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第20話:禁忌の図書館と、星の記憶

レオナード率いる王国騎士団を、文字通り「粉砕」した事件から数日。アルカディア魔法学園内でのアルティナの評価は、もはや「特待生」という枠を超え、歩く天災、あるいは生きた神話として定着していた。


廊下を歩けば生徒たちは壁際に張り付いて道を開け、教官たちは彼女と目を合わせるのを避けるように早歩きで去っていく。そんな過剰なまでの静寂の中、アルティナとカイルは学園の最北端に位置する『禁忌の図書塔』の前に立っていた。


「……ここね。ゼノビア学園長が言っていた、この世界の『歪み』が記録されている場所というのは」


アルティナは、幾重にも封印の術式が刻まれた漆黒の鉄扉を見上げた。

 王国を退け、魔法学園での平穏を手に入れるかと思われた彼女に、学園長ゼノビアはある「取り引き」を持ちかけたのだ。――『王国や聖教国がなぜ、執拗にお主の力を求めたのか。その真実を知りたくはないか?』と。


「お嬢様、この奥からは、これまでのどの戦地よりも濃密な『死』と『魔力』の臭いが漂っております。……私でも、一歩先が闇に包まれているように感じます」


カイルが、腰の長刀に手を添えて警戒を強める。

 アルティナはふっと微笑むと、迷うことなくその扉に手を触れた。


「いいのよ、カイル。闇が深いほど、私の剣は輝くもの。……それに、私たちが自由で居続けるためには、私たちを縛ろうとする『システム』の正体を知っておく必要があるわ」


アルティナが軽く魔力を流すと、鉄扉の封印が悲鳴を上げるように砕け散った。


***


図書塔の内部は、外観からは想像もつかないほど広大な亜空間となっていた。

 天井は見えず、壁一面を埋め尽くすのは紙ではなく、淡く発光する『記憶の結晶メモリー・クリスタル』。そこには、数千年にわたる世界の興亡、そして神々と人間が交わした「契約」の残滓が刻まれている。


中央の円卓には、一冊の古びた魔導書が浮かんでいた。

 アルティナがその本を開くと、ホログラムのような映像が空中に投影される。


「これは……私?」


映像の中に映し出されていたのは、銀色の鎧を纏い、無数の魔物を一太刀で両断する「初代・剣聖」の姿だった。しかし、その顔は驚くほどアルティナに似ている。


「……お嬢様、見てください。その初代の背後にあるものを」


カイルが指し示した先。

 初代剣聖の首筋には、不気味な光を放つ『五芒星の刻印』が刻まれていた。

 そして映像は切り替わり、王国、聖教国、さらには砂漠の秘境に眠る古代遺跡――それらがすべて、巨大な魔力供給ライン(パス)で繋がっている地図が表示された。


「……私たちは、『電池』だったというわけね」


アルティナの声が、冷たく、そして鋭く響いた。


記録によれば、この世界を維持するための莫大なエネルギーは、定期的に現れる「特異点」――すなわち突出した武才や魔力を持つ人間を、システムの中心に組み込むことで賄われていた。

 王国がアルティナを王妃として繋ぎ止めたかったのも、聖教国が彼女を「依代」として求めたのも、すべては彼女の膨大な魂のエネルギーを抽出し、世界の均衡を維持するための「生贄」にするためだったのだ。


「王国が魔王軍の侵攻を防げなくなったのも、私がシステムの接続(婚約)を切ったから。……神様たちは、私に大人しく『装置』になれと言いたかったようね」


「……馬鹿げた話だ」


カイルの殺気が膨れ上がる。

 愛する主が、ただの世界維持のための部品として扱われていた事実。彼にとって、それは全人類を敵に回してでも破壊すべき屈辱だった。


「お嬢様、これ以上の閲覧は不要です。……こんな腐ったシステム、今ここで私が――」


「いいえ、カイル。待ちなさい」


アルティナは魔導書を閉じ、自身の剣を抜いた。

 銀の刃が、図書塔の青白い光を反射し、激しい熱を帯び始める。


「私はずっと不思議だったの。なぜ私の剣には、これほどまでの力が宿っているのか。……それが世界を救うための『借り物』だというなら、今ここで返してあげるわ」


「お嬢様!?」


「誤解しないで。……力を捨てるんじゃないわ。――『世界の理』という鎖を、今ここで叩き切るだけよ!」


アルティナが剣を頭上に掲げる。

 彼女の全身から、これまで隠していた真の魔力が解放された。学園の演習場を揺るがした時とは比較にならない、星の鼓動にも似た圧倒的な質量。


「グラナート流・最終奥義――『神理・剥離シンリ・ハクリ』!」


閃光。

 図書塔そのものを飲み込むような、白銀の衝撃が四方に放たれた。

 それは物質を壊すためのものではない。アルティナという存在を縛り、力を抽出しようとする「見えない契約の糸」を、概念ごと断ち切る一撃。


パリィィィィィィィン!!


世界中の「聖域」にある水晶球が同時に砕け、聖教国の祭壇が崩れ落ちた。

 アルティナの首筋から、微かに浮かび上がっていた不可視の紋章が剥がれ落ち、灰となって消えていく。


静寂が戻った図書塔の中で、アルティナは少し肩の荷が下りたように、晴れやかな表情で剣を鞘に収めた。


「……あぁ、清々したわ。これで私の剣は、本当に私だけのものになった」


「お嬢様……。今、世界中の『神託』が消え去ったのを感じました。……貴女は、世界を維持するシステムそのものを拒絶したのですね」


「ええ。世界を維持したいなら、神様が自分で汗を流せばいいのよ。……さぁ、カイル。この場所も、もうすぐ崩れるわ。帰りましょう」


アルティナは、驚愕に目を見開くゼノビアを横目に、塔を後にした。


***


翌朝。

 学園のカフェテラス。アルティナはいつもと変わらず、カイルが淹れた珈琲を味わっていた。


「……ねぇ、カイル。世界が少し、騒がしくなりそうね」


窓の外を見れば、空の色が微かに変わり、世界各地で「神の奇跡」を失った人々が混乱しているのが分かる。

 だが、アルティナの心は凪のように静かだった。


「左様でございますね。……ですが、自由とは本来、そういうものです。……お嬢様、これからのご予定は?」


「そうね。……学園もそろそろ飽きたわ。次は、この世界の『外側』に何があるのか、見に行ってみない?」


「……世界の果て、ですか。いいですね。お嬢様の剣があれば、奈落の底でさえ最高の散歩道になるでしょう」


二人は微笑み合い、カップを置いた。

 王国を捨て、聖教国を叩き、砂漠の王を屠り、ついに世界の理さえも斬り捨てた最強の主従。

 彼女たちの伝説は、既存の「物語」をすべて終わらせ、今、何の色もついていない真っ白な地平へと踏み出していく。


「行きましょう、カイル。……私たちの、本当の旅はここからよ」


「どこまでも。……命尽きても、その輝きの傍らに」


走り出した馬車が、新しい時代の風を切り裂いて進んでいく。

 それは、世界で最も気高く、最も自由な、たった二人の冒険譚。

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