○学祭当日
待ちに待った、学祭当日。
「あれ? シーエフは?」
ようやくクラス模擬店の担当時間を終えロボ研にやって来た俺を出迎えたのは、PCの前に座る叶能一人だった。限界まで背もたれに体重を預けただらしない格好の叶能はヘッドホンを外しもせずに、
「んあー、リーチが遅くて待ちきれないからってだいぶ前に出てったよー」
もしかしたら俺が来るまで眠っていたのかも知れない。叶能はあくびを噛み殺しながら背伸びをして続ける。
「朝からリーチはまだかまだかってうるさかったからねー」
「朝からって……叶能はずっとここにいたのか? クラスの手伝いとかないのか?」
「あー、なるほど。リーチはそっちを手伝ってたんだねー。道理で朝礼終わっても来ないと思ったよー」
この言い分だと叶能は朝礼にすら出ていないらしい。流石に心配になってしまう。少しくらい手伝わないとクラスでの立場がなくなるんじゃないだろうか。
と、そんな俺の視線を正確に読み取った叶能は否定するように手を振って、
「あー、だいじょーぶだいじょーぶ。出席は足りてるし、クラスの人たちはあいつは仕方ないって思ってくれてるからさー。健作も頑張ってくれてるしへーきへーき」
叶能の社会不適合っぷりを品部がカバーするといういつもの構図であるらしい。まあ、叶能も品部もその立場に満足しているみたいだから、俺から何か言うことでもないのだけれども、
「まあいいけどさ。じゃ、俺は行くけど、よかったら叶能も一緒にどうだ?」
なんとなく叶能を外に引っ張り出したくなって誘ってみる。けれども、背もたれから体を起こした叶能は、
「興味ないし、私はいっかなー。シーエフ見つけたら、ちゃんと面倒見てやってねー」
PC画面を見つめながらそう言った。脈なしと判断した俺は、それでもこれだけは付け加えておく。
「そりゃ残念。でも、演劇は見に来てくれよ。シーエフも出るんだからさ」
15時、体育館、と念押しして部室を出た俺はグラウンドに向かって歩き出す。
シーエフを連れて学祭を回ろうと思っていたのだけれども、いないものは仕方がない。とりあえず一人でぶらぶら遊びつつ、適当に誰かと合流しようと決める。
向かう先のグラウンドには色とりどりの看板を掲げた模擬店と、大きなイベントステージが見える。一歩進むごとにハレの雰囲気が濃さを増して行く。俺は浮かれて早足になり、でも何故だか無性に気になって今来たばかりの方向を振り向いた。
体育館裏の万年日陰に立つロボ研部室は、祭りから取り残されたみたいにいつも通りそこにある。中ではやっぱりいつも通りに白衣を身につけた叶能がだるそうにPCチェアに座っているはずだ。一人きりで。
何が気になったのか、分かった。
出欠確認に顔を出さず、クラスの手伝いもせず、部活での出し物もなく、かといってよその出し物を見て回るわけでもなく、部室にただ一人でいる。
叶能は今日、何をしに来たんだろうか。
○
「まいどー」
最初に目に入った模擬店でフランクフルトを買い求めた俺が150円を支払っていると、不意に後ろから歓声が上がった。振り向いて出処を探すと、少し先にあるメインステージで上半身裸になった男が両の力こぶを誇示しているのが目に入る。その隣でマイクを握っているのは同じクラスの下田浩二だ。
生徒会の仕事があるからと、クラスの手伝いを免除してもらっていたけれども、まさかこれがそうなのだろうか。興味をそそられた俺は耳を傾ける。
「さあ、見て下さい、この肉体! 実に暑苦しい! 加賀美大吉35歳、担当科目保健体育、身長175cm、体重78kg、この筋肉ダルマ、生徒相手に何の手加減もせず、ここまでなんと15連勝! しかも、全て5秒以内で勝負を決めています! これは全く面白くない! ただでさえ絵面が地味な腕相撲大会を何とか盛り上げようと必死な私の身にもなって欲しい! そして盛り上がらないからといきなり脱ぎ出すそのデリカシーの無さ! 救えません! だから結婚できないんだぞ! 大吉!」
うるせえ、と笑う加賀美先生が下田の首を脇に抱えて抑えこむ。
下田はマイクに向かってつばを飛ばしながら、
「この首筋のぬめり、暑苦しさ、そしてなによりも汗臭さ。どれ一つ言葉では伝えきれないことが悔しくてたまりません! って、おいこら、そこの笑ってる一年! ちょっと代われ! ほんとに汗臭いんだぞ!」
と、軽快に会場の笑いを誘っているけれども、よく見ればその顔は赤黒い。あれはひょっとして本気で締めあげられてるんじゃないだろうか。
何だか面白くなってきた俺はフランクフルトを頬張りながらメインステージの方へ足を向け、
「おーい、工藤!」
声の方を見ると、右手にある模擬店のカウンター向こうから見知った顔がこっちこっちと手招きをしていた。歩み寄った俺は看板を見ながら、
「よっ、加藤。射的なんてやってたんだな」
「まあな。でもあれに客奪われて閑古鳥だあよ」
加藤が指さすのはイベントステージだ。今も下田のMCに釣られたらしき客が続々と集まって来ている。飲食系の模擬店には良い客寄せだろうが、遊戯系の模擬店には商売敵もいいところだろう。俺自身、加藤の模擬店には目もくれずステージにふらふらと吸い寄せられるところだった。
「口は回ると思ってたけど、あんなMCが上手いなんて知らなかったな」
「え? あー、そうか。転校生だあもんな。下田のありゃあ有名だぞ。去年はクラスの出し物で司会やってな。教室から人が溢れて危ないっつーんで生徒会が入場制限かけたくらいだ。んで、今年は生徒会が自分とこの主催イベントにちゃっかり引っ張り込んでるってえ寸法だ」
「へえ」
と、感心してステージの方を見る。どうやら次の挑戦者が舞台に上がったようだ。剣道部の主将らしいけれども、体格的にどうみても加賀美先生には敵いそうにない。結果の見えているこの勝負、下田がどう盛り上げるつもりなのか気になる。
「おい、工藤、工藤」
振り向くと加藤が空気銃を俺に差し出していた。
「同じ3階のよしみで1回遊んでかないか?」
加藤が所属する工作部は演劇部と同じく部室棟3階にある。演劇部の大道具作成を手伝ってくれていたりするから、ワンプレイ分くらいは義理がないでもない。
「いくら?」
「お、話が分かるねえ。100円で5発だあよ。あ、でもあのロボット、シーエフだっけか?あいつをあとで1時間貸してくれたらタダでもいいんよ」
「なんでシーエフ? ……分解でもするつもりじゃないだろうな」
「あー、それもいいなあ。ってぇのは冗談。そんな目で見るなよう。こないだ品部に設計図もらって満足したからそんな気はもうないんよ。今は品部とアイディア相談しながらオプションパーツを作成中だあよ。そのうちシーエフに付けさせてもらう約束もしてるから」
そういえば品部はシーエフを3階に運ぶ度に工作部に通っていた。設計図まで譲っているのだからかなり仲がいいのだろう。でも、
「じゃあ、なんでシーエフ借りたいんだ?」
「いや、午前中シーエフがうちに来てなあ。ロボットから金取るのもどうかと思ってタダで遊ばせてやったんだあよ。そしたらそれを面白がって客が沢山来てなあ。いい客寄せだったんよ。ってか今日の売上はほとんどその時んだかんなあ」
「え? シーエフ来たのか? いつごろ? どこ行った?」
「おおう、食いつくなあ。なに? 工藤はシーエフ探してたんか?」
「そうだよ。んで、どこ行った?」
尋ねると、加藤は思案顔でそうだなあと呟くと、空気銃を俺に突き出しつつ模擬店の奥を指さした。
「あのくまのぬいぐるみが撃ち落とされたらショックで思い出せそうな気がするんよ」
あからさまだ。が、こういう趣向も面白い。
そう考えた俺は黙って100円玉を渡して5発のコルク弾を受け取る。
「まいどありー。おーい、金子、客だぞーはたらけー」
うーい、と模擬店の裏から声が聞こえたかと思うと景品を一つずつ乗せた台がそれぞれ独立に動き始めた。
「どうよ。うちの部の自作。すごいっしょ?」
模擬店のテントを覆うシート越し、裏の方でなにやら自転車のペダルをこいでいるらしい誰かのシルエットが見える。
「ひょっとして人力なのか?」
「まあね。だから緩急自在、簡単にはいかんよ」
胸を張った加藤が挑発的に笑う。
……こんなことしてるから客がこないんじゃないのか。
なんて水を注すようなことはもちろん口に出さない。コルク弾を詰めて空気銃を構えた俺は左の口端だけを釣り上げて答えた。
「ふん。この程度、俺には止まって見えるさ」
動き回る熊に狙いを定め、ゆっくりと引き金を引き絞る。
○
――――。
そんなこんなで、シーエフの行き先を聞き出すのに1500円かかった。いや、何も言わないで欲しい。
一応加藤の名誉のために言っておくと、やつは300円の時点でもう教えてやると言ってくれた。意地になってそれを聞き入れなかったのは俺の方だ。
ついに撃ち落とした大きなくまのぬいぐるみを抱える俺に、加藤はこう言ってくれた。
「それ、仕入れ値500円だけど定価は1200円だから。そんなに負けてないんよ」
いいやつだと思う。
「あ、あとシーエフはヨーヨー釣りに行ったんよ」
加藤が指さしたのは隣の模擬店だった。
「ごめん、その先は知らないからそっちで聞いて欲しいんよ」
ほんと、イイヤツだと思う。




