○しっぺ返し
後ろにこけたシーエフは「起こしてくれ」と自分から言ったくせに、俺が差し伸べた手を一向に掴もうとしない。
「なあ、品部。やっぱどこかぶつけたんじゃないか?」
「いや、異常はないな。ただの人見知りだろうから、もう少し待ってやってくれないか。そのうち動いてくれるかもしれない」
答えながら品部が覗き込んでいるのはどこからか持ち出してきたタブレットPCだ。異常はない、と断定できたからにはその画面にはシーエフに関する何らかの情報が映っているのだろう。モーターの稼働情報とかならまあ別にいいのだけれども。
もし、シーエフの考えていることまでそこに映っていて無遠慮に覗き込んでいるのだとしたら、ちょっと品部に対する評価を改める必要がある。
なんてことを考えていると、タブレットから顔を上げた品部と目が合った。
「ん? これか? 大した情報は見られないぞ。ほら」
品部がひっくり返したタブレットの画面には、小さな正方形のマスが敷き詰められており、それらが色とりどりに明滅していた。何か意味が読み取れないかと見つめているとすぐに目がちかちかして見ていられなくなってしまった。画面から目を逸らした俺は目頭を押さえる。
「シーエフのメモリ状態を少し省略して可視化したものなんだがな、何か演算してるなくらいのことしか分からない。他にはデバモニで簡単なテキストログを吐き出させるくらいだな」
そう言った品部は新たに真っ黒なウインドウを開いて見せた。「Dbg」という白い文字以外には何も表示されていない。
「ここに、そうだな……右アームの関節位置を表示させると、こうなる」
言いながら品部が何やらコマンドを打つと、ウィンドウを埋め尽くす白い文字が上から下へとものすごい勢いで流れ始めた。ほとんどは数字で合間に簡単な英単語が並んでいるように見える。しかしこの速さは、
「これ、読めるのか?」
「まさか。記録しといてあとでマクロにかけないと僕にもほとんど意味は読み取れない」
品部の苦笑いに少しほっとする。読めると言われた日には品部と俺の頭のできの違いに絶望していたところだ。まあ、そもそもシーエフを作り上げたという時点で俺とは雲泥の頭の中身なのだろうけれども。
俺はシーエフに目を落とす。相変わらずクッションの上に倒れたまま動かないけれども、壊れているわけではないそうだ。人見知りという話だから、最初のひとことを必死に考えているところなのかも知れない。正体不明の俺のことを警戒しているのかも知れない。あるいはものすごいのんびり屋で寝転んだ状態をじっくり楽しんでいたりするのかも知れない。そのどれが本当のことなのかは、造り主である品部にだって分からない。
良かった、と思う。じゃないと、気兼ねなく友だちになろうなんて言えない。
ちょっとすっきりした気分でシーエフを待つ。と、不意にシーエフの腕が動いて俺に向かって伸ばされた。俺はゆっくりとその手を握ってみる。間髪入れず、握り返してくる感触がした。嬉しくなった俺は思い切りシーエフを引き起こそうとして、
「よっ、て、え!? っとっと、った!」
後ろにたたらを踏んだ俺は踏ん張りきれずに尻餅をついた。すぐさま品部が駆け寄ってくる。
「大丈夫か?」
問われた俺は恐る恐る右手に握ったものに目をやる。そこにあるのは手首に相当する関節から引っこ抜けたシーエフの手だ。
なんというか、あれだ。
全然大丈夫じゃない。
慌てて立ち上がって、シーエフに走りよる。
「ごめん! 大丈夫……じゃないよな。痛かったりとかそういうのあるのか? 返事できるか? おい、シーエフ?」
シーエフはカメラこそ俺の方に向けているものの、何も返事をしてくれない。手首から先がなくなった腕をくねくねと動かしている。怒っている、いや、何も言えないくらいに苦しいのかもしれない。何せ手が引っこ抜けたのだ。
「ほんとごめん、シーエフ」
早く何とかしなければと俺は品部を振り返り、
「品部、これ直せるか?」
握りしめていたシーエフの手を差し出す。けれども品部はこちらには目もくれず、何故かシーエフを見ながら笑っていた。
「品部?」
どうして良いのか困ってしまった俺は笑う品部をただ見つめるしかない。と、俺の視線に気付いた品部は咳払いをすると、
「いや、すまない。笑ったりして」
「いいんだけどさ。それよりこれ」
俺はシーエフの手をもう一度品部に差し出す。やっと受け取ってくれた品部はシーエフに歩み寄ると、手首から先のないシーエフの腕の先端に外れた手を押し付けた。カチャっと何かがはまる音がして、すぐにシーエフの手が握って開いてを繰り返し始める。
「へ? それだけ?」
思わず口をついた俺の問いに、「んー」と頬を掻いた品部はシーエフを一瞥し「悪気はないと思うから怒らないで聞いて欲しいんだが」と前置きして続ける。
「安全対策として、シーエフの手は今見せたように簡単に付けたり外したりできるようになっている。安全っていうのは、例えばシーエフのプログラムがおかしくなって、人間に掴みかかってきた場合などを想定しているんだが、その場合もこの通り簡単に手が外れれば大事には至らない」
なるほど、そんなところまで考えて作っているのかと感心しながら、それでと先を促す。
「シーエフは自分の関節部分が簡単に外れることを知っている」
「まあ自分の体のことなんだから知ってて当然だよな」
「知っていて、工藤の手を握った」
分かるか、と問うように品部が俺の目を覗き込んでくる。
「あー……」
それはつまり、
「わざと俺に手を引っ張らせて尻餅をつかせた?」
「正解」
良くできました、とばかりに品部が気のない拍手をする。力が抜けてしまった俺は膝から崩れ落ちて両手をつき、
「マジか……。完っ全に騙されたー!」
床に向かって叫んだ。その大声を勘違いしたしたのか品部が俺に声をかける。
「本当に悪気はないはずだから怒らないでやってくれ」
もちろん怒るつもりなんてない。というか怒れるわけがない。何せ、先に仕掛けたのは俺の方だ。
先手の俺はビー玉の中に突然映りこんで現れるという作戦でシーエフにいたずらを仕掛けた。結果、首尾よくシーエフを驚かせてひっくり返すことに成功したものの、これはちょっとアンフェアな勝負でもあった。シーエフは俺の存在そのものを知らなかったわけで、どんな手順であれ俺がいきなり現れれば驚くに決まっているからだ。
対するシーエフは何の準備もしていなかったのに、状況と手駒を瞬時に判断し俺に助け起こさせる体で自らの手を引っこ抜かせるという奇策に出た。結果はご覧の通りで、完全に騙された俺は自らの不明を嘆いて床に突っ伏すハメになっている。
見事という他ないだろう。
敗因は……認めたくないのだけれども俺がシーエフをなめていたという点に尽きる。所詮ロボットと侮って、子供を相手にするように安易にからかって驚かせてみたら、すぐさま見事にやり返されてしまったというわけだ。
こんな歓迎を受けては認めざるをえない。シーエフは俺と同等、いやここでまた侮るわけにはいかない、ひょっとしたら俺以上の思考能力を持っているのかも知れない。
そうとなればじっとなんてしていられない。今、すぐそこに「人間と同等以上に思考するロボット」なるとてつもなく面白いやつがいるのだ。
こんなやつを見つけてしまったら友達になる以外、他に手はない。あるわけがない。
そう決めた俺が敗北の四つん這いから立ち上がろうとした矢先、俺はその声が聞いた。




