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◆拗ねてみる、のこと

 Hello World.


 どうやら私の目論見はハズレた様です。


 いえ、物理的には上手くいったのです。私のアームを引っ張った知らない顔の人は、引っこ抜けたアーム先端を握ったまま、勢い余ってその場に尻餅を付きましたから。そこまでは私の計算通りだったのです。


 けれども、その後の知らない顔の人のリアクションは私の想像から大きくハズレてしまいました。何やら慌てた様子で私に駆け寄って来て大丈夫かと声をかけ、私が返事をしないと健作に食ってかかり、かと思えば私の視界の外で何やら大声を出してそのままだんまりです。


 私は何を間違ったのでしょうか。


 笑ってもらえると思ったのに。

 トモダチになろうと思ったのに。


 ……いえ、まだトモダチを諦めてはいけません。でないと私は研究所でマッドサイエンティストでスクラップです。その前にまだやれることがあるはずです。例えば、例えば……。


 そういえば、私はまだ知らない顔の人と一言も言葉を交わしていません。先程から何度か知らない顔の人は私に話しかけていますが、私からは話しかけていません。なんと返事をすべきか分からなかったので黙っていたのですが、ひょっとしてそれが知らない顔の人の気に障ったのではないでしょうか。


 ありえそうな話です。というか、もうこれしか思いつきません。

 仮説が立ったならば、次は検証です。私から話しかけてみましょう。


「こんにちは」


 私の声に反応したのか、知らない顔の人が立ち上がりました。その口が動きます。


「こんにちは」


 意思の疎通に成功しました。すばらしいことです。友好関係を築くにせよ、敵対するにせよ、まずはコミュニケーションをとらないことには話になりません。


 さて、このまま会話を続けても良いのですが、私はさっきから自分の姿勢が気になって仕方がありません。一応この姿勢になった原因の一端は知らない顔の人にもあるわけですから、救助の要求をしてしまっても問題はないはずです。……多分。


「すみませんが、起こしてもらえないでしょうか」


 知らない顔の人はすぐに駆け寄ってきました。


「ごめん、転ばせたまんまで。えっと、品部、どこ持てばいいんだ?」

「箱かアームの根本を持てば大丈夫だ」

「えっと、ここら辺でいいんだよな」


 知らない顔の人は、健作に目線で確認しながら私のボディに手を伸ばします。「よっ」という知らない顔の人の声と共に私の視界は正常な角度を取り戻しました。もちろん私はこういう場合に礼を言うべきだと知っています。


「ありがとうございました」

「いや、元々俺が転ばせたんだし、ごめんな」

「いえ、特に故障もないようなので大丈夫です。それに私もあなたを転ばせてしまいましたからおあいこです」

「いやいや、俺が先に仕掛けたんだから俺が悪い。ごめん。許してくれ」


 そう言って知らない顔の人は頭を下げました。私としては不意を突かれて転倒してしまったことについて、その責任を知らない顔の人に求めようというつもりもありませんでしたので、いいですよ、と返事をしようとしたのですが。


 はい。ちょっと思いついてしまいました。今日の私のCPUはすこぶる調子が良いようです。


「本当に悪いと思っているのでしたら、一つ頼みを聞いてもらえないでしょうか」

「おう、できることなら何でも言ってくれ」


 何でも。これは良い言質を取れました。


「では、先程の件を許す代わりに、私のトモダチになって下さい」


 言った途端に、知らない顔の人が笑い出しました。見慣れない人の表情を読むのは得意ではありませんが、発声を伴う笑いは私でも容易に判別できます。知らない顔の人は間違いなく笑っています。


 ……なぜに?


「分かった、友達になろう。よろしくシーエフ。俺の名前は工藤、理一郎。品部と同じ二年生で二学期から転校してきたとこ。あとはえっと……まあ見ての通りの人間だな」


 何故笑われたのかは分かりませんが、知らない顔の人改め理一郎は私とトモダチになることを承諾しました。狙い通りです。ついでに理一郎は自己紹介をしたようです。私も自己紹介については様々な創作物から学んでいます。簡潔かつ印象的であることが、上手い自己紹介の条件と言ってよいでしょう。何を隠そう、私は自己紹介には自信があります。いつかこのような時が来るかもしれないと予め考えておいたのです。


 今こそお披露目の時です。私は左右のアームを大きく広げて、


「私はPhysical Search Engine C+――」

「はろー、転校生いるー?」


 聞き間違い様もない高い声と共に勢い良く入り口のドアを開きました。私のもう一人の生みの親、心華です。健作はその声を聞くなりドアに向かって全速力で駈け出しています。理一郎の注意も心華の方へ奪われたようです。


 こうして私の一世一代、人生初の自己紹介は有耶無耶に流されたのでした。


 ――さて、このように自らの期待が裏切られ、ないがしろにされた場合、人は往々にして拗ねるという行動を取るそうです。拗ねた人間はしばらく人と口を聞かないのだと言います。私もそれにならってしばらく沈黙を守ってみることにしましょう。

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