第19話:演習場の断罪と、王国の終焉
アルカディア魔法学園の広大な演習場は、異様な緊張感に包まれていた。
本日のカリキュラムは『学外協力者を含む集団模擬戦』。通常であれば学園が雇った傭兵や魔導騎士が相手を務めるはずだが、演習場の対面に並んでいるのは、明らかに異質の集団だった。
純白の甲冑。それは、かつてアルティナが守り、そして捨てたクロムウェル王国騎士団の正装である。
「……随分と大掛かりな仕掛けですこと。学園長、これはどういう意図かしら?」
アルティナは腰に手を当て、観覧席に座るゼノビアを見上げた。ゼノビアは煙管を燻らせながら、面白そうに目を細める。
「カカカ! 王国から『親善試合』の申し入れがあってな。断る理由もなかろう? お主を連れ戻したい連中と、お主の実力を公にしたい我ら。利害が一致したというわけだ。……まあ、暴れても構わんぞ」
「承知いたしました。……なら、遠慮はしませんわ」
アルティナが前へ歩み出る。
対面に立つ騎士団の列が左右に割れ、一人の男が姿を現した。
レオナード。
かつての友であり、今は狂信的な執着に瞳を濁らせた男だ。
「アルティナ……。ようやく、ようやく君を救い出せる。この魔法に汚染された土地から、我が国の、私の元へ」
「レオナード。……あなたのその顔、本当に反吐が出るわ。救い出す? 私がいつ、あなたに助けを求めたかしら」
アルティナの冷徹な声が演習場に響く。
観戦しているSクラスの生徒たちは、初めて見るアルティナの「本気の敵意」に息を呑んだ。カイゼルでさえ、その殺気の密度の前に言葉を失っている。
「問答無用だ! 騎士団、突撃! アルティナ嬢を無傷で確保せよ! 邪魔をする従者は……殺しても構わん!」
レオナードの号令とともに、五十人の精鋭騎士が一斉に抜剣した。彼らは学園の結界を無効化する特殊な魔導具を起動し、アルティナへと殺到する。
「カイル。……掃除して」
「御意」
アルティナの影から、カイルが静かに、しかし爆発的な踏み込みで飛び出した。
彼は昨夜、図書塔で戦った隠密たちとは違う、本物の「戦士」としての動きを見せる。長刀は抜かず、ただ手にした一振りの短刀と体術だけで、鋼の鎧に身を固めた騎士たちを、木の葉のように蹴散らしていく。
「ぐはっ!?」
「な、なんだこの速さは……! 捉えられん!」
カイルは騎士たちの剣筋を、紙一重の回避で全て受け流す。そして、関節の隙間や鎧の繋ぎ目を、まるで精密機械のように正確に叩いていく。一度カイルの手が触れるたびに、騎士たちは一撃で意識を刈り取られ、石畳の上に折り重なっていく。
わずか一分。
レオナードの周りにいた五十人の精鋭は、アルティナに指一本触れることなく、全滅した。
「……信じられん。王国最強の部隊が、たった一人の執事に……」
レオナードが震える手で剣を構える。彼の背後には、密かに持ち込んだ強力な魔導兵器――『空間凍結の魔石』が輝いていた。
「アルティナ! これを使えば、君の動きも封じられる! おとなしく――」
「レオナード。あなたは、私がなぜ『剣聖』と呼ばれていたか、本当の意味を分かっていないようね」
アルティナが、ゆっくりと、しかし確かな重みを持って歩き出す。
彼女が踏み出すたびに、演習場の地面がピシリと割れ、周囲の空気が高熱を発したかのように歪む。
「魔導具? 空間凍結? ……そんな小細工で、私の『意志』を止められると思っているの?」
「こ、来るな! 起動せよ!」
レオナードが魔石を砕いた。
瞬間、絶対零度の冷気がアルティナを包み込み、周囲の時間が止まったかのような静寂が訪れる。物理的な法則が書き換えられ、全ての運動が停止するはずの、神の領域の魔術。
だが。
――パリンッ、と。
凍りついた空間が、内側から砕け散った。
アルティナは、ただ剣を鞘に収めたまま、拳を固めてレオナードの胸元へ踏み込んでいた。
「魔法も、剣も、突き詰めれば同じなのよ。……自分の魂を、どこまで純粋に研ぎ澄ませられるか。……その程度の魔術で、私を縛れるはずがないでしょう?」
アルティナの拳が、レオナードの胸当てに触れた。
次の瞬間、轟音とともにレオナードの身体が後方の壁まで吹き飛んだ。分厚い魔法防壁が粉々に砕け、彼は瓦礫の中に沈む。
「……が、はっ……。馬鹿な……私は……君を……愛して……」
「愛? そんな汚い言葉で、私の人生を汚さないで」
アルティナは瓦礫の中に立つレオナードの喉元に、抜剣したばかりの剣先を突きつけた。
その瞳には、一欠片の情けも、未練もなかった。
「レオナード。あなたに最後の慈悲をあげるわ。……王国に帰りなさい。そして、あのアホな王子に伝えなさい。――次に誰かを差し向けたら、私は学園を卒業する前に、クロムウェル王国そのものを地図から消しに行く、と」
レオナードは恐怖に顔を歪め、そのまま失神した。
***
演習場に静寂が戻る。
Sクラスの生徒たちは、もはや声を出すことさえ忘れていた。魔法こそが至高だと信じていた彼らの前に示されたのは、魔法という法則そのものを力業でねじ伏せる、「理を超越した個」の輝きだった。
「お見事です、お嬢様。……少々、演習場の修理費が嵩みそうですが」
カイルがどこからともなく現れ、アルティナの手に清潔なハンカチを握らせる。
「いいわよ、学園長が『暴れていい』って言ったんだもの。……ねぇ、カイル。なんだか、お腹が空いちゃったわ。今日の晩御飯は何かしら?」
「お嬢様が好きな、海竜のロースト・香草添えをご用意しております。……デザートには、学園特製の冷製ムースも」
「ふふ、最高ね。……行きましょう」
二人は、王国の残骸を一瞥もせず、夕焼けに染まる学園の回廊を歩き出す。
その背中は、どんな国家も、どんな神も、決して縛ることのできない自由そのものだった。
一方、クロムウェル王国。
派遣した騎士団が全滅し、レオナードが廃人同様となって帰還した報を受けたエドワード王子は、残った左手で食卓を薙ぎ払った。
「……化け物め。アルティナ……あいつはもう、人間ではない……!」
王子の絶望とは裏腹に、世界は「銀髪の剣聖」の再来に震え始めていた。
魔法学園編はここから、真の「世界の秘密」を巡る戦いへと加速していく。




