○演劇部
「サンキュー! 父さん! 愛してるぜ!」
「おう、まあほどほどにしとけよ」
日の暮れかけた学校まで車で送ってくれた父に、俺は全力で感謝を告げる。続いて後部座席から降りた芝井が運転席の父に頭を下げた。
「送って頂いてありがとうございました」
「礼には及ばないよ。その代わりと言ってはなんだけど、理一郎がやり過ぎるようだったらすぐに電話をくれ。これ、番号」
父からメモを手渡された芝井は困惑顔で、
「はぁ、分かりました。何かあればお電話します」
「何かなくとも連絡くれたまえ。君のもとにすぐ駆けつけるから」
大げさにウインクをした父は高笑いをするとじゃあな、と俺に目をくれてから走り去った。メモを片手に車を見送る芝井は、
「面白いお父さんだね」
「あー、ちょっとその番号見せて」
「いいけど、なんで?」
「いやまあ、あ、やっぱし。これ俺の番号だよ」
「へ?」
「こういうお節介が好きなんだよ、父さん」
「ふーん。へー、さっきも思ったけど工藤くん、愛されてるねえ」
芝井が言うさっきというのは、警察署でのことだ。俺が補導されたと電話で知った父は、会社を早退してすっ飛んで来るとまず俺をぶん殴ってから事情を聞き、それから叶能の両親に一緒に謝ってくれた。
こんなに早く俺たちが解放されたのは父のお陰と言っていいだろう。もちろん叶能の両親が許してくれたことも大きい。それどころか、娘たちを助けてやってくれとまで言われては俺としても奮起せざるを得ない。
「さて、作戦考え直さないとな。俺はロボ研に戻るけど、芝井は?」
「もちろん行くよっ」
先に歩き始めた芝井の横に追いついて考える。強硬手段はあえなく失敗。次はどうやって叶能と品部を引きずりだしてやろうか。
○
先に気づいたのは芝井だ。
脳内で叶能と品部を部屋から引きずり出すことに成功し、正座させて説教をしていた俺は、袖を引っ張られる感覚に我に返る。口元に人差し指を立てた芝井は何かを聞き取ろうとするように、すぐそこに見える部室の方に耳をそばだてていた。俺も倣って耳を傾ける。
聞こえた。
目を合わせて頷き合った俺達は足音を殺して部室に近づく。状況が分かるまでは気づかれない方が良いだろうという判断だ。聞こえてきたのはシーエフのいつになく真剣な声、そこから想定されるのは。
俺と芝井は揃って窓から部室を覗き込む。
そこには割と訳の分からない状況が繰り広げられていた。
まず目を引くのは右奥で椅子に縛り付けられている品部だ。さるぐつわまで噛まされているその姿からは犯罪の二文字しか連想できない。先ほど法を犯すことの意味をプロから散々叩き込まれてきた身としては、この後の展開を考えると少し頭が痛くなってくる。
次に気付いたのは縛り上げられた品部の両脇に立つ二人の人物、まあ森川の方は流れ的にいてもおかしくないとして、なぜ加藤までもがそこにいるのか。どちらかと言えば工作部繋がりで品部と仲が良いと思っていただけに、この光景は意外という他ない。
さらに左、部室の出口側を見れば、一体どうやって連れ出してきたのやら、立ち尽くす叶能に何やら手を差し伸べるシーエフがいる。
状況が読めない。
流石の俺もこんな訳の分からない所にいきなり乱入する勇気はなかった。ひとまず静観することに決めて芝井と一緒に固唾を飲む。
と、叶能の口が開いた。
「思い上がらないで」
その目は強くシーエフを睨みつけている。シーエフは怯むことなく、
「私は事実を述べただけです。思い上がってなんていません」
「それが思い上がりなんだ! ロボットが? 私と同じ? ふざけないで。私はそんな低レベルな話をしていないの。ニューロンの構成は理解してる? 神経系の電位を伝達する物質は何だか分かってる? 思考アルゴリズムの仮説は立ててシミュレートしてみた? 記憶と運動器官との関連について考察した? 幻肢という現象から導かれる知見は? ほら、ほら、ほら、何か言ってみてよ!」
「全部分かりません。でも今日、私は緊張するという感覚を知りました」
「その感覚はキミのCPUの、メモリの、どこにあるか特定した!?」
「いいえ。分かりません。でも、確かに私は「緊張」しました」
「そんなレベルで
「そんなレベルとっくに心華は理解しているのですね。でしたら人間を理解できているではないですか」
「そんなもの
「そんなもので満足できないのであれば、やっぱり私と同じです。少しずつ理解して行くしかありません」
「そんなの
「そんなの辛いというのなら、私と一緒に頑張りましょう。もちろん私以外のみんなも一緒です」
シーエフがさらに手を伸ばす。それを避けるように叶能が一歩引いた。その左手がドアノブに触れようとしている。と、
「あ、あれ?」
シーエフの伸ばした手ががくがくと震え始めた。
「おかしいですね。おかしいですね。おかしいですね」
確かに様子がおかしい。なぜ三回いうのか。
「ちょちょちょチョチョチョっっっっっと待ってまああっていて下さ――ちょうsい、おkあsいいdおうsいtえ」
意味不明なノイズを流しながらシーエフがくるくるとその場で回り始めた。その挙動には意志というものが感じられない。何かの発作のようにも見える。
なんかやばい。
そう感じた俺は冷や汗混じりに窓から離れて表へ回ると、ドアを思い切り開け放って駆け込んだ。
「シーエフ! ってうおっとっとお!」
丁度こちらに飛び込んできたシーエフのボディに抱きついて抑えこむ。続いて部室に駆け込んできた芝井に、
「クッション! 倒れる倒れる!」
「え、え? どこにあるの?」
慌てる芝井は室内をきょろきょろと見回す。その顔面めがけてクッションが飛んできた。
「ほらそれ使え!」
犯人は森川だ。鼻を押さえる芝井は床に落ちたクッションを拾い上げて俺の横に置き、
「このへん?」
「おっけ。よいっしょっとお」
「A、kいwおtうkえtえkうdあsあInえ」
何とかゆっくりとシーエフをクッションの上に横たえる。額の汗をぬぐった俺はシーエフに話しかけた。
「おい、大丈夫か、シーエフ。しっかりしろ」
不規則にキャタピラを回し、腕を振り回すシーエフは、
「IE、dあIjおUbうnあndえsうgあ、gおmえnnあsあI。AtおdえtyあntおAyあmあrいmあsう」
お手上げだった。俺はすぐ側に立つ叶能を見上げる。
「叶能、何とかしてやってくれ!」
「必要ないよー」
慌てる様子もなく叶能が言い放ったその言葉に、俺の何かが切れた。立ち上がった俺は叶能に詰め寄る。
「お前なあ! まだ拗ねてんのか! いいからつべこべ言わずに何とかしろ!」
俺が何か言う前に両手で耳を塞いでいた叶能は大きく溜息をつく。
「何を言ってるのか聞こえないけど、まあ想像はつくけど、とにかく必要ないんだよー。だって、それ演技だからねー」
「……は?」
耳から両手を下ろし、叶能が続ける。
「演技、キミたちがシーエフに教え込んだのに、見抜けないものかなー」
「……まじで?」
俺は脱力してシーエフを振り返る。背後で叶能がもう一度大きく溜息をついた。
「それで同情を買えると思ったのなら、単純すぎるよーシーエフ」
その言葉にシーエフは体の震えをピタリと止めてしっかりとした声で言った。
「やっぱり、私のこと理解できているじゃないですか」
「そりゃ私が作ったんだから当たり前だよねー」
「でも、こうも考えられます。思考形態が根本的に違うはずの私ですら、心華は理解してみせた。ここにいる誰よりもです。だったら、思考形態が似ているはずの人間を心華はここにいる誰よりもきちんと理解できるはずです」
「……シーエフは楽観的だねー」
「こんなことでいつまでもつまずいているようでしたら、私は心華を置いていきます。なにせ、私は全てを掴むのですから」
横たわったまま腕を高く掲げたシーエフが空中を掴む。それを見て溜息をついた叶能は部室奥へと歩き出した。その先にいるのは椅子にくくりつけられたままの品部だ。
「いいのか?」
森川の問いにシーエフはカメラを縦に振る。
「じっとしててねー」
品部の前に立った叶能が、そう言いながらポケットから取り出したのはカッターナイフだ。何のために持っていたのかは考えないでおくべきだろう。
叶能は手慣れた手つきで刃を出し、品部の両手首を縛るビニールテープを切ろうとして、――何を思ったのか刃をしまった。代わりに品部のさるぐつわを解く。ようやく声を出す自由を得た品部は開口一番に、
「すまない、心華。僕は」
謝る品部をじっと観察していた叶能は何故か品部に抱きつくと、
「うん。やっぱり、健作だけは気持ち悪くないよ……。良かった、良かったよ……」
理解の及ばない俺が首をひねりながら抱き合う二人を見物していると、肩を叩かれた。振り返ると、口元に人差し指を当てる芝井が逆の手でドアの方を指さしている。見れば既に森川、加藤、シーエフが部室の外に出ていた。
よく分からないまま三人に続いて部室の外へ出て、芝井に言われるままゆっくりとドアを閉めようとした俺は、その隙間に見えた二人の姿からようやく状況を理解した。
あーそっか。
俺って気が利かないな。
パタン。




