○強行突破
玄関チャイムを3回鳴らして誰も出てこないことを確認した俺は、用意して来たはしごを壁に立てかけた。
「ちょっと、工藤くん! 本当にやるの? やめとこうよ」
「いいや、やるね」
俺は勢い良くはしごを三段上る。と、はしごの足が大きく後ろにずれた。危ういところで飛び降りた俺は慌ててはしごを支える。
「あっぶねえ……」
「だ、大丈夫?」
「ああ、平気平気。でもごめん、芝井、今度はちょっと押さえてて」
「ええ? うーん。分かったけど、すぐ済ませてよ」
「大丈夫大丈夫」
俺は芝井に押さえてもらったはしごを慎重に上る。辿りついたのは、シーエフが叶能を見たという二階右端の窓だ。試しに開けようとしてみるけれども、窓にはしっかりとカギがかかっていた。
「工藤くん、開かないんなら諦めようよ」
俺は諦めずにカーテンの隙間から中の様子を窺おうとする。が、窓ガラスの反射のせいで今ひとつ奥の方が良く見えない。少し考えた俺は上着を脱いで頭の上からかぶりつつ、窓に張り付いてみる。うん、見える見える。
薄暗い部屋の中には壁中を埋めるでかい本棚と勉強机とそれから右奥にベッドが見えた。布団の膨らみが実に怪しい。
俺は腰から下げていた拡声器を手に取るとスイッチを入れて窓に向けた。目一杯息を吸う。
「叶能! 品部! いるんなら出てこい!」
すぐに反応があった。布団の膨らみが飛び跳ねて、中から出てきたのは叶能だ。続いて、左奥のドアが開いて慌てた様子の品部が入って来た。俺は声を張って続ける。
「いいか、品部! あんな手紙なんかで俺達が引き下がると思ったら大間違いだからな!」
足早に窓の所までやってきた品部は口に人差し指を当てて俺に黙れとジェスチャーしつつ、カーテンの隙間を閉めきってしまった。けれども、カーテンの下にはまだ隙間が残っている。どうやら採寸を少し間違っているらしい。俺はそこから中をのぞき込みながら呼びかけ続ける。
「お前らの事情を分かったなんて言えない。長い付き合いって訳でもないからな。でも、だからってあんな紙切れだけで済ませるなんて、俺はお前らにとってその程度のもんだったのか?いや、俺はまだしもシーエフにあの仕打ちはないだろ! お前らが作って、育てた、子供みたいなもんじゃないのか? おい、品部! 聞いてんのか!」
こちらをあくまでも見ようとしない品部が何やら電話をし始めたのにカチンと来た俺は、もう一度声を張り上げる。と、耳を塞いでいた叶能が部屋を走り出ていってしまった。品部も追いかけて行ってしまう。誰もいなくなった部屋を前に、それでも俺は続ける。
「この際俺のことはもういい。たった二ヶ月の仲だ。きれいさっぱり忘れてやる。ちょっと面白かったな、くらいの思い出にしてやる。でもな、お前らシーエフにはちゃんと話をしてやれ。してやってくれ。例え結論が変わらなかったとしても、ちゃんと面と向かって話をしてやれ! それくらいの責任はお前らにもあるだろ! お前らがシーエフの親なんだろ!」
外に出てくるまで、シーエフと話をする気になるまでいつまででも。
そう決めた俺は思いつく限りの言葉で語りかける。けれども、薄暗い部屋に二人が戻ってくることはなく、まして玄関のドアが開く様子もない。
どれだけそうやって呼びかけていたのか、いい加減声も枯れてかけてきた頃、不意に足を引っ張られた。俺は拡声器のスイッチを切り、下に向かって言う。
「芝井、俺はまだ」
「キミ! 下に降りなさい!」
警官だった。ぎょっとしてよく見れば俺の足を掴む若い警官と、もう一人はしごを押さえる年配の警官がいる。その横で芝井が俺に向かって両手を合わせていた。
「ごめん、私も肩叩かれるまで気付かなかった」
「黙ってな」
年配の警官に窘められて芝井が口をつぐむ。若い方の警官は俺の足を掴んだまま、
「大人しく下に降りなさい。悪いようにはしないから」
品部が一体どこに電話をかけていたのか思い知った俺は、何だかおかしくなってきて声を出して笑ってしまう。なんだろう。ここまで徹底して拒絶されると逆に楽しくなってきた。
「何を笑って……」
いきなり笑い出した俺を不気味に思ったのか、足を掴む警官の力が緩んだ。隙をついてその手を振りほどいた俺ははしごをもう一段上って部屋の中を覗き込む。表でこれだけ騒いでいるのに、品部も心華も部屋に戻ってくる様子はない。
上等だ。
拡声器の柄を振りかぶる。下で芝井が息を飲むのが聞こえた。が、手は止めない。窓に思い切り叩きつける。思っていたより大きな音と共にガラスが割れて、反動ではしごが大きく揺れた。
下から年配の警官の慌てた声が聞こえるが知ったこっちゃない。続けて3度柄を叩きつけてガラスを落とし、窓枠から拡声器の先端を部屋の中に突き入れて再びスイッチを入れる。大きく息を吸って、
「品部! よく分かった! こっからは俺も本気だ!」
阻むものがなくなった窓枠から部屋の中に手を入れてカギを開けようと――。
さすがは警察官、というべきなのだろう。次の瞬間には何をされたのかも分からないまま、俺はうつ伏せに地面に組み伏せられていた。抵抗しようという気にもなれないくらいにがっちりと右腕を極められている。
「さっきから主張は聞いてた。どっちかってーとおじさんはお前さんみたいなのが嫌いじゃないし肩持ちたいんだがよ」
俺は首をひねって声の方向を見上げる。しゃがみこんだ年配の警官が思いがけず近くで俺を覗き込んでいた。
「犯罪はぁ、駄目だろ」
その苦虫を噛み潰したみたいな顔に、何か言い返そうと言葉を探し、けれどもおっさんの隣で心配そうにしている芝井を見て思い直した。大きく息を吐く。
全く、おっしゃる通り。
犯罪、ダメ、絶対。




