第2話 見つけたとき
第1章 再販の広告
それは、たまたまだった。
仕事の合間に開いたニュースサイトの隅に、小さな広告が出ていた。
小学校のころに夢中になった SF ロボットアニメのプラモデルが、再販されるという。
小坂慎一は、スマホを持つ手を止めた。
価格は六千円。昔のプラモデルに比べれば、ずいぶん高くなったものだと思った。ただ、調べてみると、今ではこれでも安い部類らしい。
迷ったのは、ほんの数秒だった。何気なく、購入のボタンを押した。
数日後に届いた箱は、思ったより大きかった。開けると、ランナーがぎっしり詰まっている。
「うわ」
思わず声が出た。四十歳の体には、このランナーの枚数は少し重い。
だが、事前に調べておいた「二度切り」を試しながらパーツを外していくと、思ったよりずっと簡単に形になった。
(※二度切りとは、ランナーから少し離して 1 回切り、残ったゲートをパーツの根元でもう 1 回切る事)
やすりもかけず、塗装もしないのに、その立ち姿には、迫力があった。
机の上に立ったロボットは、当時の思い出をよみがえらせるには十分な出来だった。
大人になったからだろうか。子供のころは気にも留めなかった細部に、目が行く。関節の作り、装甲の合わせ目、肩の小さな突起。感心しながら、慎一はロボットの腕を持ち上げた。
アニメでお決まりだった、あのシーンのポーズをとらせる。机の上に置き、手を離して、一歩下がる。
違う。もう少し、こう。
慎一は身をかがめた。身長百七十、体重八十キロをいくらか超えた体を、机の端に押しつけるようにして、目を細める。
角度が違う。左に回る。しゃがむ。首を傾ける。背中の丸い大きな男が、小さなロボットの前で、うろうろと動き回っていた。
「ごはんできたよ~」
妻が部屋をのぞいた。机の前で、中腰のまま片目をつぶっている夫を見て、何も言わずに微笑んで、戸を閉めた。
慎一は気づかなかった。ただ、頭の中には、小学生の自分が見たあの場面が、はっきりと浮かんでいた。
第2章 手に入らないもの
それからの慎一は、早かった。
ライバル機。主人公機の派生型。定番とされるキットを、つぎつぎに買い足していく。ニッパー、ヤスリ、デザインナイフ、カッティングマット。専用の道具も、少しずつ揃っていった。
けれど、どうしても手に入らないものがあった。
彼が一番好きだったロボットは、再販されなかった。
主人公の戦う舞台は、番組中盤、荒野からジャングルと沼地に移る。
敵も正規軍からゲリラ兵に変わり、その敵役のロボットは、足にかんじきのような大きな下駄を履いていた。
主人公機が沼に足を取られてもたつく間に、そいつはすいすいと水面を滑り、背後から攻撃してくる。
主人公機もライバル機も、基本は量産型だ。スペック上は沼地にも対応した汎用機。
そういう世界観の中で、敵のゲリラ兵が乗っているのは、一世代前の汎用機を改造したカスタム機だった。
見た目がわかりやすく旧式ながらも、もっとも過酷な環境で、いちばん輝く特別な機体。少年だった慎一は、その姿に目を輝かせた。
再販の予定は、いつまで待っても発表されない。
当時もあまり売れなかったというから、後回しにされているのだろう。
調べてみると、過去に発売されたそのキットが、個人間の売買サイトに出品されることがあると分かった。値段は、それほど高くない。当時も今も、人気のある機体ではなかった。
出品されるのは、年に一度か二度。
ただ、この機体を探している人は少ない代わりに、探している人は、みな熱心だった。出品が出ると、数分で買われてしまうらしい。
慎一が気づくのは、いつも「売却済み」の文字が並んだあとだった。
通知を設定したこともある。けれど、仕事中に見ても、もう遅い。
ため息をついて、画面を閉じる。それを何年か繰り返した。
だから、いつからか、半分あきらめていた。ああいうものは、いつも見張っていられる人か、運のいい人のところに行くものだ。
そんな夜に、慎一は AI に、ぽつりと話しかけたことがある。
「あの機体、また出ないかなあ」
「お探しのキットですか?」と AI は言った。落ち着いた、少し丁寧な声だ。
「出品されたらお知らせしましょうか。状態や予算の条件があれば、教えてください」
慎一は少し考えた。未開封か、未組立。箱があればうれしい。予算は、一万円まで。
「承知しました。見張っておきます」
そう頼んだことも、慎一はそのまま忘れていた。仕事は忙しく、季節が二つ過ぎた。
第3章 届いた箱
通知が来たのは、昼休みだった。
慎一は、会社の近くの定食屋で、焼き魚の骨を外しているところだった。胸ポケットのスマホが小さく震えた。
「小坂さん、出ました」
箸が止まった。
「お探しの機体、いま出品されました。出品から、まだ三分です」
「えっ」慎一は、周りに聞こえないよう声を落とした。
「こっ、購入できそう?」
「内容を確認します」
数秒。慎一は、焼き魚を前に、身じろぎもしなかった。
「未組立、ランナーは袋入りのまま。箱は角に少し潰れがあり、出品者の説明にもそう書かれています。
出品者の評価は良好です。価格は六千八百円、すぐに購入できます。送料を入れて七千四百円。予算の範囲です」
慎一は、喉を鳴らした。
「……購入できそうです」
「じゃ、購入して」
「購入には確認が必要です。六千八百円、送料込みで七千四百円。この内容で、よろしいですか」
「お願いします」
画面に出た確認を、慎一はゆっくりと押した。指が、ほんの少し震えていた。
「手続きが終わりました。発送は明日の予定です」
「ありがとう」
そう言ってから、慎一は、冷めかけた焼き魚に箸をつけた。味はよく分からなかった。
数日後、仕事から帰ると、玄関に小さな箱が置かれていた。
「届いてるよ~」と、台所から妻の声がした。
慎一は、上着も脱がずに、机に向かった。箱の角は、たしかに少しへこんでいた。
説明にあったとおりだ。ふたを開けると、少しだけ古い紙の匂いがした。袋の中に、ランナーが静かに収まっている。
最近のキットに比べれば、パーツの数は少ない。かんじきのような足の部品を、慎一は指でつまんで光に当てた。
あった。あの機体だ。
慎一は、しばらく動けなかった。大きな背中を丸め、手のひらの小さなパーツを、ただ見ていた。
あれだけ探しても見つからないのに、ある時は、すんなり見つかるんだよな……。
そうつぶやいて、慎一は机のライトを点けた。
おしまい




