○ビー玉の中のキャンプファイア
グラウンドのど真ん中で大きな炎が踊っている。
学祭二日目の最後は夜祭という扱いで少し遅くまで学校に残れるのだそうだ。ベタだけれども炎を囲いながらのフォークダンスが最後のイベントになる。俺は売れ残ってるからと4本100円で押し付けられたラムネを一人で飲みながら、炎を見つめる。
いや、本当は芝井と森川と加藤の分のつもりだったのだけれども、俺がラムネを買っている隙に三人とも知り合いに連れ去られたしまったみたいで、ベンチに戻ってきた俺に残されていたのは『また後で』という芝井からの伝言を預かったシーエフだけだったのだ。
仕方なく他にラムネを貰ってくれるヤツを探してもみたのだけれども、目に入る奴らは大体男女ペアで声を掛けづらい状況にあった。見当たらない奴らは多分これを見たくなくて先に帰ったのだろう。
そんなわけで俺は、森川のお好み焼き屋の自家発電機にコンセントを繋いだシーエフと一緒にグラウンドの炎を見つめながら、ベンチに並べた4本のラムネを一人で処理している最中だ。
何かしょっぱい。
「これがラムネのビー玉ですか。話には聞いていましたが初めて見ました」
シーエフは俺が飲み干した一本目のラムネ瓶を興味深そうに眺めながらそう言った。
「一本お願いしてみるか? 本当は返すんだろうけどいくらか払えば一本くらい譲ってくれるだろ」
「うーん。あまり透明度が高くないのですね。向こう側が良く見えません。私はやはりこちらの方が良いです」
ラムネ瓶を置いたシーエフは、いつものようにボディの収納ボックスからビー玉を取り出すとカメラの前にかざした。
「ビー玉に封じ込められた炎。何だか魔法みたいですね」
言いながら、シーエフはビー玉を見つめ続ける。俺はしばらく横からビー玉を見つめてから体育館裏の方に目を向けた。部室の電気がついているのが見える。
「なあ、何となく二人きりにして置いてきちゃったけど、よく考えたらこれ何も解決してなくないか?」
叶能は品部だけは気持ち悪くないと言っていた。裏を返せば俺たちのことをまだ気持ち悪いと思っているということだ。となると、二人の退部届けはまだ取り下げられないということじゃないだろうか。
「いいえ。大丈夫です。私の挑戦状を無視できる心華ではありません」
「挑戦状ねえ」
置いていきます、と言っていたあのことだろうか。あの言葉が叶能にそれほど響いていたようには見えなかったけれども。
「着火はしました。あとは爆発させるだけです。大丈夫。心華の爆発は理一郎だって知っているでしょう?」
「あー、あれなー」
絶対分かってやるんだからな、というあの叫びは一度聞いたら忘れられる訳がない。そして、あれが叶能の本質だというなら、なるほど爆発は時間の問題なのだろう。
と、不意にポケットのスマホが震えた。
「来たな。どの裏切り者の言い訳だ?」
俺を置いていった三人を思い浮かべながら通知を確認した俺は、すぐにシーエフに画面を見せた。わざわざメールを送り付けてきたのは品部だ。タイトルは『シーエフと一緒に読むこと(叶能より)』。
シーエフと目を合わせた俺はメールを開く。
『置いていく、なんてやっぱり思い上がってる。キミは追いつく側だよ。ムリだけどねー』
以上だった。あまりに簡素すぎるメールに俺は不満だったが、シーエフは心底嬉しそうに腕を振って、
「ほら、やっぱり無視できなかった。心華はそういう人です」
「まあシーエフがいいんならいいけどさ」
「はい、私は嬉しいです。だから、踊りましょう」
「は?」
「いえ、先程から見ていたのですがあの踊り、ステップはともかく手を繋いで行ったり来たりだけなら私にもできるはずです。理一郎も付き合って下さい」
どうやらシーエフはフォークダンスを踊りたくてずっと見ていたらしい。
「あはは、確かにやれそうだな。よし行こう! あいつら帰って来ないけど知ったことか」
俺はすぐに電源ケーブルを回収し、シーエフの手をとってフォークダンスの輪に加わる。
多分世界で初めてロボットからフォークダンスに誘われた俺は胸を張って礼をした。
さあ、シーエフ、面白おかしく踊ろうじゃないか。
○
「どうしてこうなった……」
シーエフの踊りはそれはもう注目の的となり、自分も一緒に踊ってくれという連中が列をなして殺到した。結果、あっさり輪の外にはじき出された俺は元のベンチまで戻ってきてラムネ処理を続行している。フォークダンスの炎が遥か遠い。
「シーエフは人気者だからねっ」
いつの間に戻ってきたのか、当たり前のように隣に座ってきた芝井は、これもらうねとラムネを口に付けた。それ俺の飲みかけなんだが、と言いそびれた俺はまっすぐ炎を見つめながら、
「どこ行ってたんだよー、うらぎりものー」
「ごめんごめん。ほら、体育館に置きっぱなしだった大道具、回収しなきゃ燃やすぞって言われちゃってさっ」
「あ、そうなのか。悪い。手伝いいらなかったか?」
「うん。大した量じゃなかったし森川くんと加藤くんが手伝ってくれたし」
「そりゃ悪いことしたな、二人は?」
「戻る途中で二人とも別の人たちに掴まっちゃった。工藤くんによろしくだってっ」
「そっか」
「うん」
言葉が途切れた。向こうでは次々と入れ替わっていく相手にあたふたしながらそれでも楽しそうにシーエフが踊っている。ばれないように隣を横目で確認してみると、どうやら芝井も同じものを見ているようだ。
俺は踊るシーエフに目を戻して深呼吸をする。大丈夫。流れは悪くない。自然に。ゆっくり。慌てず行けば大丈夫。よし。
いや、やっぱもう一回深呼吸。
――今度こそ、よし。
「俺達も行く?」
目はシーエフから離さない。大丈夫。自然だったはず。少なくとも裏返ってはいなかった。そもそも同じ演劇部員同士なんだからフォークダンス踊るくらい普通だろ。……多分。
「うん。行こっか」
先に立ち上がってまっすぐに前を見る芝井の横顔は真っ赤で、多分俺の顔も真っ赤で、もちろんこんなのはあっちで燃え盛っている炎のせいで、だったらもう少しくらい赤くなったって分かりっこないわけで。
俺は勢い良く立ち上がると、芝井の手を握って歩き出した。
「あ、ちょ、ちょっと、速いよ工藤くん」
言われた俺は慌てて足を緩める。
「うん。そのくらいかな。――覚えてねっ」
握り返してくれた芝井の手に、泣きたくなるくらい安心したことは内緒にしておく。




