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第7話:聖教国の門と、測りきれない器

自由都市連邦から西へ数日。アルティナとカイルの眼前に、白亜の巨壁が姿を現した。

 聖教国ルミナリス。

 世界最大の宗教組織『聖光教』の本山であり、独自の騎士団を擁する軍事強国でもある。その門を潜る者は、厳格な入国審査と、魔力測定の試練を課されるのが常であった。


「ようやく着いたわね、カイル。あの壁、王国のそれよりも随分と立派じゃない」


アルティナは、旅の塵を微塵も感じさせない凛とした立ち姿で、巨大な城門を見上げた。

 彼女の隣には、大きな旅鞄を片手で軽々と持ち、もう片方の手で日傘を差すカイルが控えている。


「左様でございますね。聖教国は『神の前の平等』を謳いながら、その実、魔力や武才の多寡で人間を序列化する、王国以上に苛烈な実力主義の側面がございます。お嬢様のような『規格外』の方は、少々目立ちすぎるかもしれません」


「あら、私はただのしとやかな旅人よ? そうでしょう?」


アルティナは悪戯っぽく微笑み、編み上げのブーツの先をトントンと地面に打ち付けた。その腰には、数多の修羅場を共にしてきた愛剣が、静かにその時を待っている。


***


城門の検問所には、長い列ができていた。

 聖教国に入るためには、水晶球による『魂の格付ソウル・ランク』の測定が義務付けられている。これは、その人物が持つ魔力量と身体能力のポテンシャルを数値化し、それによって滞在許可のランクが決まるというシステムだ。


「次! 前に出ろ!」


白い重鎧を纏った聖騎士が、事務的な声で叫ぶ。

 列の先頭にいた大剣を背負った男が、自信満々に水晶球に手を触れた。


――ピカァァッ!!


水晶球が青く発光し、空中に文字が浮かび上がる。

『魔力値:250/身体能力値:480。ランク:B(上級戦士)』


「おおっ、Bランクか! 流石は『大岩砕き』の異名を持つ俺だぜ!」


男が得意げに胸を張る。周囲の冒険者たちからも、感心の溜息が漏れた。Bランク以上は、聖教国内でも「上級市民」としての扱いを受け、高級宿への宿泊も許可される。


そして、ついにアルティナの番が回ってきた。


「次! ……おい、そこの銀髪の。前へ出ろ。……従者は後ろだ」


聖騎士はアルティナを一瞥し、鼻で笑った。

「見たところ、どこぞの貴族の家出娘か。……怪我をしても知らんぞ。この水晶球は、持ち主の力が強すぎると、反動で精神を焼くこともあるからな」


「ご心配、ありがとうございます。……ですが、案外頑丈なのですよ、私」


アルティナは優雅に歩み寄り、白い手袋を外した。

 カイルが静かに、彼女の背後に立つ。その琥珀色の瞳は、水晶球を監視する聖騎士たちの動きを、猛禽類のような鋭さで見据えていた。


アルティナが、白く細い指先を水晶球にそっと触れさせた。


その瞬間。


――キィィィィィィィィィィィィン!!


鼓膜を突き刺すような高音が鳴り響いた。

 水晶球が、これまでに見たこともないような「黒色」に近い濃紫色の光を放ち、激しく振動し始める。


「な、なんだ!? 故障か!?」


聖騎士が慌てて身を乗り出す。

 だが、事態はそれだけでは収まらなかった。

 空中に浮かび上がった数値は、計測不能を意味する異常な文字列ノイズを描き、次の瞬間、水晶球そのものにミシミシと亀裂が走り始めたのだ。


「……あら、少し力を込めすぎたかしら」


アルティナが呟いた直後。


パリンッ!!


という派手な音と共に、聖教国が誇る最高品質の鑑定水晶が、粉々に砕け散った。

 衝撃波が検問所を駆け抜け、周囲にいた騎士たちが転倒する。


静寂が訪れた。

 砕け散った破片が足元に転がる中、アルティナは何事もなかったかのように手を引っ込め、再び手袋を嵌め始めた。


「……計測不能。ということでよろしいかしら? カイル、入国税はいくらだったかしら」


「お嬢様、これでは税どころの騒ぎではありません。……皆様、申し訳ございません。我が主は少々、器が大きすぎたようです。……代わりの水晶球代は、これで足りますでしょうか?」


カイルは、レッド・ドラゴンの爪から削り出した小さな魔石を、唖然とする聖騎士の机に置いた。それ一つで、家が一軒建つほどの価値がある代物だ。


「ま、待て……! 貴様、何者だ! この水晶を壊すなど、魔王軍の幹部か、それとも――」


「失礼なことを仰らないで。私はただの、腕に自信があるだけの令嬢よ。……それとも、入国を拒否なさる? その場合は、この門を『物理的』に通り抜けることになりますけれど」


アルティナが剣の柄に手をかけた。

 ただ、それだけだった。

 だが、その場の全員が、背筋に氷柱を突き立てられたような戦慄を覚えた。

 目の前の美女は、今この瞬間にも、この堅牢な城門を更地に変えてしまえる――そんな確信が、騎士たちの本能に刻み込まれたのだ。


「……と、通れ。特例として『ランクS』の滞在許可証を発行する。……ただし、街の中では騒ぎを起こすなよ」


聖騎士は、震える手で通行証を差し出した。


「ふふ、ありがとう。……行きましょう、カイル。この街には面白い剣士がいるといいわね」


「左様でございますね。……ですがお嬢様、あまり最初から飛ばしすぎると、後の楽しみがなくなってしまいますよ」


カイルは苦笑しながら、再び日傘を広げた。

 二人は、畏怖の眼差しを向ける群衆の間を割って、白亜の街並みへと消えていった。


***


聖教国の中心部にある豪華な宿の一室。

 アルティナは、バルコニーから街を眺めていた。中央には巨大な大聖堂がそびえ立ち、そこから放たれる清浄な魔力が街を覆っている。


「……ねぇ、カイル。あの聖堂の奥。なんだか、嫌な気配がしない?」


「お気づきになりましたか。……聖なる光の裏には、必ず深い影が落ちるものです。この国が隠している『何か』が、お嬢様の剣を求めているのかもしれませんね」


カイルは影のように彼女の隣に並び、琥珀色の瞳を細めた。


「楽しみだわ。……でも、その前に」


アルティナは、テーブルに置かれたパンフレットを指差した。そこには『聖教武闘祭・開催まであと三日』という文字が躍っている。


「まずは、この国で一番強いと言われている『聖騎士団長』というのを、挨拶代わりに叩き伏せてあげましょうか」


一方その頃。

 クロムウェル王国の王都では、ついに魔王軍の軍勢が第一防衛線を突破したという悲報が届いていた。

 エドワード王子は、動かない右腕を抱えながら、精神を病んだように呟き続けている。


「アルティナ……アルティナさえいれば……。あいつは俺の女だ……俺を助けに来るはずなんだ……」


だが、彼の声が彼女に届くことは二度とない。

 彼女は今、自分のために、そして隣に立つ愛する従者のために、新たな伝説を刻み始めていたのだから。

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