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◆杏仁豆腐をねだってみる、のこと

 Hello World.


 あの時、手を差し伸べたりせず完膚なきまでに叩き潰しておくべきだったと後悔しています。はい、心華のことです。今日も心華は私の言う事を頭から否定してきます。


「この際、糖度計で構いません。ですから私に味覚に相当する感覚を下さい」

「それってただのムダだよねー。そもそもキミは栄養素を必要としていないんだからさー。味覚を何に使うのー?」

「ですから、物を理解するためです。杏仁豆腐がどういうものなのか理解するのに味覚は必須でしょう」

「杏の糖度は12、3度らしいよー」

「数字だけ教えてもらっても意味がありません!」

「その通りだねー。それじゃあ、改めて質問。糖度計を使って数字や電圧値以外キミは何が得られるのかなー?」


 ぐうの音も出ません。いえ、心華の言うことは分かるのです。味覚とは生命維持のために栄養素を経口摂取する生物が、対象を体内に取り入れて良いのかどうか、積極的に取り入れるべきかどうかを判断するセンサです。体に必要だからおいしいと感じるのです。体に毒だからまずいと感じるのです。経口摂取手段を持たない私では味覚を理解し得ない、ムダだという心華の言い分は尤もです。


 それでも。


「私だってそれを味わってみたいんです……」


 心華がいつもの良い顔で口にするのはいつものコンビニ杏仁豆腐です。


「ごめんね、シーエフくん。そんなに気にしてるとは思ってなくて……」


 ロボ研への差し入れにと杏仁豆腐を買ってきた麻衣が謝ってくれます。


「いえ、いいんです。麻衣は悪くありません。悪いのはあそこの白衣コスプレの社会不適合女です」

「分解されたいのかなー、シーエフ?」


 私は黙って部屋の奥へと退避します。せめて心華が杏仁豆腐を食べ終わるまで隅っこで耐え忍ぶことにします。そうです。ビー玉を眺めて時間を潰すことにしましょう。


 と、心華の理不尽に拗ねた私が一人遊びに耽っていると、


「おーい、誰かドア開けてくれー!」


 外から健作の声がしました。ドアの一番近くにいた理一郎が「おー」と応じてドアを開けるとそこにはダンボールを抱えた健作と、


「よー、邪魔するぞ」

「心の人! どうしたのですか?」

「おっ、シーエフ。元気そうだな。いや、実家でみかんが余ったんだが、あまりにも多すぎてな。配って回ってるところだ。ロボ研はノルマ二箱な」

「三人の部活に二箱ってどんだけ余ってんだよ」


 理一郎の問いに心の人は微笑むだけです。本当にどれだけ余っているのでしょうか。


「シーエフ、このみかんは糖度15度だってー。甘そうだねー」


 心華の嫌味を私は完璧にスルーします。けれどもさすが心の人は懐が深く、心華の駄弁にも律儀に応えを返しました。


「いや、箱は別のブランドのもんでな。中身はそこまでのものではない。と、それじゃあ来たばかりで悪いんだが、もっと配達先があるんでな。じゃあ」


 心の人は抱えていた二箱のみかんを置くと、すぐに行ってしまいました。――はて。


「なあ品部、そっちの箱はなんだ?」


 そうです。心の人が二箱置いて行ったのなら、健作が持ってきたダンボール箱は何なのでしょうか。興味を持って近づくと、また外から声が聞こえました。


「品部ー開けてくれんー?」


 射的屋の人の声です。またまた理一郎がドアを開けます。


「やあやあ工藤かい。ありがとうなあ」


 言いながら射的屋の人は抱えてきたダンボールを作業台の上におろしました。さらに射的屋の人に続いて知らない人が二人入って来て、それぞれダンボールを一箱ずつ作業台の上に並べます。


「ご苦労さん、二人とも」

「いえ」

「じゃ、僕らはこれで」


 面識のない二人が出て行くと、健作と射的屋の人はホワイトボードの前に立ってペンを取りました。二人が二文字ずつを記し、でき上がった文字を私が読み上げます。


「二足歩行?」

「その通り」「なんよ」


 健作と射的屋の人は嬉しそうに言うと、組み立てと実装試験の日程計画をホワイトボードに書き足し始めました。私は驚きながらそれを見つめます。理一郎は早くも見せて見せてと作業台の上のダンボールを開け始めました。心華はPCチェアに座ったままにやにやと笑うばかりです。


 なるほど、あれは知っていたのでしょう。実装のための追加プログラムも既に作り始めているのか、それとも作り終えているのかもしれません。だから味覚の件に手が回らなかったのだと、今日はそういうことにしておいてあげましょう。


 私は発言の許可を求めて「はい」と手を挙げます。と、その拍子に手を机に軽くぶつけて持っていたビー玉を落としてしまいました。


 床を転がるビー玉の中で、ロボ研部室がくるくると回ります。


 その中に巻き込まれながら、ひとまず意見具申を優先した私は言います。


「二足歩行より、六脚逆関節を希望します。そっちの方が格好良いです」


 途端に全方位から却下を喰らいました。かわいくないとか、制御が複雑すぎるとか、使い道が分からないとか、部品費がかさむとか散々です。仕方なく戦略的一時撤退を決めた私は、先ほど落としてしまったビー玉の行方を探します。


 すぐに見つかったビー玉は、ちょうど私のテストスペースの壁にぶつかって止まるところでした。


 私は壁際に移動してビー玉を拾い上げます。それはいつも通りに無色透明なビー玉で、だから私は今、改めてそれを試して見たくなりました。


 部室中央を振り返ってビー玉をカメラの前に掲げます。私の指の間に部室がつまみ上げられました。それは、いつか私がつまみ上げた部室よりもずっとごちゃごちゃしていて、変な人達の声に溢れて騒がしくて、そして何故だか広く感じられる部室でした。


 ひとしきり眺めて満足した私はその光景と一緒にビー玉を収納ボックスへ大事にしまいます。私がこれまでに掴んだ世界をその内にいっぱいに貯めこんで、ビー玉は収納ボックスの中をころころと転がりました。


 さて。


 次は何を掴みに行きましょうか。

完結です。

最後まで読んでいただきありがとうございます。


もし、お手間でなければ評価、レビューなど頂けるととても嬉しいです。

次作の励みにさせていただきます。


どうぞよろしくお願いします。

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