◆学校を出てみる、のこと
Hello World.
学祭二日目です。
昨日の打ち上げ直後には、過去最大のエントロピーを記録していた部室も今はいつもの姿を取り戻しています。作業机の上で目覚まし時計が示すのは11時45分、どうやら掃除と整理整頓で午前中をほぼ使いきってしまったようです。
「大体終わったかな。お疲れさん」
ゴミ出しに行っていた理一郎が帰ってきました。
「お疲れ様です。私の仕事に付き合って頂いてありがとうございました」
「いやいや、ほとんど俺らでちらかしたんだし。こっちこそありがと」
笑って言った理一郎でしたが、作業机の上の時計に目をやると目を見開いて、
「げ、もうこんな時間か。悪い、シーエフ。俺これからクラスの方の当番だからもう行くな」
そのまま出て行こうとする理一郎に私は慌てて尋ねました。
「あの、二人から連絡は!」
部室の外で振り向いた理一郎は、
「まだない! あったら教えに来る! 当番2時までだからそれまでに連絡あったら誰かに伝えてもらうよ! じゃあ!」
慌ただしくドアを閉めて行ってしまいました。一瞬、部室が無音に感じられます。が、すぐに祭りの喧騒が染みこんできて部屋中にうっすらと広がりました。そのせいで反って部室の静かさを意識してしまいます。
手持ち無沙汰になった私はまだ何か片付けるものはないかと部室を見回しました。PCチェアにきれいにかけられた白衣が視界に入ります。作業机の上にはドライバ一つ転がっていなくてきれいなものです。それもそのはず。
今日、この部室には心華と健作がいません。
◆
「おう、シーエフ」
声をかけながら部室に入ってきたのは心の人でした。今日も額の「心」手ぬぐいが決まっています。
「こんにちは、心の人。どうされましたか?」
昨日の打ち上げで忘れ物でもしたのかと、今朝更新したばかりの部室備品リストを思い浮かべます。すぐにヒットしたのは心華と健作のカバンで、けれども他に忘れ物らしきものはありませんでした。では他に何の用だろうと不思議に思う私に、心の人は予想外の答えを告げます。
「なに、ちょっと話をしてみてくれと工藤から言われてな」
「理一郎から?」
さっきまでずっと一緒にいたのですから何か話があるのであれば、してくれれば良かったのに、どうしたのでしょうか。なぜわざわざ心の人を介するのでしょうか。
浮かんだその疑問のその先に、私は仄暗いものを感じました。考えたくありません。ありませんが、どうしてでしょうか。私は考えずにはいられません。少しずつ、状況証拠が揃いつつあるのです。
理一郎が直接話してくれません。心華が部室に来てくれません。健作も部室に来てくれません。連絡すらくれません。これが、今ある事実です。その上でもしも仮に、です。これらの現象が私の存在に起因しているとするならば、最近の私の行動に原因があるとするならば、
「工藤が心配していたぞ」
心の人の言葉に私は思考を中断して答えます。
「そうですね。心華も健作もどうしたのでしょうか。タイムラインも未読だそうですし」
「いや、工藤はお前を心配していたぞ」
「私?」
どこか故障でもしているのでしょうか。それならそうと言ってくれればいいのに。
そう思いながら私は可動部を一つ一つ確かめながら動かして見ますが、
「特におかしな所はないようです。理一郎の思い過ごしではないでしょうか」
「そうだな。俺にもいつもと変わらないように見える。でも、他ならぬ工藤の言うことだからな」
そう言いながら作業机の横から理一郎の椅子を持ってきた心の人は、側に座って私を覗き込みました。
「さて、話を聞こうか」
「いえ、そう言われましても。何の話を?」
「ふむ……何だろう?」
私は脱力してしまいます。
「何だか分かりませんが、理一郎は何故私と直接話してくれず、心の人に頼んだのですか?」
言ってからしまったと思いました。理一郎が私との会話を避ける理由を突き詰めるのは何というか、苦しいことになりそうな予感があるからです。例えば、理一郎が私との会話を苦痛に感じていたとしたら。
嫌な想像です。怖い仮定です。そんな話はしたくありません。私は何とか話題を変えようと、
「ああ、いえ、そんなことよりも本日はお日柄も良く、そうです、今日のムツキの調子は」
「途中で笑って欲しくなって最後まで吐き出させてやれないから、と言っていたぞ」
私の支離滅裂な話題転換を完全に無視した心の人は、よく分からないことを言いました。
「えっと、何の話でしょうか?」
「工藤が俺に話を頼んだ理由だ。人の悩みを聞いていると途中で笑わせようとしてしまうそうだ。俺はそれも一つのやり方として良いと思うんだが、工藤はそれじゃ駄目だと言ってな。話を聞いてみてくれと俺に頼んだ」
「悩み……?」
「違ったか? 工藤の思い過ごしか? それならそれでいいんだがな」
悩み。
抱えている問題に対して答えを出せずに苦しむことです。
今私が抱えている問題は心華と健作が部室に来ないことと、二人が来ないのが自分のせいではないかという疑いに答えを出せずにいることです。一刻も早く答えを出してこの状態から抜け出したいと強く願っています。今の状態が何だか嫌だからです。それなのに私はその答えをどうしても見つけ出せずにいます。
なるほど、どうやら私は悩んでいるようです。また理一郎に私のことを教えてもらいました。いつもいつも理一郎は私に私のことを教えてくれます。感謝しかありません。
それなのに私は理一郎を心配させてばかりです。これでは申し分けが立ちません。だから私はこの悩んでいる状況から早々に抜けだして、理一郎を安心させなければいけません。理一郎はそのための助っ人まで準備してくれたのですから。私のちっぽけな恐怖心から来る躊躇なんて今すぐ乗り越えてみせましょう。
私は意を決して、心の人に話します。
「今日、心華と健作が部室に来ていないことは知っていますか?」
「ああ、工藤が言っていた」
「SNSでも電話でも連絡が取れていないことも知っていますか?」
「そっちも心配だと言っていたな」
前提条件の確認は済みました。ここからが核心です。
「二人は昨日の演劇の直後から姿を見せていません。ですので、あの時の私が原因なのではないかと私は考えています」
「うーん。見た人を怒らせるような内容ではなかったと思うんだがな」
「はい。ですから演劇の内容ではなく、私が何かしてしまったのではないかと考えています」
「俺は何も気づかなかったが。気にしすぎではないか? それとも何か心当たりが?」
「特別にこれといったものはありません。でも、色々と考えられます」
「例えば?」
「私の演技が下手過ぎて製作者として恥ずかしくなったとか」
「下手さでは工藤のほうが上だったけどな。いや、下だったっと言うべきなのか?」
心の人がひどいことを言います。理一郎には黙っておくことにしましょう。
「もしくはロボットが人間の真似事をするのが滑稽すぎて見ていられなくなったとか」
「今更か?」
「舞台の上で大勢にさらしたのは初めてです」
「俺なら嬉しいけどな。自分の作ったロボットが舞台の上で立派に劇をやり遂げたんだから」
「心華はそう思わなかったかもしれません」
「かもな。だがそうじゃないかもしれない。全部シーエフの想像だろう?」
「それは、その通りです」
「つまり、本当の所は分からない、というのが今の結論だ」
心の人が立ち上がりました。
「分からないときには、調べたり考えたり色々手段がある。けど、一番手っ取り早いのは知ってるやつに聞くことだ。誰がその答えを知っているのかは、分かっているだろう?」
「はい」
「自分で聞くか、誰かに頼むかはシーエフ次第だ。もし俺に頼みたいなら言ってくれ」
「――いえ、自分で聞きます。聞きたいです」
「よし、じゃあ方針は決まった。明日にでも二人が姿を見せたら聞いてみるといい。来なければ工藤に言って連絡してもらってもいい」
「はい」
心の人はじっと私を見てから笑うと、
「大丈夫そうだな。じゃあ、俺は行くよ。実は今店の方は作りおきを売ってもらっていてな。そろそろ在庫が切れるんじゃないかと心配なんだ」
頑張れよ、と私のアームを叩いた心の人はお好み焼きを作りに部室を出ていきました。残された私は心の人の話をしっかりとメモリに留めて、考えます。
心の人は、分からないことは知っている人に聞けば良いとアドバイスをくれました。
私は、私の知りたいことを心華に聞けば良いと知っています。
心華は今日、電話にもSNSにも反応してくれないようです。
心華は明日、部室に来るかも分かりません。
私は、心華の家を知っています。
私には、健作が作ってくれたバッテリーがあります。
だからもう、私はやるべきことを知っていました。
さあ、心華の家へ行きましょう。




