◆罠を張ってみる、のこと
理一郎と麻衣が補導されてしまったそうです。連絡を受けた心の人は何をやっているんだと嘆いていましたが、私にはこれが理一郎の作戦だということがすぐに分かりました。心華の家の目の前で、二人が派手に補導されたという情報だけで充分です。
だから落ち着いて準備を固めることができました。私は静かにその時を待ちます。
果たして。
きぃ、といつものように蝶番が小さく鳴いて部室のドアがゆっくりと開きました。
「待っていましたよ、健作。やはり一人ですか」
私を一瞥した健作は、私の手元にあるものを見て目を細めます。
「これを取りに来たんですよね。なければ困りますから」
私が掴んでいるのは、健作と心華の通学カバンです。昨日、私の演劇を見てそのまま帰ってしまった二人は、カバンを部室に置きっぱなしだったのです。
健作は無言で私に向かってきます。
「当然そうきますよね。無理やり奪えば良いだけのことです。私は抵抗できませんから。何せちょっと引っ張ればアームが外れてしまうか弱いロボットです。理一郎と麻衣が補導された今なら部室にいるのは確実に私一人。簡単にカバンを取り返せます」
私の前までやってきた健作は私の手からあっさりとカバンを奪い取りました。私には目もくれません。その事実にうつむいてしまいそうになるのをぐっと堪えて、私は健作をカメラで追います。二人分のカバンを手にした健作はくるりとその場でターンして部室出口へと一歩踏み出し、そこで止まりました。その背中に私は告げます。
「もちろん予測していたからには対策を打っています。健作の最大の失敗は、私に協力してくれるのが理一郎と麻衣だけだと思った点です」
健作の行く手を遮りドアの前に立ちはだかるのは私の協力者、心の人と射的屋の人です。
「悪いな、品部」
「義によって助太刀いたす……って一度言ってみたかったんよ」
伏兵を前にしばらく動きを止めていた健作は、ゆっくりと私を振り返りました。その顔には何故か笑みが浮かんでいます。
「心華に合わせてお前がもうちょっとゆっくり成長してくれてればな」
その言葉の意味を私が掴むよりも先に、健作はドアに向かって走り出していました。心の人と射的屋の人が止めに入ります。ケガがないように止めて欲しいところですが、って、あれ?
体格の割にあっけないですね、健作。
◆
「シーエフ。まだ間に合う。ほどいてくれ」
椅子に縛り付けられた健作が私に請います。
「やめません。私は割と本気で怒っています」
もちろん拒否した私は、健作に問います。
「ところで心華はこれを聞いていますね?」
「っ、何を言ってるんだ?」
惚ける健作の顔を10秒見つめてから、私は心の人を振り返りました。
「健作のスマホをお願いします」
「おう」
「バカ! 止めろ!」
抵抗する健作の胸ポケットに心の人が手を突っ込みました。引き抜かれて出てきたのは、外付けバッテリー付きの分厚いスマホです。健作が私を睨みつけますが、そんなもので怯むほど私の怒りはぬるくありません。
心の人から受け取ったスマホの画面にカメラを向けます。そこに浮かぶのはConnectedの文字です。私はその画面を健作に向けて問います。
「さて、どこに繋がっているのでしょうか?」
「さあな」
「今更知らないふりも意味が無いと思いますが、まあいいです」
私はスマホに向かって言います。
「聞こえていますね、心華。健作は捕まえました。すぐに」
「心華! 僕は大丈夫だから! 自分で帰るからそこで待っていて!」
私の声を打ち消すように健作が大声を上げました。
「うるさいですね。射的屋の人、あれ、お願いできますか?」
「ほいほい。品部、すまないんよ。まあちょっとの辛抱っていうことで」
「シーエフ! お前のために言っているんだ、分かってくれ。これ以上は、壊されるぞ! 加藤、シーエフのためなんだ、これ以上は、ふぐっ」
射的屋の人が健作にさるぐつわをかませました。健作はまだ何か言おうと唸っているようですが、その声は心華に届かないでしょう。私はもう一度スマホに向かって言います。
「心華、聞いてのとおり健作は自力では帰れない状態です。迎えに来てもらえますか?」
それだけ言った私はスマホの電源を切って作業机の上に置きました。全身のモーターの励磁を一瞬切って、すぐに励磁し直します。
さて、大詰めです。覚悟を決めておく必要があるでしょう。なんとなれば、健作の言うことは多分真実だからです。
心華はきっと、私を壊しにやってきます。
◆
蝶番の音が再び来訪者を告げました。ゆっくりとドアが開きます。
「遅いですよ、心華」
私が呼びかけると、ドアの影から心華が姿を現しました。その両手が握りしめるのは金属バットです。
「健作を放して、シーエフ」
「もちろん、そうします。ただし、私と話をしてもらってからです、心華」
「話なんかない」
「心華、どうしてロボ研を辞めるのですか?」
「話なんか、ない」
強く言い切った心華は私と、私の両隣に立つ心の人と射的屋の人に油断無く目を配ります。まあ健作を捕まえて椅子に縛り上げた私たちですから警戒して当たり前ではあります。けれども、私は心華の視線にそれ以上のものを感じて尋ねました。
「心華は人間が苦手ですか?」
「……なぜ聞くの?」
「いえ、良く良く考えて見れば苦手なはずだと思ったものですから。だって、心華は理解できないものが嫌で嫌で堪らないのですよね? その点、人間ほど訳の分からないものはそうそうないですから。友人を説得に行って何故か警察に補導されてみたり、物言わぬ植物に名前をつけて子供みたいに育ててみたり、射的の的を動かすためだけに数ヶ月も工作してみたり。こんな理解できない人たち、見るのも苦痛だったりしないのですか、心華」
ふぅ、と大きく溜息をついた心華は私たちを睨みつけて口を開きました。
「そうだね。キミ達を見てると虫唾が走る。気持ち悪い。胃がひっくり返りそう。だから健作を早く返して」
「キミ達、ということは私もそこに含まれるのですか?」
「キミが一番気持ち悪いんだよ! シーエフ!」
心華のバットが床を打ちました。
「私が作ったのに、私がプログラムしたのに、私が教育したのに、どうして私に分からないものに……。ううん、そんなハズない。どこかミスしてるの、バグがあるの。でもどこがバグなのか分からない。どうしたら、どうしたら、どうしたら?」
床を見つめてぶつぶつと呟いていた心華ですが急に、そうだ、と明るい声を出して顔を上げました。
「壊してまた作り直そう。そうしよう。ね、健作。また一緒に作ろうよ。今そっちのは壊すから」
金属バットを引きずりながら心華が私に向かってきます。予め手も口も出さないようにお願いしておいた心の人と射的屋の人が私に目を向けました。私は二人にカメラを振って、キャタピラ一周分前に出ます。
「心華、健作は気持ち悪くないのですか?」
にこりと笑った心華は金属バットを振り上げて答えます。
「当然だよー。健作は特別だからねー」
「分解したからですか?」
「――――」
心華の金属バットは蛍光灯の灯りを反射しながら、頂点を保っています。
「それとも、そのヘッドホンで健作の会話の全てを聞いているからでしょうか?」
心華は答えません。
「でしたら、私にも同じことをやってもらえないでしょうか。分解して、私の会話の全てを盗み聴きして、それで私を理解できると思っているのならそうしてもらえないでしょうか」
「なんで、知ってる?」
「私の質問に答えて貰えたら、お答えします。本当に、それで健作を理解したと思っているのですか、心華」
「なんで、知ってるの?」
私は後ろ手に隠していた手紙を差し出します。
「――何それ?」
「健作が、私と理一郎に宛てて書いた手紙です」
私は演劇部の活動で培った演技力の限りを尽くして、挑発的に次の言葉を続けます。
「健作がこんな手紙を書いていたなんて、『知らなかった』でしょう?」
私の後ろで、ガタガタと椅子が音を立てています。健作が暴れているのでしょう。心華はそちらを一瞬見てから私が差し出した手紙に目を落とします。
「心華、もちろん読みますよね。『知らない』訳にはいかないですよね、他ならぬ健作のことですから」
手紙を受け取った心華は、まだ私を疑っているのでしょう、薄い目で私を見つめてからそれでも手紙を開きました。
そこに書かれているのはある幼馴染みの男女の誰にも話したことがないはずの秘密の過去の話です。




