#21『墓守からの贈り物』
オブシディアンが猛スピードで鯨へと向かう間にも、灰礬は確実に頭部との距離を縮めて行く。
「触手が止まった......?いや、こいつがよりキツく縛ってるから、この鯨はもがく事も出来ないんだな。特別に褒めてやるぜオブシディアン。仇が討てるんだからな。」
灰礬は鯨の首を絞めている触手を越え、ついに頭部へと辿り着く。
「もしお前がこれで死ななかったら!!弁解くらいは聞いてやる!!!!だから!!!!」
(まずい......!!)
オブシディアンは速度を上げる。だが灰礬の両刃は既に、文字通り鯨の眼前に来ていた。
「さっさと目ェ覚めやがれ!!!!」
『待て!!!!!!』
オブシディアンは必死に叫び、その場から飛び上がると、刃を片手に鯨の口に飛び込んだ。それと同時に、灰礬の刃が鯨の眼の文様に命中し―――
「!?」
鯨の身体は破裂すると、2人を黒い濁流が覆った。
(考えろ...どうやって外に出す...そうだ、この触手、これでこいつを弾き飛ばせば!!)
(しかし待て...このデカさの触手だ、それを水中に居る人間に当てて飛ばすとなると......)
オブシディアンは微かに透き通るその濁流越しに辺りを見渡す。
(森の中は駄目だ。大木にぶつかれば只じゃ済まない。地面は...こいつ、気絶してやがる。受け身は諦めよう。後は......)
オブシディアンは、隣で気絶している灰礬越しに城の方を見る。最上階では藪蘭が、こちらに手を伸ばしているのが見えた。
(そうだ...あいつに...!)
オブシディアンは朦朧とする意識の中で、灰礬を触手で藪蘭の方へ飛ばした。
「!?灰礬!!」
(頼んだぞ......)
オブシディアンは灰礬が濁流から抜け出したのを確認すると、そのまま意識の深い所へと沈んで行った。
藪蘭は灰礬に向かって最後の力を振り絞り、咄嗟に抜刀すると、灰礬を風で受け止めキャッチした。
「灰礬!!...よかった、気絶してるだけだ。」
藪蘭は屋根の下に灰礬を寝かせると、地面に落ちて行く黒い濁流を見る。
「オブシディアンさん......さっきの叫び声は...って事は、まだ生きている!!もしかしてあの中に!?」
藪蘭は立ち上がろうとするが、体力が無くなり上手く立ち上がれない。
「クソっ、助けに行かないとなのに...」
「やめとけ。無理すんな。」
「そんな事分かってる...だけど今は―――え?」
藪蘭は反射的に返答した後、声のした方を振り向く。そこには文目がおり、灰礬に歩み寄ると、首元に指を軽く当てた。
「にしてもあんた達、こんな事してたなんてな。」
「なんでここに」
「たまたま城下町に野暮用があったんだけど、さっきまで居たあの鯨が、イカの触手みたいなのに巻かれてるのが見えてね。特に理由は無く、勘であんた達なんじゃないかって、」
「......怒ってる?」
「まさか、自慢の弟子だって思ってるよ。」
「でも、城に侵入した上に、こんなに人に向かって力を使って...」
「皆傷一つついて無いじゃないか。何を責める必要があるんだ?あんたは強くなった。今ならこの街の誰にも負けないだろうね。」
「はぁ......って、こうしちゃいられない、オブシディアンさんを――」
「私が行って来るからそこで休んでなさいって言ってるんだ。師匠の言う事はちゃんと聞くものだぞ。」
「はい......」
そう言うと文目は、階段を駆け下りて行った。
〈??????〉
また暗闇だ。
そして、目の前に居る1人の白い影。だけど、今回は何かが違う。白い影の手に触れると、辺りはたちまち光に満たされて―――――
〈?????〉
私は、ある貴族の家の、一部屋の片隅に置かれた人形。額にある剣に触れると、触れた人が望む姿になれる。その剣が無ければ、ただのマネキンみたいになってしまう。
私の持ち主は、私に沢山愛情を注いでくれた。私も、その人が大好きだった。
だけど、その人の家族は、私に良い印象を抱かなかった。
私の変幻自在に姿を変える力、それを、君が悪いと一蹴した。持ち主はそれでも愛してくれたけど、いずれ家族の人達は私を傷つけた。持ち主は悲しんだ。
ある満月の夜だった。カーテンが空きっぱなしの窓から、月の光が差し込んだ。そして、剣はその光に呼応するように黒紫色の光を放ち―――
それから見たものは、覚えていない。気が付いた時には、私の前でいつも笑顔を浮かべていた人の、涙する顔だった。
その子がその後どうなったかは、私も知らない。私はその子に罵られ、叱責され、その館を去った。
その日から、私は新月以外の月が照る夜の間だけ、自立して動けるようになった。
数年後のお話。今度はある薬屋に拾われた。その人の想い人の姿になった。後から知ったのは、その人は行方不明になっていた事。その人は偶然にも想い人を見つけ、養いながら、一緒に薬屋を営んでいた。
当然、私は用済みになり、薬屋の隣にある倉庫の奥深くで眠りについた。
再び満月。目を覚ました私の前には、小さな箱があった。それを開けると、頭に刺さっていた剣が入っていた。それを見た途端、再び滲む視界。今度私が手にかけたのは、先代のまつりごとの神子だった。
たくさん人を手にかけた。とても酷いやり方で。でも、先代のまつりごとの神子、ミズヒキは、自身の命を奪った私にこの力を与えてくれた。彼女は絶命する前に、自らの意思で私を神子にした。神子になってからは、衝動的に暴れまわる事は無くなったけど、結果的にたくさんの犠牲を生んだ。その罪を、私は背負って生きて行く。生きて行くって...決めたのに......
『はっ!!』
オブシディアンは気が付くと、地面に横になっていた。雲の隙間から微かに日の光が差し込み始める。水溜まり越しに、自身の顔が見える。瞳の中にあった文様は、右目を覆い隠し、顔の右側は真っ黒に染まっていた。
『はぁ.......なんとか最悪の事態は免れたみたいだな。』
オブシディアンは立ち上がろうとしたが、なんとなく気だるかった。
『ん?』
微かに雨水で沈んだ地面に寝転がったまま、オブシディアンは視界の端で光る何かに目をやる。そこには額から黒い角が生えた人形が、安らかな表情を浮かべ倒れていた。
『......お前が、まつりごとの神子か。』
オブシディアンは起き上がる。神子の姿を見て安堵すると、髪で顔の右側を完全に覆い、フードを深々と被った。オブシディアンがその場を後にしようとした時、文目がその場に居合わせた。
『......』
「......」
互いに目を合わせ、束の間の沈黙が訪れる。先に口を開いたのは、文目だった。
「私は、偏見や憶測に囚われるのが嫌いだ。だけど、時には知らない方が良い事もあるという事も知っている。だから1つだけ聞く。あんたは、これからどうするんだ?」
『......少なくとも、この街にはもう戻らない。』
「そうか。だったら早く行った方が良い。どうせ藪蘭もここに来る。」
オブシディアンはそれ以上何も言わず、文目の横を通り、今度こそその場から去っていく。
「ありがとう、私達の街を、神子を、救ってくれて。」
「すげぇ...あれが神子か?」
「ハァ......そんだけ余裕あるなら、俺に肩借りなくても良かっただろ。」
「足が棒なのは本当だって。」
「ハッ、今のお前になら今の俺でも勝てそうだな。」
「それなら目覚めた時点で俺に斬りかかればよかっただろ?」
「あぁ。よくわかってんじゃねぇか。」
オブシディアンと入れ替わりで、目覚めた灰礬が藪蘭の肩を持ってやってくる。
「オブシディアンならもう行ったよ。目的は果たしたんだ。どうせなら、祝いに宴会でもして招待してやろうと思ったんだがな。」
「宴会...」
「宴会じゃったら、わしの貯蓄を使うか?」
「あん?」
3人が声のした方を見ると、城の主がそこに立っていた。
「あ、やべっ.....」
「はっはっは、そこのお嬢ちゃんから事情は聞いとるよ。おかげで久しぶりに日の光を浴びて、こうして外に出る事が出来た。ワシからも何かお礼をさせてくれ。」
「......罰さないのか?」
「何を言っとるんじゃ。主らはこの街の救世主じゃろ?その功績を讃えなくてどうする?」
『ぅ......ん......』
3人の声は、4人、5人と増えた。スズメは起き上がると、その場に片膝を着きながら、頭を抱えた。
『......』
水溜まりに映るスズメの顔は、今にも泣き出しそうだった。
『あぁ...そうか、私はまた、失敗したんだな。』
灰礬は藪蘭をその場に降ろすと、刀を抜いた。
「っ、灰礬?」
灰礬は周りに意識を裂く事無く、真っ直ぐとスズメに近付いた。スズメが顔を上げると、灰礬の刃はスズメの喉元にあった。
「っ......」
灰礬はスズメの泣きそうな顔を見て、目の下を痙攣させ歯を食いしばる。だが、何とかそれを抑え、口を開く。
「...お前の夢を見た。お前の過去を見た。全部、見た。」
『......君には、その刃を私に向ける権利がある。』
「......俺はお前に色々迷惑被ったがな、元から俺は怒りに身を任せこのまま刃を振り下ろす人間じゃない。お前には、生きて貰わないといけないんだ。お前は、この街を護る神子なんだからな。」
『......私を野放しにしたら、今度こそ、皆只じゃ済まないだろうさ。』
「だから、俺はお前を監視する事にした。そしてもう1つ。」
『...?』
灰礬は刀を鞘に納め、スズメを指差す。
「......お前の話、俺に聞かせろ。罰を決めるのは、その後だ。」
『どうしてだ...私はお前の家族を傷つけたんだろ!!それに私はもううんざりなんだ!!私のこの手がまた真っ赤に染まるのが.....もう、嫌なんだ。』
「だったら俺が相手してやる。」
『...え?』
「まさか自分が勝つと思ってるのか?随分自分の腕に自信があるみたいじゃねぇか。そんなに強いのか?「まつりごとの神子」ってのはよぉ」
『......は?』
「だから、お前に居場所をやるつってんだ!お前が暴走しても俺が止める!!」
『......勝てると、思ってるのかい?』
「あぁ分かんねぇ。今の俺ならわかるだろうよ。だから。」
灰礬はスズメを指差す手を引っ込め、自身に親指を立てる。
「俺を鍛えろ。そこの藪蘭に負けない為にもな。」
『......』
スズメは立ち上がり、灰礬の目をしっかりと見つめる。
『もし私に負けたら、その時は今までで1番酷い殺し方で殺してやる。それから私も自害する。それでどうだ?』
「へッ、そうならないよう。最後に1回足掻いてみろ。」
「どうやらすべて丸く収まった様じゃの。よし!!今夜は街の皆でお祝いじゃ!!!!」
「マジ?俺肉食いたい!!」
地面に座り込む藪蘭が、途端に元気を取り戻す。
「そんだけ元気あるなら、その準備も手伝えそうだな。」
「げっ......勘弁してください......」
「ぷっ、冗談に決まってるだろ。あんたらはゆっくり休んでな。準備は私達でやる。」
雨で霞がかった街は、1ヶ月ぶりに陽の光が差す。街の人々は傘を畳み、久方ぶりの陽光に照らされながら、歓喜の声と共に祭りの準備を始めるのだった。
To be continued.




