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◆任されてみる、のこと

 Hello World.


 私はまた、天井のあたりから夢の中の私を見ています。

 夢の中の私はずいぶんと体の使い方に慣れたようで、せっせと部室の備品を整理して回っています。


 PCチェアに座る心華が、コップを持ってきてと言いました。夢の中の私は部室にある全てのコップを机に並べました。今の私なら夏は無色透明のグラスを、冬は猫のイラストが描かれたマグカップを、春や秋の季節の変わり目なら、何を飲むのですか、と確認を取るでしょう。


 床に座り込んで何やら組み立てている健作がドライバを取ってと言います。夢のなかの私は健作の手元を覗き込んでからプラスドライバを手渡しました。少し学んだようですが、まだまだです。今の私なら、工具箱ごと持っていって健作の手元に開けて置いておくでしょう。どうせ次々に他の工具を取ってくれと言われるに決まっていますから。 


 夢の中の私は心華と健作から何かを持って来るように言われるたびに、少しずつ適切に反応するようになっていきます。


 PC画面を見ていた心華がルービックキューブを持ってきてと言いました。初めてその言葉を聞いた夢の中の私はそれがどんなものなのかを尋ねます。


 心華が正方形、6色、各面3×3のブロック、などの断片的情報を教えてくれました。部屋を探しまわって該当品を見つけた夢の中の私はそれを心華に手渡します。心華はPC画面を見ながらルービックキューブを回転させます。夢の中の私はその様子をじっと見つめながら尋ねました。


「何をしているのですか」


 心華は画面とルービックキューブを見比べて悪戦苦闘しながら答えます。


「5秒で揃えられるっていうからほんとかなーって思って」

「それは面の色を揃える物なのですね」

「そーだよー」

「なぜ揃えるのですか?」

「そういうゲームだからねー」

「ゲーム?」

「ルールを決めてやる遊びのことだよー」


 心華がこねくり回すルービックキューブを見つめながら夢の中の私が言います。


「後で、私も遊んで良いでしょうか」


 途端に心華の手が止まりました。


「心華?」


 私を無視した心華は、健作を呼びながら作業机の方へ行ってしまいます。


「なんだ、どうした心華」


 健作の腕をつかんだ心華は何やら耳打ちをしていますが、私には聞こえません。耳打ちが終わると、健作が私の元へやってきました。


「シーエフ。これに興味があるのか?」


 健作は心華がPCデスクの上においていったルービックキューブを持ち上げて言いました。


「はい。私はそれが何なのか把握したいと考えています」

「これで遊びたいのか?」

「はい」

「なぜ?」

「遊ぶという行為を含めなければ、ルービックキューブの意味を把握できないと考えたからです」

「遊ぶというのがどういうことか分かっているのか?」

「色を揃えることです」


 健作は大きく息を吐いて立ち上がり、作業机の向こうからこちらを見ていた心華に言います。


「だそうだ。ルービックキューブの操作感を含めて意味を理解しようとしているだけだ。遊ぶという言葉も、色を揃えるという単純動作と同義で使っているに過ぎない。プログラム通りだろう?」


 腕組みをした心華が近づいてきました。


「そっかー。少しびっくりしちゃったなー。でも、やっぱりプログラムでここまでらしく動けるんだねー。だったらやっぱり人間も……」

「その通りだ。人間だって大して変わらない。単純なものだ。だから心華、人間なんかをそんなに――」


 ああ、健作は確かそんなことを心華に言いました。私が何か新しいことに興味を示すたびに心華と健作はこんなやり取りを繰り返してきました。私はただのプログラムで、それでもかなり人間っぽく振る舞えて、だから人間だってただのプログラムと変わらないという論法です。


 最近では見なくなったやり取りですが、もし、この頃と今とで心華が変わっていないとするなら。

 もし劇を演じる私を見た心華がこの時と同じ反応をしたのだとしたなら。

 もし心華が私をただのプログラムだと見られなくなっていたとしたなら。

 ひょっとして心華と健作が部室に来ないのは。



「Hello World.」


 再起動に成功した私は状況を確認しようとカメラをぐるりと回します。どうやら私は部室にいるようです。理一郎と麻衣と心の人がいます。三人とも何やら不安そうな顔をしています。


「えっと、大丈夫か? シーエフ」


 理一郎が私に尋ねました。何を以て大丈夫と定義するかによって回答は異なりますが、まずは、


「再起動による不具合はなさそうです」


 良かったあ、と理一郎が床に座り込み麻衣と心の人が息をついて笑顔を見せました。変に心配させてしまったことが申し訳なくなって私が謝ると、理一郎は、


「いや、それより何があったんだ?」


 私は請われたままに心華の家の前での健作とのやり取りを話しました。捨てられたらしいことも包み隠さずです。すると心の人が理一郎に言いました。


「見せるか?」

「まあ、もう直接言われたみたいだからな。隠す理由もないし」


 心の人が私に封筒を手渡してきました。


「これは?」


 心の人が難しい顔をしながら言います。


「品部から工藤に連絡が来てな。地図で場所を指定されていたので行ってみた。そうしたら動かないお前がいてな。工藤と一緒に部室に連れて帰ってきた。その時、お前は手にコンビニの袋を持っていて、中に杏仁豆腐とその封筒があった」


 結局、杏仁豆腐は受け取ってもらえなかったようです。それを残念に思いながら、私は封筒を開きます。と、何故か麻衣が私の腕を掴みました。


「なにか?」

「大丈夫だから」


 何が大丈夫なのやら分かりません。分かりませんが、何やら心強く思いながら私は封筒の中から三つ折りの紙を引っ張り出して開いてみます。


 一枚目は叶能心華の名前が入った退部届。


 二枚目は品部健作の名前が入った退部届。


 三枚目は工藤理一郎への譲渡目録。目録の一番上に記載されているのは、Physical Search Engine C+F、すなわち私です。


 四枚目のびっしりと文字の詰まった一枚は手紙のようです。右上に宛先として私と理一郎の名前があります。私はそれを一通り読んでから、元通り三つ折りにして封筒に戻しました。


「これは認められません」

「よし! それでこそ!」


 何故か喜んだ理一郎が立ち上がって続けます。


「こんな面白くないのはごめんだからな。四枚とも二人に突っ返してやろう」

「そんな喧嘩腰じゃだめだって」


 麻衣がたしなめますが、全く聞いていない理一郎はスマホを耳に当てます。

 が、すぐに泣きそうな顔で、


「ブロックされたっぽいんだけど……。俺、嫌われた……?」

「ああ、ほら私も! 私も多分ブロックされてるから一緒一緒」


 麻衣に慰められつつも理一郎はぶつぶつと不安を口にしています。意外と打たれ弱かったようです。そんな二人が面白くて見つめていると、心の人が私の側に立ちました。


「すまん。シーエフ。俺が状況をややこしくしたみたいだ」

「いえ、心の人はこれ以上ないアドバイスをくれました。これは避けて通れないことだったと思います」

「そう言ってもらえると少し楽になる。――それで、シーエフはもう一度叶能に確かめに行くんだな」

「そうしたいのですが、先程は門前払いで心華の顔も窓越しに一瞬見ることができただけでした。もう一度行っても、良くて健作にまた断られるだけ、悪くすればドアすら開けてもらえないと思います。電話もSNSもブロックされているようですし、何か手を考えないといけません」

「手か……」


 私と心の人が思案していると、何とか着拒のショックから立ち直ったらしい理一郎が手を挙げました。


「俺に任せてくれ。何の相談もせずにこんな紙切れ渡されて、おまけにブロックまでされて俺はちょっと頭に来た。二人ともここに連れてきてやる。だからシーエフは二人にかましてやる説教を考えといてくれ」


 言ったが早いか、理一郎はもう外へ出ようとしています。


「あ、ちょっと工藤くん! 待って! ちょっと落ち着こう! あー、もう私も行くから!」


 慌ててついていく麻衣と一緒に部室の外へ出た理一郎は振り返って言いました。


「シーエフ! 二人は俺がちゃんとここに連れて来る。だから説得はお前に任せたぞ!」


 私はまだ、二人に何を言えば良いのか、どうすれば分かってもらえるのか考えついていません。けれども他ならぬ理一郎が、私以上に私を知る理一郎が私に任せると言ってくれたのです。

 だったら。


 私は大きく頷いて言いました。


「任されました!」

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