#22『通じ合う心』
〈通心の街〉
すっかり日が暮れ、街は提灯や行灯の灯りで満たされた。久方ぶりの明るい夜に、街の人達も心が躍っていた。
「おい!米は炊けたか!」
「あとちょっとよ!料理は出来てる?」
「こっちはもうすぐ出来るぞ!!」
子供達の笑い声、屋台を組み立てる音。まつりごとの社の前にはそこからまっすぐと、日光にも等しい光で満たされた道が伸び、その先の広場では机の上に料理が並び始め、街の人達は皆そこに集まる。
その場においては農民も貴族も百姓も、皆平等に、これから始まる祭りの準備を進めていた。
「にしても、本当に城の貯蓄全部使っちゃってよかったんですか?」
「ホッホッホ、構わん構わん。どうせあの雨で長くは持たんかったじゃろうからの。あぁそうじゃ、心配しなくとも、既に駄目になったものは使っておらんから、安心して好きなだけ食べとくれ」
「なるほど...オブシディアンさんも来ればよかったのに...」
藪蘭は筋肉痛で動けず、街の片隅でその主と共に、櫓の建設を椅子に座って眺めていた。
「なぁ藪蘭、」
櫓に灯る灯りに見惚れていると、灰礬が建設中の屋台の方からやって来た。
「つまみ食いしに行こうぜ。」
「えぇ......」
「へッ、躊躇うと思って、もうお前の分も取って来てるよ。」
灰礬はそう言うと、焼き鳥の串を2本見せ、1本を藪蘭に渡した。
「冗談だ。こいつは俺とお前に渡せってあっちのおっさん達に貰ったもんだ。出来立てだぞ」
「それなら...いっか」
藪蘭は受け取った串から肉を1切れ頬張る。醤油をベースに、みりんや調理酒、砂糖を加えた、タレの甘みが肉の旨味を引き立てる。
「美味っ!?」
「だろ?もうすぐ屋台が開くらしいぜ。開いたら全部巡ってやろう。」
「だね。...そうだ、ありがとう。灰礬のおかげで、俺も強くなれた。」
「なり過ぎだ。お前才能の固まり過ぎだろ。なんでたったの1日で俺を追い越しやがったんだ」
「へへ...オブシディアンさんのおかげです。」
「あいつか...まぁ、気持ち悪い力使うし、鯨を縛り付けたあれは何だったのか聞きそびれたが、なんだかんだアイツのおかげで、俺も敵討ちが出来た。悔しいが、今回ばっかりは素直に感謝だな。」
灰礬は藪蘭と焼き鳥を味わいながら、ふと横を見る。嬉々として藪蘭に焼き鳥を渡しに行く事だけ考えていたもので、隣に居た殿に気付かなかった。
「うおっ!?居たのかよ......」
「2人とも、随分仲が良いんじゃのお」
「まぁ...会ったのは昨日だけどな。」
「うむうむ。やはり若いもんには敵わんわい。大人になると、信用だの取引だの、仕事の関係ばかりに集中するあまり、そういう存在が周りに居てくれることのありがたみを痛感するわい。無論、ワシにも友はおるがの」
「......」
灰礬はあからさまに気まずそうにする。藪蘭はそれを感じ取ったのか、灰礬に左手を差し出す。
「屋台回るのは賛成だけど、肩貸してくれない?足が棒でさ。」
「あ、あぁ。勿論だ。」
灰礬は藪蘭の腕を自身の肩に担ぐと、一緒に歩き始めた。
「そういえば、まつりごとの神子は?」
「あぁ、あいつなら、野暮用あるっつってどっか行ったぜ。まぁ、祭りが始まったら戻って来るだろ。」
「そうだな。」
2人が殿を置いて屋台の方へ向かう最中、櫓の方から声が響く。
「さあさあ皆さん寄ってらっしゃい見てらっしゃい!!今宵始まるは雨上がりの宴!久方ぶりの月の下!!存分に楽しもうじゃないか!!!」
太鼓の音が鳴り始め、辺りは人込みで満ちる。射的の音、金魚や水風船の泳ぐ水の音、木と木がぶつかり人の歓声。
「この街、こんなに人が居たんだな。」
「島に住む1/4の人がここに集まってるんだよな。」
「あれ、なんだ。どうしても痛いからっつって座らせてたのに、我慢できず飛び出して来てやがる。」
人込みをかき分け進む中、今度は文目と出くわす。
「俺らがあそこで大人しくすると思うか?」
「ハッ、それもそうだな。そうだ、あそこに売ってた焼き鳥、お前が作ったんだってな。」
灰礬は少し顔が赤くなり、2人のそっぽを向く。
「べ、別にいいだろ?こんなデカい祭りなんだ。おれも体力有り余ってっからなんか手伝うのは当然だろ。」
「あれ、灰礬が作ってくれたのか?」
「...まぁな。俺からお前に感謝の気持ちってやつだ。」
「ありがとう!嬉しい!!」
「...そうかよ。ほら!もたもたしてないでさっさと回るぞ!!こんだけ人が居たら一瞬で売り切れちまうだろ!!」
「あぁ!!」
灰礬はそう言うと藪蘭を引っ張りながら、文目の横を通り人込みの中に消えて行った。
「今回の祭りの主役はあんた達だ。思う存分楽しめ。だが明日からは、私がたっぷりしごいてやるからな。」
「文目ちゃーん!ちょっと忙しいから手伝ってくれなーい!!」
「はいよ!!!!」
〈通心の街、北方〉
賑やかで明るい場所から背を向け、オブシディアンは北へと向かう。残りは1つ。あと1人の神子の呪いを払えば、グラスからの頼み事は終わる。
生きる意味は分からない。ただ、人助けは嫌いじゃない。見返りは求めない。自分が受け取っても、どの道向かう先は決まっている。その過程に興味は無い。
『見つけた...!』
オブシディアンの後方から、瓦の上を駆ける足音。それはオブシディアンの横を通り過ぎ、オブシディアンの前に着地した。
『......』
神子は何か言い出そうとしたが、オブシディアンの顔を見て、少し躊躇った。
『気にするな。俺が望んだ道だ。』
『...本当に、死ぬつもりなんだね。』
『あぁ。』
オブシディアンはスズメの横を通り過ぎようとする。
『君は、帰る場所はあるのかい?』
『......』
(居場所が欲しくなったら、いつでもここに帰って来い。)
『もし、あるのなら、もし、君の帰りを待っている人が居るなら、君が死ぬのだとしても、君を思ってくれる人のそばに居てやって欲しい。残された人に、君のその遺志で、君の声を聞かせてやれるのは、何より生きている今の君なんだから。』
『......考えておく。』
オブシディアンはその場を後にしようとしたが、すぐに立ち止まる。
『......?』
『死ぬなとは、言わないんだな。』
『私は、人の心を知る事が出来る。それが、私が先代から授かったまつりごとの神子の力だよ。君は、時の神子を救った。そして、私の事も。志半ばで、中途半端な所で人の道を断つのはあまりにも無責任だと私は思う。だから、君の事を引き留める権利は私には無いよ。』
『...そうか。』
『最後に言わせて欲しい。本当にありがとう。』
『......その言葉は、灰礬に取っておけ。』
『ハハッ、そうだね。それじゃ。』
『...あぁ。』
オブシディアンとスズメは、互いに逆方向へと歩み始めた。
〈刻動の街、時計塔〉
『この感じ、まつりごとの神子の方は終わったみたいだな。』
グラスは時計塔の上から、通心の街の方角を眺める。
『......』
(この扉も一時的なものだ。二度手間は掛けさせるなよ。)
(はい…!)
『...あっ、』
グラスは何かを思い出すと、瞬時に身を低くし、音速を越える速さで通心の街へ向かった。
To be continued.




