○演劇
演劇部の劇は15時から、体育館の舞台上で開演だ。もちろん演者である俺達はそれよりも早めに舞台袖に待機しておく必要がある。
「なあ、なんでこんな人多いんだ?」
俺は舞台袖から客席を覗いて呟く。既に満席で立ち見のスペースすらなくなりつつあるというのに、まだまだ入場者が途切れる様子がない。
「ふっふっふっ。私の手腕に感謝してね」
「え? 芝井が集めたのか?」
「んーん。くじびきでこの順を当てただけ。うちの次の吹奏楽部は去年、全国出場してるからね。よその学校とか一般の人達とかも結構見にくるんだってっ」
確かに見慣れない制服姿をちらほら見かけるし、制服以外の姿もそこそこ混じっている。
俺のイメージトレーニング内では、からかい半分のクラスメイトと、ちょっと疲れて眠りに来た連中くらいしかいなくて客席はがらがら、ということになっていたのに。それでも頑張って演じきった俺達に一人二人でも拍手をくれれば満足、とそのくらいのつもりだったのに。
じっとりと手に汗を握りながら、俺は舞台の方を見る。まばゆい光の中、大道芸部がジャグリングをやっているのだけれども――ああ、また落とした。
リハーサルの時の大道芸部は堂々とした舞台さばきで、演劇初心者の俺は場数の違いを思い知らされたのだけれども、今は見る影もない。全ては学外の人間がもたらす雰囲気の違いと単純な観客の数によって生じている異様なプレッシャーのせいだ。
「おやおや、工藤くん。緊張してるのかなっ?」
「……まさか。ただイメージと違ったから驚いてるだけだよ。問題ない」
「ほんとかな? 手、震えてない? なんだったら部長さんに泣きついてもいいんだよっ?」
さっきから、やたらとハイテンションに俺を煽ってくる芝井の目は、もう泣きそうなくらいに潤んでいる。が、今は指摘しない。指摘できない。多分、今それを言ってしまったらお互いの強がりが崩れてもう演技どころではなくなってしまうだろう。
「いやー、俺の名演をこんなにたくさんに人に見てもらえるなんて嬉しいな。ああ、本当に嬉しい」
半ば自分に言い聞かせるつもりで強がる。と、先ほどから熱心に台本確認をしていたシーエフがカメラを上げ、
「そうですね。みなさんに楽しんでいってもらえると嬉しいです。心華と健作も客席にいるのが見えましたし、しっかり見てもらえるように理一郎、麻衣、頑張りましょう」
シーエフのどこまでも素直で怯えのない声に芝井があっさり崩れた。
「どうしようっ。ねえ、どうしようっ。こんなにお客さん多いなんて思わなかったよう」
俺の肩をがくがくとゆすりながら、芝井の声は震えている。
「芝井……。強がるんなら最後までやってくれよ」
釣られて震えてきた手を押さえながら答える。そんな俺と芝井に交互にカメラを向けたシーエフはカメラを横に傾げて、
「お二人ともどうかしましたか? お客さんが多いことのどこに問題が? たくさんの人に演技を見てもらえるのは喜ばしいことではないのでしょうか。そのためにこの一ヶ月弱、練習してきたのですから」
どこまでも素直なシーエフを羨ましく思いながら、俺は答える。
「人に見られるのは緊張するもんなんだよ。特に今日は校外の人たちもいて余計失敗できないからな」
うんうん、と芝井が頷く。両手を組んで下を向いたシーエフは「よく分からないのですが」と前置きをしてカメラを上げる。
「練習でもめったにノーミスなんてことはないのですから、多少の失敗は織り込み済ではないのでしょうか? 多少トチっても劇を止めない、という練習もしてきたわけですし」
「それは、……そうなんだけど」
芝井は不安そうに人で埋まった客席の方を気にしている。シーエフはそんな芝井の視線を追いながら、
「外のみなさんは吹奏楽部の演奏を聞きに来ているのですよね?」
「らしいな」
俺が答えるとシーエフはさも当然というように、
「では、真剣に私たちの劇を見ている人は少ないのでは?」
「そりゃあ……はぁ、ま、そりゃそっか」
なんだか自分が自意識過剰に騒いていると指摘されたようで気恥ずかしくなってくる。芝井も同じことを思ったようで照れくさそうに笑ったかと思うと両の頬をパンと叩き、
「ね、本番前に頭のとこだけでも最後のセリフ合わせしよっか」
俺とシーエフが頷くと、いつも通り雰囲気を豹変させた芝井が最初の台詞を口にする。
「いい加減諦めたらー? 羽根があるくせに飛べないどーんくさいニワトリさん♪」
芝井の役は、素直になれない黒猫だ。頭にはネコミミ付のカチューシャをつけている。
「ちっ、また来やがったか。てめえに用はねーんだよ。邪魔すんな」
俺の役は、空を飛びたいニワトリだ。こだわって手作りしたくちばしとトサカは我ながら見事な仕上がりだと自信がある。演技の方は……まあ暖かい目で見守ってもらえると嬉しい。
「ああ、こんにちは黒猫さん。今日もわざわざ応援に来て頂いてありがとうございます。ニワトリさんも待っていましたよ」
シーエフの役は、天然気質のロボットだ。黒猫とニワトリをその屈託の無い言葉で振り回し、自覚なく仲を取り持っている。
そのまま冒頭の一幕の確認を続け調子が出てきた頃合いで、舞台の方から大きな拍手が響いた。大道芸部のパフォーマンスが終わったらしい。
運営委員の女子が俺達に出番を告げる。頷いた芝井が俺に眼を向けた。頷いた俺は先頭に立ってまばゆい舞台へと歩み出る。
さあ、初舞台だ。




