○ステージとお好み焼き
ヨーヨー釣りで200円、ゴムボールの的当てで100円、輪投げで300円、おもちゃの弓を使った的当てで400円を費やして、えらく繁盛しているお好み焼き模擬店の行列を超えた俺を待ち構えていたのは園芸部の森川だった。
いつもどおりの「心」手ぬぐいを頭にまいた森川は数々の戦利品を抱える俺を見て、
「おう。その様子じゃずいぶん楽しんでるみたいだな。うちのお好み焼きも是非食べていってくれ。俺の畑で採れたキャベツを使ってるんだ」
どうせシーエフの居場所を聞いたら買えと言われるんだろうと諦めた俺は先に注文してしまうことにする。
「じゃあ1枚お願い」
「ありがとう。サービスしておくからな」
小声で言った森川は焼きかけの一枚に追加の具をこっそり混ぜ込むと、しばらくして焼きあがったお好み焼きをパックに詰めた。
俺は財布の中身を覗く。すっかり軽くなった財布に残るのは1000円札一枚と5円玉1枚だ。別に何か買う予定があったわけではないけれども、ちょっと心もとない。
「お好み焼き1枚で200円になります」
断腸の思いで突き出した俺の1000円札に店員のやけにごつごつとした手が伸びてくる。ごつごつというか、カクカクというか、少なくとも炭素系の生命体には見えないというか。
果たして顔を上げた俺の目の前、模擬店のカウンターの向こう側には、
「シーエフ……」
なんでこんなところに、と脱力してしまった俺の顔をどう解釈したのか、カメラを傾げて不思議そうにしていたシーエフは何か思いついた様子で得意気に人差し指を立てて、
「あ、分かりましたよ、理一郎。大丈夫です。お釣りはちゃんと出しますから心配しないでください。このくらいの計算は朝飯前というものです」
中指を足してVサインを作ったシーエフはそのまま俺の手から1000円札を奪っていく。
さようなら、夏目さん。また来月お会いしましょう。
「それでは1000円お預かりしましたので、お返し500円になります」
「おい!」
「冗談ですよ。はい、800円です」
お釣りとお好み焼きを俺が受け取ると、シーエフは両手をボディの前に揃えて、
「お買い上げありがとうございました。本日の学園祭をお客様が楽しめるよう、心から祈っております」
カメラを深く下に傾けた。台詞の流暢さも相まってかなり手馴れて見える。
「ひょっとして朝からずっとここにいたのか? ってか何で売り子?」
後ろの人に場所を譲って問いかける。接客をしながらその合間合間にシーエフが答えたところによると、元々は森川が会計をお願いしていた人がちゃんといたのだけれども、その人が急用で抜けてしまい、そこにたまたま通りかかったシーエフが見るに見かねてヘルプを申し出たということらしい。ステージのイベントが始まる前のことだというから少なくとも10時にはここにいたことになる。
「あれ? じゃあバッテリーはどうしてるんだ?」
確か1時間しか持たないはずではと俺が尋ねるとシーエフは模擬店の裏を指さして、
「そこに発電機があるのでそこから頂戴しています。これが私のバイト代です」
いいのかそれで、とちょっと思ってしまう。
「悪いから何かお礼を、とは言っているんだが充電で充分だと聞いてくれなくてなあ。全くシーエフは頑固でいい奴だよ」
ハッハッハッ、と森川が笑い「心の人ほどではないです」とシーエフが謙遜する。
ともあれシーエフを見つけられて安心した俺は、
「じゃあ、邪魔しても悪いし俺はそこのベンチで待ってるから。元の会計の人が来て手が空いたら声かけてくれ。一緒に学祭回ろう」
「分かりました。あと20分ほどの予定ですので少し待っていて下さい」
頑張れよ、とシーエフに声をかけた俺はすぐそこにあったメインステージ向きのベンチに腰掛ける。ステージ上では何の番狂わせもなく二十五連勝の末に優勝してしまった加賀美先生が下を脱いで場を盛り上げようとしていた。必死にしがみついて止めているのは下田だ。
「やめて下さい、加賀美先生! 先生にはまだ長い人生が、教師生活が待っているんです! こんなところで台無しにしてはいけません! いくら結婚できないからってやけにならないで! ああ、やめて下さい!」
もちろん下田の台詞は明らかな棒読みで、実際には抵抗する加賀美先生のジャージズボンを下田が無理やり脱がそうとしている。あ、いや、脱がした。男子のヤジと笑い声、女子の喜んでんだか嫌がってるんだか分からない悲鳴が会場から一気に湧き上がり、青のブーメランパンツ姿を晒した加賀美先生が「覚えてろよ、下田」の捨て台詞と共にステージ裏へと逃げ帰る。
「ああ、待ってください! 加賀美先生! これは不可抗力なんです! エンターテインメントのお約束とか同調圧力とか生徒会の陰謀とかなんかそんなのが! 私は学校という閉鎖社会の被害者なんです!」
脱がしたジャージをグルグルと振り回しながら下田がステージ裏へと続いて退場した。
まあ、ここまで込みの台本だろう。そもそもどちらかと言えば小柄な下田が、筋肉ダルマこと加賀美先生を無理やり脱がすなんてできるわけがない。もちろんそんなことはみんな承知で笑っているはずだ。
けれども。
冷静に下田の茶番を差っ引いて考えると、このイベントステージは全て加賀美先生が脱ぐためのお膳立てだったとも言えるわけで、
「ちょっと気持ち悪かったよね」
そんな声を聞いて、俺は心の中で「全くもって」と深く頷き、そっちを見る。けれどもお好み焼きを持つ二人組の女子生徒が見ているのはステージではなく、お好み焼き屋の方だった。
「お買い上げありがとうございました。本日の学園祭をお客様が楽しめるよう、心から祈っております」
模擬店からはシーエフの元気な声が聞こえる。
あれが気持ち悪く聞こえる、そんな人もいるらしい。
もったいないなあ、と思いながら俺はお好み焼きを口に運ぶ。
あ、うまい。やるな、森川。




