#31『我が身に映る』
〈理性の街、路地〉
狙撃手と爆弾魔の事が頭をよぎり、オブシディアンは人目に付かない所を歩きながら進む。この街は夜だろうと変わらず動き続けており、全く眠る気配が無い。
『......』
オブシディアンは街中を進む中、肩に冷たい感触が伝わり咄嗟に振り返ったが、誰も居なかった。
『......?』
オブシディアンの視界に白くて小さな何かがゆっくりと落ちて来た。空を見ると、雪が降り始めていた。
『雪......?そういや、確かに風が冷たかったな。生まれた時は秋頃か...?』
オブシディアンは人込みに紛れ進む。厚着の人々が外を闊歩し、マフラーを2人で巻いたり、温かい飲み物を頬に当ててる人も居た。
(......皆、随分満ち足りたような顔をしている。居場所と言うのは、満たされるものなのか?)
人込みを抜けたオブシディアンは、街の建物とほぼ同じ高さの大樹を目にする。そのてっぺんには大きな星が輝いており、枝や葉にも装飾がされていた。その根元に目をやると、見覚えしかない人影が2つあった。オブシディアンは咄嗟に建物の裏に隠れ、回り道して進むことにした。
〈本能の街〉
本能の街は理性の街とは打って変わって、閑散としていた。それでも街の至る所に明かりや装飾が見られ、建物の中からは笑い声が聞こえて来た。
少し進むと、オブシディアンが最初に浮上した倉庫が見えて来た。中は真っ暗で、誰も居ないようだった。
『......居ないのか?』
オブシディアンは軽く声を出したが、自身の声が響いて返って来るだけだった。オブシディアンは周辺を見て回ると、その場を後にした。
(夜明けまで猶予があると言っても、特にやる事が無い。トリカを探すにしたって、今のこの姿で合ったらまともに取りあってはくれんだろう。諦めがつくなら、それは未練としては残らんだろうし、アイツに合う必要もない。出来ればどこか1人で、誰にも知られないままの方が楽だ。)
オブシディアンは明かりの灯る街中を抜けると、街の端にある防波堤へと辿り着いた。
〈理性と本能の街、防波堤〉
防波堤には船の1つも無く、釣り人もおらず、波の音が響くばかりだった。
(...ここで朝日を待つか......朝日は東から。あの建物が少し邪魔なくらいか。)
オブシディアンは防波堤から東にある建物に目を向ける。その建物は、3つの棟に分かれ、窓が所々割れている。オブシディアンが星空を眺めていると、防波堤の外から足音がした。
「後を追ってったら、こんな所に来るとはな」
オブシディアンは振り返らなかった。
「どうだ?何か面白いものは見つかったか?」
声の主は淡々と続ける。彼がオブシディアンに近付こうとすると、オブシディアンは呪いが侵食されてない方の手で彼女を制止した。
「......なんかあったのか?」
『......トリカ、』
「なんだ?」
トリカは優しく声をかける。出会った時よりも、柔らかい声で。
『...居場所ってのは、どんな気持ちだ?』
出会ってしまったのなら、中途半端に終わってしまうかもしれない。さっさと終わらせよう。
「ほぉ?面白いな。」
トリカは防波堤の端に座ると、両手を斜め後ろに置き体を支え、話し始めた。
「私はこの数ヶ月で、それの大事さを再認識したよ。私が思う居場所の気持ちってのは...そうだな。「美味しい」かな」
『美味しい......?』
「あぁ。私が本能の街作った時、そりゃあもう毎日酷いもんばっか食ってたよ。最初は理性の街の端の方を陣取ってな?そっからちょっとずつ勢力広げて、その物資でやりくりしてた。勿論、物資には限りがあるし、エリナのとこにはやり手が居る。だから、仲間が何とか食い繋げるように私はその余りを貰ってたんだ。パンの耳の切れ端とか、揚げ物のカスとかな?だけど、そんなシケたもんでも、あん時は美味しいって思えた。ハッ、今言ってみるとゴミみてぇな生活だな。二度と戻りたかねぇ。」
『......』
「だけど、そんなゴミみてぇな生活が、私の宝物だった。その宝物は今、もっと大事なもんになったけどな。」
『......なんかあったのか?』
「あぁ。私男と娘居るって話したろ?夫は理性の街に居て会えなかったんだが、なんやかんやあってそのいざこざが丸く収まって、また会えた。それに、そいつ養子を4人も養って、クソご立派な館に住んでやがった。私はこんだけ苦労してたってのに、こいつってのは......まぁ、あいつにもあいつの苦労があるんだ。なんも考えず妬んだりしねぇよ。」
「ちょっと惚気が混じったな。すまん。どうだ?お前も来ないか?」
『......俺はいい。』
「...そうか。逆に聞いてもいいか?」
『...?』
「1人って、どんな感じだ?」
『......』
オブシディアンは少しだけ揺らぐ。オブシディアンの心の中に、今までなかった何かが、トリカの疑問の答えを探ると共に現れ始める。
『......支えが無ければ、休める場所も無い。だが、俺にとっては大した事じゃない。俺には居場所は、必要無い。』
今更望んだところで、手に入らない。だが、それでいい。オブシディアンは、未練を諦めた。
『教えてくれて、感謝する。』
「へッ、じゃあ私はもう行くわ。この熱い飲みモンがあっても、この時間の海辺は寒くってしょうがねぇ。」
トリカはオブシディアンに手を振りながら、その場を後にする。オブシディアンは振り返らず、空に浮かぶ月を見上げる。
『なるほどな。人ってのは、そういう生き物なのか。』
オブシディアンは防波堤の隅に座り、波の音を聞きながら、夜明けを待った。
〈暁時、防波堤〉
月が沈んだ。街の光も全て無くなり、地上よりも空の方が明るく感じる。
『もうすぐか......』
心なしか、自分の肌が白くなったのを感じる。体が硬い。
『本当に吸血鬼になれたのか?』
オブシディアンは立ち上がると、東の方を見た。
(嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!!!!!)
『......!?』
オブシディアンは瞳孔を開き、咄嗟に周囲を見渡す。その声は聞き覚えがあり、オブシディアンは腕に刃を形成した。
(聞いてない聞いてない聞いてない聞いてない!!!!!!どうして!?こいつだけ死ぬんじゃないの!!!!???)
『......』
オブシディアンは顔をしかめる。その声は通心の街で見た、聞いた、あの幻覚の声だった。
(ふざけんな!!!!なんで私だけこんな目に逢うのさ!!!)
『......?』
オブシディアンの脳内で幻聴が暴れる。通心の街の時の高笑いしていた声とは違い、それは焦りと恐怖に染まっていた。
(ッハ、ハハハハハハ!!!分かった、じゃあ!!!!お前だけ先に葬ってやるよ!!!!)
『っ!?』
オブシディアンを激しい頭痛が覆う。視界がぼやける。
『これは―――っ!?』
身体が言う事を効かない。自身の手を見ると、溶解と形成を繰り返し、自身の視界がどんどん地面に近付いて行った。
『お前—――――誰――だ―――』
オブシディアンは水溜まりに沈むと、意識も同時に沈んで行った。
To be continued.




