◆コンビニに寄ってみる、のこと
なんてちょっと気合を入れて学校を出た私でしたが、特に何のトラブルもなく心華の家まで辿りつけてしまいました。拍子抜けも良いところです。
道中あまりに物足りなく感じた私は、偶々見かけたコンビニで心華へのお見舞いに杏仁豆腐を買うという冒険もしてみたのですが、やってみればなんということもありませんでした。お金は昨日射的屋の人から頂いたバイト代(なぜもらえたのか不明)から出しました。
私も成長したものだと喜ぶべきなのかもしれませんが、大した発見もなかったことにちょっと寂しさも感じます。ひょっとしたら、これが大人になる寂しさなるものなのかもしれません。
まあ、私のすぐ後ろには小学生が並んでいましたから、コンビニでの買い物なんて大したことじゃないと言われてしまうと返す言葉もないのですが。
とにもかくにも私は心華への手土産を携えて『叶能』と表札のある家の前に辿りつくことに成功しました。玄関ドアの横には何かのドラマで見た通りにインターホンとボタンがセットでついています。ここまで来ればもう躊躇もありません。
私は手を伸ばしてしっかりとボタンを押し込みました。私の来訪を告げるチャイムが叶能家に響きます。私は少しだけ玄関から離れて、ドアが開くのを待ちました。
誰も出てきません。不在の可能性もないではないのですが、私の予測は居留守です。何故ならば、心華は理一郎の電話にもメッセージにも返事をしないわけですから、私が家に来たくらいで、やあいらっしゃいと出てくるとは考えにくからです。むしろ、あっさりと出てきてもらっても困惑してしまいます。
私はボタンを連打しました。押しながら油断無く家の様子を観察します。と、二階の窓のカーテンが揺れてその隙間に、見えました。心華です。私がじっと見ているのに気付いたのか、心華はすぐに奥へと消えてしまいました。
念のためもう三回だけチャイムを鳴らしてみますが、心華は出てきません。これ以上のチャイム連打は無駄でしょう。
私は次の作戦に切り替えます。
「心華! ひとつ、質問をさせてもらいたくて来ました! 答えてもらえたらすぐに帰ります! 少しでいいから話をさせてもらえませんか! そこの窓からでも構いません!」
こうやって根気よく呼びかけていれば何がしか理由をつけて対話に応じてくれる、というお話をいくつか見たことがあります。大声で名前を呼ばれるのが恥ずかしいとか、近所迷惑だからとか、根負けしたとかです。何でも構いません。とにかく心華に話をしてもらえるように、私は音量最大で呼びかけ続けます。
「心華! お願いです! 質問をひとつだけですから!」
帰りのバッテリーのことを考えるとあと10分ほどが勝負です。私は二階の窓に向かって、スピーカーなんか破れてしまえとばかりに大きな声で呼びかけて、
「静かにしろ、シーエフ」
思いがけず正面から声をかけられた私はカメラを下げます。果たして玄関ドアを開けてそこに立っていたのは、
「健作? ああ、心華のお見舞いに来ていたのですか?」
「そうだ。とにかく一度静かにしろ。近所迷惑だ」
出てきたのが健作だったのは予想外でしたが、私の作戦はほぼ上手くいったようです。とにかくこうして顔を会わせることができたのですから、後は落ち着いて話をするターンです。
「心華のお見舞いに来ました。会わせてもらえますか?」
「それはできない」
初手から明確な拒絶でした。
「そんなに調子が悪いのですか?」
「いや……、ああそうだな。相当に調子が悪い。お前には会えないくらい」
「……健作には会えるのに、私には会えないのですか?」
「そうだ」
聞きたくない答えでした。
やっぱり。
やっぱり心華は私のことを――。
いえ、まだです。私は本当の答えを知っている本人からまだ話を聞いていません。
「会えない理由を心華本人から聞かせてもらいます。上がらせてください」
「それはできない」
「何故ですか?」
「すまない」
「理由を聞いています」
「本当に、すまない」
私の質問に答えず、健作は謝るばかりです。これ以上は何を言っても聞いてもらえそうにありませんでした。仕方がありません。また明日出直すことにしようと思います。人の気持ちというのは移ろいやすいものらしいですから、明日には少し話を聞いてやろうという気になってくれているかもしれません。
「分かりました。今日の所は帰ることにします。これ、心華へのお見舞いです」
私はコンビニ袋を差し出しました。健作はじっと私の手元を見ながら、
「これは、誰からだ?」
「私がコンビニで買って来ました。心華がいつも食べている杏仁豆腐です」
「そうか。お前はもうそこまでできるようになってしまったんだな」
「? どういう意味ですか?」
健作は深く溜息をつくと、
「いいか、シーエフ。よく聞いてくれ」
「はい?」
「僕と心華はロボット研究部を退部する」
「え? え?」
「シーエフ及び、その他部室の私物は全てロボット研究部へ寄付する」
健作は何を言っているのでしょうか。いえ、言っている意味は分かりますが意図がさっぱり分かりません。私をロボット研究部へ寄付して二人が退部するということはつまり私は捨てられ、
「じゃあ、シーエフ。工藤に、ああついでに演劇部にもよろしく伝えてくれ」
そう言って健作は玄関の内側へと戻っていきます。何を言っていいのか分からない私は、
「これ、あの、せめてこれだけでも」
慌てて差し出したコンビニの袋は健作に届きませんでした。
「すまない。それは受け取れない」
玄関ドアがバタリと閉まり、続いて錠がかけられる音が二回しました。そういえばこのドアには鍵穴が2つあります。良いことです。防犯対策は大事です。
いえ、そんなことはどうでも良くて。
私は差し出していたコンビニ袋を開いて中を見つめます。あんなに心華が好きだった杏仁豆腐なのに。好みが変わったのでしょうか。そういえば体調が悪いとおいしいものもおいしく感じられないなんて話も聞いたことが、
いえ、それもどうでも良くて。
そう、本当に考えるべきことは、今、私は心華と健作から捨てられたらしいということでしょう。
なぜ?
分かりません。分からないことは知っている人に聞くべきです。それなのに、答えを知っている心華と健作はドアの向こうにいて、もう私がどんなに呼んだって出てきてくれる気がしません。私は一体どうすれば。
と、唐突にピーという高い電子音が背後からしました。私は慌ててバッテリー台車を振り向き、側面についたメーターを確認します。残時間が3分になっていました。
どういうことでしょうか。いつもは1時間以上動けるはずです。まだ部室を出て30分経っていないくらいのはずなのに。ひょっとして、ここに来るまで上り坂ばかりだったせいで電力消費が大きかったのでしょうか。それとも今、考えすぎているせいでCPUが余計な電力を食っているのでしょうか。いえ、とにかく今はこの状況をどうにかすべきで、ああそうだ杏仁豆腐です。こんな日射しの強いところではすぐにダメになってしまいます。
私は素早く辺りを見回して日陰を探しました。すぐに目についたのは、玄関脇に植えられた木の根元です。残念ながら私には感じ取れませんが、いかにも涼しそうなそこにコンビニの袋を置いた私は安心して、安心して――。
○
校門から出て行くロボットを見た、という証言が決定打だった。
「やっぱり叶能の家に行ったみたいだな」
「悪い。そこまで考えていなかった。明日話をしてみろ、くらいのつもりだったんだ」
責任を感じているらしい森川は今にも腹をかっさばきかねない位に神妙な顔をしている。
「いや、俺だってそんな無茶するとは思わないからなあ」
時刻はもう15時を回っている。校門での目撃情報は13時前だから、無事叶能の家にたどり着いて充電させてもらっているのでなければ、とっくに動けなくなっているはずだ。
俺はもう一度タイムラインの新着を更新をする。
「やっぱ返事ないな」
シーエフがそっちに行っていないかと何度か質問メッセージを送っているのだけれども、叶能からも品部からも返事がない。これはもう直接確認しに行くしかないだろう。
「芝井、住所分かった?」
「うん。今、貼るね」
俺は受け取った住所を地図アプリに流し込んで立ち上がる。
「さて、じゃあちょっくらシーエフを探しに行きますか。森川、悪いけど付き合ってくれ」
「もちろんだ」
「芝井、もしかしたら行き違いになるかもだしここで留守番頼んでもいいか?」
「うん。シーエフくん帰ってきたら連絡するねっ」
「よろしく。それじゃちゃっちゃと……お?」
地図を表示させていたスマホが新着を告げて震えた。通知欄に表示された名前は、
「品部だ」
芝井と森川が両隣から俺のスマホを覗き込んでくる。二人にも見えるようにスマホを少し遠ざけた俺はメッセージを開いた。表示されたのはどこかへのリンクだ。アドレスから察するに地図らしい。俺は黙ってリンクを開く。果たして表示された地図を見た芝井は、
「叶能さんの住所の近くっぽいね」
続いて森川は、
「西の台公園か。場所は分かるんだが、これはここに来いという意味でいいんだろうか?」
「多分な。道順は……うん、じゃあこの公園に寄ってから叶能の家に行くってことにしよう。それじゃ、今度こそ行ってくる」
いってらっしゃい、と手を振る芝井に見送られて俺と森川は部室を出発した。
イベントステージを盛り上げる軽音部の演奏を遠く聞きながら、今夜のキャンプファイアーはみんなで見られるといいなあなんて思いつつ俺達はシーエフの後を追って校門を出る。




