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第8話:聖騎士団の矜持と、静かなる挑発

聖教国ルミナリスの朝は、大聖堂から鳴り響く荘厳な鐘の音とともに明ける。

 白亜の街路を往来するのは、純白の法衣を纏った司祭や、銀の甲冑を誇らしげに輝かせる聖騎士たちだ。昨日、検問所の水晶球を粉砕した「銀髪の災厄」の噂は、既に騎士団の幹部たちの耳に届いていた。


「カイル、この国の空気は……少しばかり『澱んで』いるわね」


アルティナは、宿のテラスで供された朝食のサラダをフォークで弄びながら呟いた。

 表向きは清浄な魔力に満ちているが、剣士としての鋭敏な感覚が、街の地下から這い上がってくるような不快な冷気を感じ取っていた。


「お嬢様の仰る通りです。昨晩、少々街の『裏側』を覗いてまいりましたが、近頃、魔力の高い浮浪者や亜人の旅人が次々と行方不明になっているようです。……聖教国が掲げる『救済』の裏には、相応の代償があるのでしょう」


カイルは影のように彼女の背後に立ち、周囲に聞き耳を立てる者がいないかを確認しながら、静かに報告を続けた。


「ふうん。……救済、ね。私の剣で救えるものがあるかは分からないけれど、少なくとも私の『退屈』を救ってくれる火種にはなりそうね」


アルティナは最後の一口を飲み干すと、ナプキンで優雅に口元を拭った。


「さて、カイル。まずは予定通り、この国で一番『偉い』騎士様に会いに行きましょうか。武闘祭の登録も兼ねてね」


「御意。……場所は中央広場の演習場。今頃は、聖騎士団長が精鋭たちに稽古をつけている時間かと」


***


中央演習場。そこでは、数百人の聖騎士たちが整列し、一人の男の号令の下で剣を振るっていた。

 男の名は、聖騎士団長ガブリエル。

 『神の盾』の異名を持ち、聖教国最強と謳われる男だ。彼は身の丈を超える巨大な戦鎚ウォーハンマーを軽々と振り回し、部下たちを叱咤していた。


「貴様ら! そんな軟弱な打ち込みで、魔王軍の軍勢を防げると思っているのか! 我らが神の光を体現せねば、世界は――」


その演説が、唐突に途切れた。

 演習場の入り口から、カラン、カランと硬いブーツの音が響いてきたからだ。


歩いてくるのは、場にそぐわないほど美しい銀髪の令嬢と、その背後に控える褐色の青年。

 アルティナは、並み居る聖騎士たちの威圧を柳に風と受け流し、ガブリエルの正面まで堂々と歩を進めた。


「失礼。ここが、この国で一番強い人がいる場所だと聞いて来たのだけれど」


ガブリエルは、太い眉をピクリと動かした。

「……何奴だ。ここは部外者が立ち入る場所ではない。検問所で不始末をしでかした『計測不能』の女とは、貴様のことか」


「あら、有名人ね。……私はアルティナ。来たる武闘祭にエントリーしに来たの。ついでに、主催者であるあなたの実力を、少しだけ拝見したくて」


周囲の騎士たちから、一斉に怒号が飛ぶ。

「無礼者が! 団長に剣を向けるつもりか!」

「女、身の程を知れ!」


だが、ガブリエルは手を挙げて部下たちを制した。彼はアルティナの瞳を見て、本能的な恐怖――いや、戦慄を覚えた。その瞳は、獲物を狙う猛獣のそれですらない。ただ、絶対的な高みから下界を見下ろす「神」の冷徹さに似ていたからだ。


「……面白い。武闘祭を待つまでもないというわけか。ならば良かろう、女。神の光が貴様の傲慢さを焼き払うか、試してやろう」


ガブリエルが巨大な戦鎚を構える。その全身から、圧倒的な聖魔力が噴き出した。

 対するアルティナは、抜剣さえしない。ただ、腰の剣の柄にそっと手を添えただけ。


「カイル、3分よ」


「……いえ、お嬢様。あちらの団長、なかなかの練度です。2分もあれば十分かと」


カイルの不敵な言葉に、ガブリエルの堪忍袋の緒が切れた。


「死ねッ! 神聖打撃ホーリー・スマッシュ!!」


戦鎚が振り下ろされる。空間そのものを押し潰すような重圧。石畳の地面が、衝撃波だけでクレーター状に陥没する。

 避ける場所はない。


だが。


――キンッ。


澄んだ音が、演習場に響き渡った。


誰も、アルティナが剣を抜いた瞬間を見ていなかった。

 気づけば、ガブリエルの巨大な戦鎚の頭部が、真っ二つに両断され、空中に舞っていた。


「……え?」


ガブリエルが呆然と立ち尽くす。

 アルティナの剣は、既に鞘に収まっている。彼女はただ、一歩横にずれただけで、戦鎚の「力の流れ」を断ち切り、その勢いを利用して武器そのものを破壊したのだ。


「残念。期待していたほどではなかったわね」


アルティナは、砕け散った戦鎚の破片を冷ややかに見つめた。


「力の使い方が雑よ、団長さん。神の光に頼りすぎて、自分の剣筋が疎かになっている。……そんなものじゃ、私どころか、私の従者にも勝てないわ」


「な……貴様……っ!」


ガブリエルが膝をつく。物理的なダメージはない。だが、最強と自負していた自分の誇りが、たった一振りの、しかも名もなき旅人の手によって粉々に打ち砕かれた事実に、心が追いつかない。


「武闘祭には出るわ。そこで、もっとマシな相手を用意しておいてちょうだい。……行きましょう、カイル。珈琲が冷める前に戻りたいわ」


「御意。……団長閣下、予備の武器は頑丈なものを用意されることをお勧めしますよ」


カイルは勝ち誇るでもなく、淡々と告げると、アルティナの後に続いた。

 静まり返る演習場。

 最強の聖騎士団を沈黙させた銀髪の令嬢の噂は、瞬く間に聖教国全土へと広まっていく。


そして。

 大聖堂の奥深く。闇の中でその光景を水晶球越しに見ていた「教皇」が、不気味な笑みを浮かべた。


「素晴らしい……。あの器、あの剣技。……これこそ、我が神の『依代』に相応しい」


アルティナの旅は、新たな陰謀の渦中へと足を踏み入れようとしていた。

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