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△天才少女は人間を理解できるか

 あるところにとても頭の良い女の子がいました。


 彼女にとって世界には理解したものと、これから理解するものの2種類しかありませんでした。本を読めば大抵のことは理解できましたし、その場で理解できないことがあったとしても必要な知識を揃えてもう一度読めば必ず理解できるという絶対の自信がありました。


 実際、大人がページを開くことすら躊躇うような専門書を彼女は難なく読めましたし、大抵の言語は何となくページをめくっていればそのうち読めるようになっていました。なんでみんなはこんな簡単なことができないんだろうと不思議にすら思っていました。そんな彼女を周りの人々は天才ともてはやし、将来を期待しました。


 さてそんな将来有望な女の子ですが、実は少し困った感覚の持ち主でもありました。理解の範疇にないものがどうしようもなく気持ち悪くて仕方がないと感じてしまうのです。そのどうしようもない気持ち悪さからどうにか逃れたくて、女の子は急かされるように世界を理解で塗りつぶす毎日を過ごしていました。


 相対性理論、重力レンズって言葉が格好良いなー。

 統計力学、へー巨視的現象は確率的に決まってるのね。

 量子論、あれ、微視的にも確率なのね。神様は余程のサイコロ好きなんだなー。

 超弦理論、これはまだ理論自体甘いから、一通り理解した後で自説を立ててみよー。

 経済学、んん? これ本当にあってるのかな。後付じゃないのかな。

 心理学、え、だってこれ……。

 歴史学、本当に?

 文学、……。


 世界を塗りつぶしていく内に、徐々に浮かび上がってくるものがありました。理解できないもの、本当にそれで正しいのか疑わしいもの、それらの中心にあるのは……。


 そう、人間です。そうと気付いた彼女はもちろん周りの人間を徹底的に観察し分析しました。言動の一切を徹底的に記録し、その根底にあるはずの物理法則を見つけようとしました。


 けれども、彼女がどんなに頑張っても、「人間が分からない」という気持ち悪さは決して消えず彼女を苦しめ続けました。そんな状況が続くうちに人間を見るだけでも辛いと感じるようになってしまった女の子は、やがて部屋に閉じこもるようになってしまいました。


 そんな彼女を心配して人々は続々とお見舞いにやって来ます。当然です。彼女は将来を期待されているのですから。けれども、彼女はお見舞いの人々をいつもこの一言で追い返してしまいました。


 気持ち悪い。


 お見舞いに行ってそんなことを言われては気分が良いわけがありません。彼女の元を訪れる人はどんどん減って行き、ついには全くいなく……は何故かなりませんでした。


 理解しがたいことにどれだけ気持ち悪いと言われても彼女のお見舞いをやめない人間が一人いました。女の子の隣の家に済む幼馴染の男の子です。


 毎日毎日気持ち悪いと言われながら、それでも彼は彼女のお見舞いを続け、一緒に外で遊ぼうと誘い続けました。本当に全く諦める気配のない彼をますます気持ち悪く思った彼女は、彼を理解することでほんの少しでも気持ち悪さを拭おうと尋ねました。


 なぜ毎日来るのか。


 彼は答えました。

 あこがれだから。


 彼にとって、彼女は羨望の的でした。あらゆるものを理解しつくし、飲み込んでしまおうと戦うその姿は、彼にとってヒーローそのものだったのです。そんな憧れの女の子が何かに悩んで部屋に閉じこもってしまっているのにじっとなんかしていられない、と男の子は目を輝かせて女の子を見つめます。


 けれどもその告白を聞いた女の子は首を振りました。


 私は人間が分からない。全部を知ることなんてできない。だから、キミが思い描くような人ではない。だから諦めて。


 それでも男の子は帰りません。それどころかこんなことを言います。

 まだ、そうかもしれない。でも絶対にいつか僕の言う通りになる。だから外に出よう。


 いい加減、鬱陶しくなってきた女の子は言いました。

 とにかく気持ち悪いから帰って。


 帰る様子を見せない男の子は言いました。

 僕を使って人間を理解してみない?


 何を言われたのか分からずに女の子が黙っていると男の子はさらに続けて言いました。

 何をしても構わない。僕を人間という「もの」だとして分析してみない?


 言われた言葉を反芻した女の子はおもむろに机の上にあったカッターを手にとって尋ねます。

 本当に「分析」していいの?


 男の子は言います。

 やっと笑ってくれた。



 女の子は男の子を徹底的に分析しました。


 切り取った肉片から体組成を目視観察し、培養し、薬品への反応を記録しました。骨の構造力学的な強度測定をしました。毎日3回スケールを測定しました。会話をリアルタイムで解析できるように男の子のスマホに専用のアプリを入れて音声を発信させ、女の子は受信用のヘッドホンを手放さなくなりました。スマホのGPS機能は生体の行動範囲を知る上で大変役に立つツールでした。


 考えうる限りの刺激を与えて反応の一部始終を観察し、記録しました。それら膨大なデータを揃えるうちにいつの間にか彼女は彼を気持ち悪いと感じなくなっていき、一緒に外に出ることができるようになっていました。


 ただ、それでも相変わらず、彼女は彼以外の人間を理解できないままでした。一度剥いでみないとそこら辺の人間の中身がどうなっているやら分かったものではないというのが彼女の主張です。そこで彼はひとつ提案しました。


 人間と似た様な行動を取る人工知能を作ってみよう。そうすれば人間の仕組みが分かるに違いない。作ってみれば案外人間なんて単純な仕組みで再現できてしまうのかもしれない。本当は人間なんて簡単に理解できるものなのかも知れない。


 この提案を受け入れた女の子は人工知能作成に没頭しました。そしていくつかの失敗作を経た末に一体のロボットが完成しました。違和感なく人との会話が可能なロボットです。そのでき栄えに「人間の仕組みなんて簡単なものだ」と確信を得た女の子は、ついに学校に通うことができるようになっていました。


 周りの人間達なんて、プログラムできる程度の複雑さしかない自動人形に過ぎないのですから怖くもなんともありません。適当にあしらってやれば良いのです。こうして女の子にとっての人工知能作成は大成功に終わりました。


 一方、男の子にとっての人工知能作成は終わっていませんでした。彼にはまだもう一つ先の目的がありました。


 彼女に人間の可能性を受け入れてもらうことです。


 それができなければ、全てを理解しようとする彼女の歩みはいつか止まってしまう、と彼は心配していました。もちろん、天才である彼女ですからある程度のところまでは一人で突き進んでしまうでしょう。


 けれども、いつか一人では超えられない壁にぶつかる時がくるはずです。その時、手を差し伸べられるのが男の子だけでは力が足りないかもしれません。きっと、いや絶対に他の人々の助けが必要になる時がくるはずです。


 なぜなら、彼女がこれまでに蓄えた知識だって過去の誰かが考え出したものなのですから。そうした過去の人々の可能性がなければ彼女はこれまでだって一歩も前に進めていなかったはずなのですから。


 だから、男の子にとっての人工知能作成は終わっていません。彼は、ロボットと話をしてくれる、さらに進化させてくれる相手を探し回りました。幾度かの失敗の末、男の子はある転校生を捕まえることに成功しました。ロボットを人間と変わらず扱う変な転校生です。ロボットと友だちになると臆面もなく言ってのけるおかしな転校生です。


 そんな転校生を見て女の子はほくそ笑みました。

 私の作ったロボットが人間扱いされている。つまり、人間なんて私が書いたプログラム程度の簡単なものなんだ。私はもう理解しきった。


 そんな転校生を見て男の子は期待します。

 こいつならやってくれる。ロボットと、それから彼女をここより先に連れていってくれる。


 やがて転校生はロボットを部室の外へ連れていくようになりました。何をしているのか、女の子は良く知りません。すでに理解し終えたロボットですから、これ以上興味もありませんでした。


 それなのに。


 転校生に連れられて毎日のように部室を出て行くロボットは、帰ってくるたびに変わっていくように女の子には見えました。


 彼女は急に不安になります。

 私は本当にこのロボットを理解できている? 人間を理解できている?


 膨らみ続けたその不安は、その日爆発しました。体育館の舞台でロボットが演劇を披露したその日です。


 演劇自体は可もなく不可もなく、学生が学祭で披露するならばそんなものだろうというレベルで平和なものでした。ただそんなことよりも。劇が終わった後、大きな拍手の中降りていく幕の向こうで両隣の人間と手をつなぐそのロボットが。


 笑ったように見えて。


 それがもう限界でした。


 気持ち悪い。


 自分で作ったはずのロボットを気持ち悪いと感じた女の子は、理解したはずの人間がまた分からなくなっていました。人で一杯の体育館が気持ち悪くて、怖くて仕方なくなって逃げ出しました。もはや一緒に逃げてくれた幼馴染の男の子以外は一切目にも入れたくありません。


 一目散に家に帰り、部屋に閉じこもった女の子はやっと安心して言いました。


 結局、私が理解できたのはキミだけだったね。


 男の子は苦く笑って自分の失敗を悟り、また二人だけに戻ろうと決めました。

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