪廻の秘境〉
オブシディアンは谷底の道を通り、理性と本能の街に向かって歩き出す。その足取りは重く、心なしか周りの音がより鮮明に聞こえていた。
『......俺はもうすぐ、死ぬんだな。』
自身の手首を見ると、頭部だけにあった呪いはそこまで伸びていた。
『まぁ、やり残したことと言えば、最後にあのトリカってやつに聞きたい。』
『居場所ってのがあるのは、どんな気持ちなんだ?って』
〈刻動の街前、結界〉
歩いている内に日が暮れ、オブシディアンは島の中心部に居た。結界が屈折しており、今までの経験則からその結界が十字に貼られている事が分かった。
『って事は、こっちがグラスの区画だな。』
オブシディアンは今居る場所と刻動の街の間にある結界をノックする。向こう側で微かに何かの音がした後、目の前に扉が現れた。
『......』
扉が開くと、グラスが向こう側から現れ、オブシディアンの目を見る。
『......』
『役目は終わった。後は死ぬだけだ。』
グラスは尚もオブシディアンを見る。一切物怖じせず、まるで銅像のようにそこに佇む。
『私も完全に頭から抜けていたが、お前はどうやったら死ぬんだ?』
『......?』
『お前の能力から推測するに、物理は効かないって事で合ってるよな?』
『...頭を強く打った時、一応気絶はしたが、死にはしなかったな。』
『その呪いは死に至るものではない。その証拠に、私は今こうして生きているし、他の区画の神子も生きている。なら、どうやって死ぬつもりだ?』
『......』
考えた事も無かった。漠然とそれに向かい歩き続けたが、それにきちんと向き合った事が無かった。
『毒は効くのか?』
『......さぁな。効いたとしても、少し手間だろう。』
『あぁ。それに私にはそんな趣味は無いからな。』
『それで、他に何か考えはあるのか?』
グラスは、自身の髪を持ち上げ、首元を見せつける。そこには黒い点が2つあり、何かに噛まれた跡の様にも見えた。
『私は陽の光に当たっても死なない。これは神子になってからの事だ。』
『......記憶が、あるのか?』
『お前に私の呪いが移った時、神子でなかった頃の記憶が戻ったんだ。神子になる前、私は吸血鬼だったんだよ。』
『......非現実的だな。』
『だったら、試してみるか?』
『手段ってのはそういう事か......』
『お前を噛む。駄目なら引っ掻く。それでも駄目なら私の血を流し込む。タイミング悪く丁度日が暮れたが、次の日が昇ればお前は間違いなく死ぬだろう。』
『......』
オブシディアンは下を向く。風の吹く音が辺りを満たす。目を瞑り、深く考えた後、髪をかき上げ、呪いの浸食が無い方の首を差し出した。
『もし駄目だったら、ヤグルマを探せ。いいな?』
グラスはそう言うと、オブシディアンが頷く前に、オブシディアンの首元に噛み付いた。オブシディアンの身体は液化せず、グラスの牙を素直に受け入れた。不思議と痛みは無く、グラスが離れると、オブシディアンの首元には噛み跡が残った。
『お前、実態あったんだな。』
『まぁな。』
『じゃあ、脳天打ち抜けば...そうか、呪いがあるのか。』
『この体には血も流れていない。結局これしか方法は無いらしい。』
『吸血鬼の弱点になるものは色々あるが、後天的に吸血鬼になるには時間がかかる。それでも一番効果があるのが日光だから、少なくともこの夜の間はどう足掻いても死ねんな。もしやり残したことがあるなら、この一晩の内に済ましたらどうだ?』
『......じゃあ、理性と本能の街に行かせてくれ。』
『分かった。...あと1ついいか?』
『なんだ?』
『......いや、やっぱりなんでもない。』
グラスはそう言うと、理性の街の方に扉を作った。
『あのヒビから抜けても良いが、手間だろう?ほら、さっさと行け。』
オブシディアンは真っ直ぐ扉を潜ると、本能の街へと向かった。
To be continued.




