○打ち上げ
「じゃ、私これから当番だからおつかれっ。またあとでねーっ」
晴れやかな顔で手を振った芝井はクラスの女子、確か書記の水石、と一緒にクラスの模擬店の方に戻っていった。午前中に当番を済ませてフリーの俺はシーエフと一緒にロボ研部室に戻る。
「あれ? 二人ともまだ戻ってないな」
くまのぬいぐるみやらヨーヨーやら、シーエフ捜索の過程で手に入れた不本意な戦利品を机の上に置いた俺は薄暗い部室の中を見回す。
「どこかに寄っているのでしょう」
言いながら電気を付けたシーエフは、明るくなった部室を奥まで進む。後に続いた俺はシーエフの電源をバッテリーからコンセントに繋ぎ変えた。
「ふー。やはりコンセントの方が落ち着きます」
「何か違うのか?」
「ええ。単純にバッテリー台車を引いていると体の重さも大きさも違ってしまって気を使うのです。あとはバッテリーが切れるんじゃないかという心配もあります」
「ああ、そりゃそうか」
雑談をしながら作業机の指定席に座った俺は思い切り伸びをする。俺に倣って伸びをしたシーエフが言った。
「終わりましたね」
「終わったなあー」
緊張から解放された俺は一気に息を吐きながら応える。
「拍手、いっぱいもらえましたね」
「もらえたなー」
幕が下がって客席と分断されたあと、3人で声に出さない笑みを交わしながら聞いた、あの拍手を思い出して答える。確かにあれはいっぱいの拍手だった。その7割くらいはシーエフの存在そのものへの拍手だった気もするのだけれども、それも含めて俺たち3人の演劇がもらった拍手だ。あれはなんというか、とても気持ちが良かった。
「まあ、お互い初心者なのに良くやったよな。改めてお疲れさま」
立ち上がった俺はシーエフに握手を求める。
「お疲れ様です」
しっかりと俺の手を握ったシーエフが続ける。
「それから、私を演劇部に誘って頂いて、本当にありがとうございました」
「いやいや、礼なら芝井に言ってくれ」
「いえ、私を部室から連れ出してくれたのは理一郎です。色々な人に会わせてくれたのも理一郎です。演劇部に連れて行ってくれたのだって理一郎です」
「うーん。いや、全部俺が面白いと思ったからやったことだしな。礼を言ってもらうようなことではないんだけど」
「それでも、私が言いたいのです」
シーエフはまっすぐ俺を見上げる。何だかくすぐったくなってきた俺は、
「うんやっぱよく考えたら全部俺のお陰だな。感謝したまえ、シーエフ」
「はい。感謝します。理一郎のお陰で全てとは言わないまでも」
俺の手を放したシーエフは、そのまま手を上に挙げ、
「色々なものに手が届きそうな気がしてきました」
ゆっくりとその手を握り締める。
「色々って何を」
とその時ドアをノックする音がして俺は質問を途中でやめる。「どちらさまですかー」と移動したシーエフがドアを開けると、
「おつかれ!」
入ってきたのは森川と加藤だった。
二人は俺には目もくれずシーエフに向かって、
「素晴らしかった。あれはシーエフにしかできない演技だった。どれくらい素晴らしかったかというとまずは、あの最初のセリフだが――」
「シーエフ、実は相談があるんよ。ほら、今日少し遊ばせてあげた射的屋なんだけど、明日も遊びに来てくれん? もちろんただとは言わないんよ。そうな、例えば――」
二人に迫られて慌てるシーエフが面白くて、俺は少し離れて見物に徹することにする。
そうだ、どうせだから芝井も呼んでここで演劇部の打ち上げをしてしまおう。叶能も品部も別に怒ったりしないだろう。
スマホを手にとった俺は早速芝井を呼び出す。
「もしもし、工藤だけど。ちょっとクラスの方終わったらさ――」
○
「おお? もしもし? 品部?」
「――ああ」
十分おきの十回目でようやく繋がった。胸をなで下ろした俺は、
「良かった。心配したんだぞ。全然戻ってこないし。あ、オレオレ、工藤な」
「すまない」
「いや、いいんだけどさ。それより今部室で勝手に一日目の打ち上げしてるんだけど、戻って来ないか? ってか今どこ?」
部室の真ん中で加藤が「無職じゃあ!」と悲鳴を上げた。また首になったらしい。つくづく運がない。それに引き換え俺は、宝くじで当てた資産を投資で5倍にし、それを元手に立ち上げた会社を一部上場まで育て上げた敏腕経営者であるばかりでなく、子供も男の子と女の子一人に恵まれて円満な家庭を築き、順風満帆の人生を謳歌した上でゴール済だ。
人生ゲームは本当に楽しいゲームだと思う。
と、いい気分でいた俺なのだけれども、
「すまない。ちょっと今日は戻れない」
品部の沈んだ声で一気に熱が冷めた。
「どうした? 何かあったのか?」
「ああ、ちょっと心華が例の発作を起こしてな」
「例のって、どうしても分からないことがあるとってやつか?」
「そうだ」
妙ちくりんな歌を歌いながら全力スキップをする叶能の姿を思い浮かべる。あれをやらかしたとなると叶能は問答無用で家に帰ったはずだ。品部もそれに付き添ったのだろう。道理でカバンはあるのにいつまでも帰ってこないわけだ。叶能と品部は家が隣同士らしいから叶能を家まで送ったのなら、
「じゃあもう品部も家なんだな」
「ああ」
「そっか。まあしばらくは打ち上げやってるから気が向いたら来てくれ。あ、来るときは連絡くれな?」
「分かった。それじゃあ」
「おう、また――」
明日、と俺が言う前に通話は切れてしまった。
「ロボ研はなんて?」
「うわっ」
思いがけず近い声に驚いて飛び退く。いつの間にやら隣に立っていた芝井は頬を膨らませて、
「むっ、失礼な。私に隣に立たれるのがそんなに嫌かね」
「いや、黙ってそんなすぐ側に立たれてたら驚くだろ普通」
「そう? 私は平気だけど」
今度やり返してやろうと心に決めながら、俺は芝井の質問に答える。
「品部も叶能も今日はもう帰っちゃったんだってさ」
「何かあったの?」
素直に答えようとして思い直す。そういえば、芝井は叶能のあれを知ってるんだろうか。
「叶能がちょっと調子崩したんだってさ。そんで品部が付き添って帰ったんだと」
知っているのなら察してくれるだろうとぼやかして答えると、芝井は、
「え? 風邪?」
「さあ? 詳しくは聞かなかったから」
「そっかあ。心配だね。彼女ちっこくて体弱そうだし」
この反応はどうやらあれを知らないらしい。余計なことを言わなくてよかったと安堵しつつ芝井をあんまり心配させないように付け加える。
「まあそこまで大事ってわけでもなさそうだったから明日には元気になってるだろ」
「そっか。じゃあ明日はみんなで打ち上げできるよねっ」
「多分な」
「うんうん。――で今日のところは、お二人さんが来れないとすると」
芝井が目を向けたのは作業机の上だ。人生ゲームのボードを囲うようにして並ぶのは、たこ焼きに焼き鳥にカレーライスにタコスにクレープに、おい、あのピザ出前ものだろ、誰だ頼んだのは。
芝井は困ったように笑いながら俺に言う。
「どうしよっか、あれ」
「食べきれないんなら誰かが持って帰るしか」
その時、森川の歓声と加藤の悲鳴が上がった。どうやら人生の敗者が決まったようだ。
俺は歩み寄って加藤の肩を叩く。
人生の敗者の帰路に、せめてもの手向けを持たせてあげよう。




