表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄された夜、冷徹公爵の「眠るだけの契約妻」になりました 〜触れない約束なのに、毎晩同じベッドで溺愛されています〜  作者: 藤原朝臣御神常陸介釋寛浩


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/25

第16話 一晩中抱かれて眠った翌朝、まともに顔を見られません

 朝になった。


 残念ながら。


 いや。


 別に残念ではない。


 朝は来る。


 毎日来る。


 それが普通だ。


 ただ。


 今朝に限って言えば。


 あと三時間くらい夜のままでもよかったような。


 いや。


 よくない。


 何を考えているの、私は。


「……」


「……」


 目は覚めている。


 たぶん。


 アレクシス公爵も。


 でも。


 どちらも何も言わなかった。


 なぜなら。


 私はまだ。


 彼に後ろから抱きしめられたままだからだ。


 腰に腕。


 背中には胸。


 吐息が。


 時々。


 髪を揺らす。


 近い。


 改めて考えると、ものすごく近い。


「……公爵様」


「なんだ」


 やっぱり起きていた。


「起きていたんですね」


「ああ」


「いつから?」


「ずっと」


「ずっと?」


「ああ」


 嫌な予感。


「まさか」


「ああ」


「ほとんど寝ていません?」


「ああ」


「どうして!」


「お前もだろう」


「私は少し寝ました!」


「三十分ほどな」


「数えていたんですか!?」


「ああ」


「怖い!」


「なぜだ」


「眠っている女の睡眠時間を数えないでください!」


「暇だった」


「寝てください!」


 思わず身体を起こそうとした。


 腰に回っていた腕に。


 一瞬。


 力が入った。


「……」


「……」


 止まる。


 私も。


 アレクシス公爵も。


「公爵様」


「なんだ」


「今」


「何だ」


「離さないようにしませんでした?」


「していない」


「しましたよね?」


「していない」


「絶対しました」


「証拠は?」


「私です」


「証拠になっていない」


「またそれ!」


 でも。


 まだ腕は回っている。


「公爵様」


「ああ」


「そろそろ」


「ああ」


「離していただけます?」


「……」


 また。


 間。


「どうして黙るんですか」


「今、考えている」


「何を?」


「離すかどうか」


「考える必要あります!?」


「ある」


「どうして!」


「呪いが戻るかもしれない」


「……」


 それは。


 ある。


 確かに。


 昨夜。


 手を握るだけでは駄目だった。


 腕を絡めても足りなかった。


 抱きしめられて。


 ようやく痛みが消えた。


「では」


 私は言った。


「少しずつ離しましょう」


「ああ」


「まず腕だけ」


「分かった」


 腰に回っていた腕が。


 ゆっくり緩む。


 寒い。


 ……違う。


 朝だから。


 たぶん。


 そういうこと。


「どうです?」


「問題ない」


「その言葉、禁止したでしょう」


「痛みはない」


「本当に?」


「ああ」


「では、もう少し」


 私は身体を離した。


 一センチ。


 二センチ。


 それから。


 完全に。


 背中から。


 彼の体温が消える。


「……」


「……」


「どうです?」


「痛くない」


「よかった」


 心から。


 そう思った。


 なのに。


 ほんの少し。


 本当に。


 ほんの少しだけ。


 寂しい。


 馬鹿。


「リリアーヌ」


「はい?」


「何だ、その顔」


「どんな顔です?」


「不満そうだ」


「不満なんてありません!」


「そうか」


「はい!」


「ならいい」


「何ですか、その顔」


「何でもない」


「笑いました?」


「笑っていない」


「今絶対!」


「朝からうるさい」


「誰のせいですか!」


 いつもの感じ。


 戻った。


 少し安心する。


 でも。


 やっぱり。


 まともに顔を見られない。


 だって。


 覚えている。


『心臓がすごく速いです』


『知っている』


『呪いですか?』


『違う』


『では何ですか?』


『君だ』


 無理。


 絶対に無理。


 何なの。


 あれ。


 どういう意味。


 聞きたい。


 でも聞けない。


 聞いて。


『深い意味はない』


 と言われたら嫌だ。


 じゃあ。


 深い意味があってほしいの?


 ……やめよう。


「リリアーヌ」


「はい!」


「なぜ驚く」


「別に!」


「顔が赤い」


「朝だからです」


「どういう理由だ」


「知りません!」


 私は勢いよくベッドから降りた。


 足が。


 少しふらつく。


 危ない。


 と思った瞬間。


 腕を掴まれた。


「ほら」


「大丈夫です」


「禁止した言葉だ」


「今は本当に」


「ふらついた」


「寝不足です」


「俺のせいか」


「……半分」


 言った。


 アレクシス公爵が。


 少しだけ目を細める。


「何です?」


「いや」


「言ってください」


「お前も言うようになったな」


「何を」


「半分」


 少し。


 胸が温かくなった。


「あなたに教わりましたから」


「ああ」


「責任は半分ずつ」


「ああ」


「昨夜眠れなかったのも」


「ああ」


「半分ずつです」


「なら」


 アレクシス公爵が言う。


「今夜もか」


「はい?」


 止まった。


「何が?」


「抱くのは」


「……」


「……」


「朝から何を聞いているんですか!」


「必要な確認だ」


「もっと言い方があるでしょう!」


「では」


 少し考える。


「今夜も、後ろから抱きしめて眠る必要があるか?」


「丁寧にすればいいわけじゃありません!」


「難しい女だな」


「あなたの聞き方が悪いんです!」


 顔。


 絶対に赤い。


 熱い。


 でも。


 答えないわけにもいかない。


「……呪いのためなら」


 小さく言った。


「ああ」


「仕方ありません」


「ああ」


「本当に、呪いのためですからね」


「ああ」


「何か言ってください」


「分かった」


「それだけ?」


「では何を」


「知りません!」


 本当に。


 腹が立つ。


     ◇


 朝食の席。


 ハロルドは。


 私たちを見た。


 私。


 アレクシス公爵。


 また私。


 またアレクシス公爵。


「何ですか」


 耐えられず。


 私から聞いた。


「いいえ」


「絶対何か思っています」


「お二人とも、本日は少々お疲れのご様子で」


「寝不足です」


 私は即答した。


「なるほど」


「何です、その『なるほど』は!」


「いいえ」


「絶対誤解していますよね?」


「何をでございましょう」


「それは」


 言えない。


 言えるわけがない。


 契約夫に後ろから抱かれて一晩中眠れませんでした。


 など。


「旦那様」


 ハロルドがアレクシス公爵を見る。


「何だ」


「昨夜の呪いはいかがでございましたか」


「出た」


 空気が変わる。


「ですが」


 ハロルドの目が細くなる。


「今朝はお顔色が悪くございません」


「リリアーヌがいた」


「ああ」


 ハロルドが。


 私を見る。


 嫌な予感。


「具体的には?」


「ハロルドさん!」


「呪いの状態把握は重要でございます」


「そうですけど!」


「手を握るだけでは駄目だった」


 アレクシス公爵が言った。


「公爵様!」


「腕でも足りなかった」


「そこまで言わなくていいでしょう!」


「では最終的には?」


 ハロルド。


 楽しんでいない?


 絶対楽しんでる。


「抱いた」


 アレクシス公爵が言った。


「言い方!」


 私は叫んだ。


「事実だ」


「抱きしめた、でしょう!」


「同じでは?」


「違います!」


「どこが」


「響きが!」


 ハロルドが。


 静かに目を閉じた。


「何ですか!」


「いいえ」


「笑っていますよね?」


「長生きはするものだと」


「またそれ!」


「二十九年間お仕えしておりますが」


「続けないでください!」


「かしこまりました」


 絶対。


 分かっていない。


 いや。


 分かっていてやっている。


「旦那様」


「何だ」


「神殿より、今朝もう一通届いております」


 今度こそ。


 本当に空気が変わった。


「何が」


「昨夜お持ちいただいた記録の追記でございます」


 ハロルドが。


 封筒を差し出した。


 アレクシス公爵が開く。


 私は。


 隣から見る。


「近い」


「読めません」


「向かいに座れ」


「文字が小さいです」


「前にもやったな」


「同じ会話を?」


「ああ」


「もう慣れてください」


「お前が近いことに?」


「そういう言い方やめてください!」


 ハロルドが。


 また目を閉じた。


「笑ってますよね?」


「いいえ」


「嘘です!」


 でも。


 手紙の内容を見た瞬間。


 私は笑えなくなった。


『先日報告した接触必要度の上昇について、追加の解読結果あり』


 私は声に出して読む。


『呪いの進行による悪化とは限らない』


「……え?」


 続きを読む。


『対となる者との精神的結合が強まるほど、呪いは両者の関係を深く反映する可能性がある』


 意味。


 分かるようで。


 分からない。


「つまり?」


 私はアレクシス公爵を見る。


「分からん」


「あなたも?」


「ああ」


「珍しいですね」


「喧嘩を売っている?」


「少し」


「そうか」


 続きを読む。


『距離が近づくほど、必要とされる接触も変化する場合がある』


 私は止まった。


 アレクシス公爵も。


 黙る。


「距離」


「ああ」


「って」


「ああ」


「身体の?」


「違うだろう」


「では」


 精神的。


 つまり。


 心。


「……」


「……」


 気まずい。


 ものすごく。


「続きがあります」


「ああ」


『互いに強い感情を抱き始めた場合、呪いはそれに反応し、対となる者との接触をより強く求める』


 もう。


 読みたくない。


「リリアーヌ」


「はい」


「続きは」


「公爵様が読んでください」


「なぜ」


「喉が渇きました」


「嘘だな」


「今日はよく嘘を見抜きますね!」


「いつもだ」


「なら少しくらい見逃してください!」


 アレクシス公爵が。


 手紙を取る。


 低い声で。


 続きを読む。


『ただし』


 少し。


 間。


『当事者が互いの感情を強く否定した場合、呪いが不安定化する可能性がある』


 私は。


 ゆっくり。


 契約書を思い出した。


 第四条。


『契約期間中、双方は互いに恋愛感情を求めず、婚姻関係以上の関係を強要しない』


 恋愛感情を求めない。


 愛を求めない。


 それは。


 私が言い出した条件。


「……公爵様」


「なんだ」


「私たち」


「ああ」


「恋愛感情を持たない契約ですよね」


「ああ」


 即答。


 胸が。


 ちくりとした。


 何なの。


 どうして。


 自分で言った条件なのに。


 彼があっさり肯定すると。


 こんなに嫌なの。


「そうですね」


「ああ」


「でしたら問題ありませんね」


 言った。


 少し。


 笑った。


 たぶん。


 上手く笑えていない。


「私たちは契約ですから」


「……」


「呪いが反応するような強い感情なんて」


「リリアーヌ」


「ありません」


 言い切った。


 胸が。


 また痛んだ。


「そうですよね?」


 アレクシス公爵を見る。


 聞かなければいいのに。


 聞いてしまった。


「私たちには、そんなもの」


 彼は。


 すぐには答えなかった。


 一秒。


 二秒。


 三秒。


 長い。


 それだけで。


 期待してしまう。


 馬鹿。


 私は。


 本当に。


 馬鹿だ。


「……ない」


 アレクシス公爵が言った。


 胸の奥で。


 何かが。


 静かに落ちた。


「そうですよね」


 笑った。


 今度こそ。


 たぶん。


 ちゃんと。


「なら、きっと呪いの悪化でしょう」


「ああ」


「昨夜のことも」


「ああ」


「ただの呪い対策です」


「ああ」


「それだけ」


「ああ」


 腹が立った。


 どうして。


 ああ、しか言わないの。


 でも。


 私も同じだ。


 それだけと言った。


 自分で。


「……ごちそうさまでした」


 立ち上がる。


「まだ食べていない」


「食欲がなくなりました」


「なぜ」


「知りません!」


 椅子を引く。


 少し強く。


「リリアーヌ」


「何ですか」


「怒っている?」


「怒っていません」


「嘘だ」


「今日は見逃してください!」


 そのまま。


 食堂を出た。


 廊下を歩く。


 速足で。


 自分でも分からない。


 何に腹を立てているのか。


 彼が。


 ない、と言ったから?


 でも。


 正しい。


 契約だ。


 恋愛感情は求めない。


 そう決めた。


 私が。


 自分で。


「……面倒」


 口に出た。


 本当に。


 人間は面倒だ。


 好きになりたくないのに。


 好きかもしれないと言われたかった。


 そんな自分が。


 一番。


 面倒だった。


     ◇


 夜。


 寝室。


 私は。


 ベッドの端にいた。


 アレクシス公爵は反対側。


 遠い。


 昨日までは。


 近いと言った。


 今は。


 遠いと思う。


 自分勝手。


「……公爵様」


「なんだ」


「まだ痛くないですか」


「ああ」


「そうですか」


「ああ」


 また。


 ああ。


 腹が立つ。


「公爵様」


「なんだ」


「昨日のこと」


「何だ」


「忘れてください」


「何を」


「全部です」


「無理だ」


「どうして」


「忘れる理由がない」


 胸が。


 また。


 少し鳴った。


「でも」


「何だ」


「ただの呪い対策ですから」


 言った。


 自分を傷つける言葉を。


 わざと。


「そうだな」


 返ってきた。


 思ったより。


 痛かった。


「……そうですね」


 私は背中を向けた。


 眠ろう。


 もう寝る。


「リリアーヌ」


「何ですか」


「近くに来い」


 止まった。


「……なぜです?」


「痛みが出る前に備える」


「でも」


「何だ」


「ただの呪い対策でしょう?」


「ああ」


 また。


 痛い。


「そうですね」


 私は。


 少しだけ近づいた。


 でも。


 昨日より遠い。


「もっと」


「これで十分です」


「足りない」


「まだ痛くないでしょう」


「ああ」


「なら」


「俺が」


 アレクシス公爵が。


 少し黙った。


「眠れない」


 心臓が。


 大きく鳴った。


「……呪いで?」


 聞いた。


 彼が。


 私を見る。


 長い。


 沈黙。


「分からない」


「また?」


「ああ」


「本当に役に立ちませんね」


「悪かったな」


 少し笑った。


 涙が出そうなのを。


 隠すために。


「では」


 私は。


 また少し。


 近づいた。


「これで?」


「ああ」


「近いですか」


「ああ」


「遠いですか」


「いや」


「難しい人」


「お前もな」


「知っています」


 暗闇。


 私たちの間。


 あと少し。


 手を伸ばせば。


 触れられる距離。


 でも。


 どちらも。


 触れなかった。


 契約があるから。


 怖いから。


 もし。


 触れて。


 それが呪いのためではなかったら。


 もう。


 何も言い訳できなくなるから。


 その夜。


 アレクシス公爵に。


 痛みは出なかった。


 なのに。


 私は。


 朝まで眠れなかった。


 彼も。


 たぶん。


 同じだった。


 そして翌朝。


 神殿から。


 さらに一通の知らせが届く。


 そこには。


 こう書かれていた。


『呪いを完全に解く条件について、重大な記述を発見した』


『対となる二人の間に、偽りのない愛があること』


 私は。


 その一文を見て。


 笑った。


「では、無理ですね」


 すると。


 隣にいたアレクシス公爵が。


 私を見た。


「なぜだ」


 その声が。


 思っていたより低く。


 少しだけ。


 怒っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ