#23『生々流転の秘境』
オブシディアンが街の北にある結界に近付くと、それに寄り掛かり腕を組むグラスが居た。
『......』
『心配、とでも言いたいのか?』
『まさか、お前に死ねと言ったのはこの私だ。』
グラスはオブシディアンの顔の、髪に隠れた部分を見つめる。
『......』
『最後の一角、行けそうか?』
『どの道、俺がやらないといけない事だ。』
『そうか。』
グラスは結界から少し離れ、結界に扉を作る。
『この先には、最後の1人、争い事の神子の街がある。正確には、大災害で地殻変動が起こり、大部分が消滅してるから、秘境と言った方が正しいがな。』
オブシディアンは何も言わず、扉に近付く。グラスは何か言いたそうに、オブシディアンを見つめる。
『......用があるなら、俺が死ぬまでに言え。死を望んだのは俺だがもやもやして死ぬのは癪だ。』
『だったら今言わせてもらう。』
グラスは扉の隣に立ち、再び結界に寄り掛かる。
『お前に呪いを移させたのは、理性と本能の街に居る、「秩序の神子、ヤグルマ」だ。』
『...は?』
『お前が生まれて間もない頃、無垢なる存在のお前に、自我の形成が未熟で、まだ脳波が安定していなかった段階で、お前の人生を、お前の未来を上書きした。』
『......どういう事だ?』
『秩序の神子の力は、「この世界のあらゆる事象や、生物の記憶等を記録し、それを好き勝手出来る」ってものだ。例えば、誰かがアイスを食べたとする。秩序の神子の力を使えば、その事象を他人に書き換えれば、アイスを食べた人はアイスを食べてない事になり、また違う人がそのアイスを食べた事になる。』
『......誰かの呪いと言う事象を、俺に移したって事か?』
『そういう事だ。そしてそれは、本来ヤグルマが背負うはずだった呪いを、お前に移したんだ。』
オブシディアンは理性と本能の街の方を見る。その顔は特に変わった所が無く、涙しなければ怒りもしない。
『......まぁ、それが分かった所で、俺のやる事は変わらない。お前から頼まれたのではなく、生まれた瞬間からあいつに生き方を決められた。それだけだろう?それに、それで皆が助かるなら、俺はどうだっていい。』
『......あいつに、怒らないのか?』
『別に、俺は生きる意味を見出せていない。そのまま死ねば、未練も残らないだろう。』
『......そうか。』
『話は終わりか?』
『...あぁ。』
オブシディアンはグラスが頷いたのを見た後、扉の向こうへと歩いて行った。
『......』
グラスはオブシディアンが向こう側の夜の闇の中に消えて行ったのを確認すると、ゆっくりと扉を閉じた。
〈創造と破壊の秘境?〉
俺の役目はもうすぐ終わる。いや、正確には、死ぬ事によって終える。俺の気が変わる前に、さっさと呪いを払わなくてはならない。俺が全てを背負って、死ななければならない。
『...何も見えないな。』
湿度が高く、月明かりが地上まで下りて来ない。恐らく、霧が辺りに満ちているのだろう。
オブシディアンは、刻動の街で経験した事を思い出し、水溜まりに潜る。
オブシディアンの海は空が曇っていようと、水溜まりから陽や月の光が差し込む。オブシディアンはそれを頼りに、植物の枝や人工物が見えないか探しながら、海の中を進む。
少し進むと、不規則に折れ曲がった影が月明かり越しに見えた。
(今居るのは谷底って所か?グラスが言っていたな。この区画は大災害ってやつで地殻変動が起きたのだと。)
オブシディアンは崖の影を伝って進む。しかし、どれだけ歩いても、それ以外の物は水面に映らなかった。
『キリが無いな。』
水面から顔を覗かせると。やはり外は真っ暗で、その中にただ1人、オブシディアンのみが存在しているだけだった。
『......もう少し潜って進むか。』
オブシディアンは再び水中に潜る。
(そういえばこの力、どうして地中が海みたいになっているんだ?それに、階段でこの力を使うと激流が流れていた。同じ理由で、これで壁を伝うことは出来ない。......そうだ、これで崖の上まで飛べないものか?)
水底まで潜り、勢い良く水面から飛び出す。その直前に両手に大きなフックを形成し、オブシディアンは無事崖の上まで飛び上がると、そのままフックを引っ掛け、崖の上によじ登った。
(高さはあの時の壁より少し高い位か。)
崖の上に立ったオブシディアンの上には月が昇っており、その光は潜らなくとも、オブシディアンの周りを多少なりとも照らしてくれていた。
『ここからは潜る必要もあまりなさそうだな。』
オブシディアンはフックを砕き、右腕に刃を形成すると、目の前に広がる森の中へと入って行った。
『にしても体が重い......呪いは多少なりとも俺に効くらしい。それでも、死ぬには事足りないくらいか。』
オブシディアンは左腕に杖を形成し、身体を支える。
『気怠い,,,,,,体力は温存しておこう。ここの神子はどんなバケモノになっているか分からんからな。』
オブシディアンは森の中を進みながら、辺りを見渡す。少し進むと、微かに香辛料の匂いがした。
『自然に生えてるものでもここまで強い匂いはしない。つまり、人里が近いな。』
オブシディアンは匂いを辿り、その方角へと歩みを進める。途中、杖が木の根に引っかかりつまずきそうになったが、何とかこらえた。
『そういえば、人工物も何もない森を歩くのは初めてだったな。香辛料の匂いで多少は動物避けになっているだろうが、全くいない訳ではないだろう。少し用心して進もう。』
草木が生い茂り、途中見かけた湖の中には、月の光を反射する何かが見えた。その他にも、木々の枝わかれする元をよく見て見れば、まれに鳥の巣があった。
さらに歩くと、白い壁と赤い瓦が見えた。
『匂いの元はこの向こうか。まぁ、目的はそれじゃないし、とりあえず入口を探そう。塀を飛び越えても良いが、飛び越えた先に人が居たら変な誤解をされかねないからな。』
幸い塀の周りは舗装されたおり、雑草や木の根に足を取られる心配は無く、そのまま真っ直ぐ塀の中に入れるもんまでついた。だが、門は閉じており、その前には松明で照らされ、両脇には槍を持った門番が居た。オブシディアンは咄嗟に水中へと潜り、身を隠す。
「なぁ、今、そこで水の音しなかったか?」
「水?雨は降って無いみたいだが。」
「じゃあ、気のせいか。すまん。」
「いいんだ、この仕事はただここに突っ立ってるだけっつったって、こんな暗闇を直視しつづけながら、常に周りに意識を裂かないといけないんだからな。それだけ敏感になるのも無理はない。」
オブシディアンは水面越しに門番の位置を確認し、見つからないように門の下の隙間を通り過ぎた。
〈創造と破壊の秘境?黄水晶?〉
街の中に入ると、物音を立てないように門から離れ、水面から地上に出た。辺りは閑散としており、ボロい布と太い枝の柱で作った日陰が、道の両脇に建てられていた。奥の方にはきちんとした建物も建っており、オブシディアンはそこへと向かって進み始めた。
街に出ると、灯りが所々照ってはいるが、人通りはほとんど無い。
(...は......っと.....................)
『......ん?』
オブシディアンの頭の中に、幻聴が微かに響く。神子が近くに居る証だが、オブシディアンが辺りを見渡しても、それらしき姿は何処にもない。
(...り......に.............)
『......』
オブシディアンは街の奥まで進む。進むにつれて声が鮮明になって行き、やがて街の外れにある崖から、木の柱が大量に連なり何処までも続いている場所に着いた。その奥は月明かりでかすかに見えても、霧でぼやけて何があるかは分からなかった。
『......飛び移って渡れと?』
オブシディアンは少し距離を取り、助走をつける。崖の端から木の柱へ跳び移ろうとしたその時、自身の足元から嫌な音がした。
『,,,,,,へ?』
オブシディアンの足元から崖が崩れ、オブシディアンは谷底へと真っ逆様に落ちて行った。
To be continued.




