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第9話:教皇の招きと、不吉な晩餐

聖騎士団長ガブリエルの戦鎚を一撃で粉砕したアルティナの名は、一夜にして聖教国ルミナリスの全土を駆け巡った。「銀髪の剣聖」「天から降りた戦乙女」――街の人々が畏怖と期待を込めて囁く中、アルティナ本人は宿の最高級スイートルームで、カイルが丁寧に淹れたハーブティーを楽しんでいた。


「……お嬢様。先ほど、大聖堂の使者が参りました。教皇聖下より、今宵の晩餐への招待状です」


カイルが銀のトレイに乗せて差し出したのは、純金の縁取りがなされた豪奢な封筒だった。そこには、聖教国の頂点に君臨する最高権威、教皇ベネディクトの直筆による署名が躍っている。


「教皇自ら? 随分と気が早いわね。団長を恥かかせたばかりの私を、わざわざ食事に招くなんて」


アルティナは封筒を指先で弄び、ふっと目を細めた。彼女の直感は、その招待状から漂う、鼻を突くような「偽善の香り」を感じ取っていた。


「表向きは、卓越した武才を讃えるための祝宴とのことですが……。裏では、昨日粉砕した鑑定水晶の代わりを探しているようです。お嬢様を『神の依代』として利用する腹積もりでしょう」


「依代? 私を人形にするつもりかしら。面白いわね、カイル。……断る理由もないわ。この国の『正体』を拝む絶好の機会じゃない」


「……御意。ですが、毒見を含め、私の同行を許さぬ場所へは行かぬよう。……万が一の時は、この大聖堂ごと、お嬢様の道を作る覚悟でおります」


カイルの琥珀色の瞳に、静かな、しかし苛烈な殺気が宿る。アルティナはそんな彼の頬に優しく手を触れ、微笑んだ。


「分かっているわ。……あなたがいない場所なんて、私には退屈すぎて耐えられないもの」


***


夜。月光に照らされた大聖堂は、昼間の荘厳さとは打って変わって、巨大な白骨のような冷徹な威容を誇っていた。

 重厚な扉が開かれ、アルティナとカイルは最奥の晩餐会へと導かれる。長い廊下の両脇には、一言も発しない仮面の聖騎士たちが等間隔で並び、異様な圧迫感を放っていた。


「ようこそ、遠き国よりの迷い子よ。……いや、今は『最強の剣士』と呼ぶべきかな」


最奥の円卓。そこに座っていたのは、純白の法衣を纏った老齢の男、教皇ベネディクトだった。その瞳は慈愛に満ちているようでいて、底知れぬ深淵のような暗さを湛えている。


「お招きに預かり光栄ですわ、教皇聖下。……ですが、食事の席にしては少々、物騒な『隠し味』が多いようですけれど?」


アルティナは椅子に座ることなく、不敵に言い放った。彼女の感覚は、周囲の壁の裏に潜む数百の魔力反応と、足元に仕掛けられた巨大な封印術式を捉えていた。


「ハッハッハ。流石は当代最強。……誤解しないでいただきたい。これは、あまりに強大な『力』を保護するための礼儀なのだよ。……アルティナ君。君のその剣、その魂。……それを、我が神に捧げる気はないかね?」


「神に捧げる? 冗談。私の剣は、私のためにあるわ。……そして、私が認めた者のためにね」


アルティナがカイルを一瞥する。その信頼に満ちた視線を見た教皇の顔から、一瞬にして仮面の笑みが消えた。


「……惜しいな。ならば、強制的に『聖なる器』となっていただく他あるまい。――起動せよ、『神獄の鎖』!」


教皇が杖を叩くと同時に、部屋全体の床が眩い光を放った。

 無数の光の鎖が地中から飛び出し、アルティナの手足を縛り上げようと襲いかかる。それは、触れた者の魔力を根こそぎ奪い、肉体を硬直させる聖教国禁忌の封印術。


だが。


――ガキィィィィィン!!


光の鎖がアルティナに触れる直前、漆黒の刃がそれらを一刀両断にした。


「……お嬢様に触れるなと言ったはずだ、老いぼれ」


カイルが、アルティナの前に立ちはだかっていた。彼の持つ長刀からは、禍々しいまでの闘気が溢れ出し、聖なる光を塗り潰していく。


「な、何だと……!? 私の術を、ただの従者が斬ったというのか!?」


「カイルを『ただの従者』だなんて、失礼ね。……彼は私の半身。そして、あなたが崇める神様よりも、ずっと頼りになる男よ」


アルティナが、ゆっくりと腰の剣を抜く。

 鞘から放たれた銀光が、晩餐会の広間を真っ二つに切り裂くような静寂をもたらした。


「教皇。……食事を台無しにされた怒り、高くつくわよ。……武闘祭を待たずとも、ここであなたの『神話』を終わらせてあげましょうか?」


アルティナの一歩。

 それだけで、教皇を護衛していた仮面の騎士たちが、次々と恐怖に耐えきれず膝をつく。


聖教国の深部で、最強の主従による「神殺し」の序曲が鳴り響こうとしていた。


一方、クロムウェル王国では。

 魔王軍の軍勢がついに王都の城壁に達し、エドワード王子は絶望の中で、かつて自分が捨てた「銀の光」の幻影を追い続けていた。

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