◆修羅場ってみる、のこと
Hello World!!
先週、初めて理一郎に連れてきてもらって以来、部室棟に来るのももう6度目になります。初めのうちは私を珍しがる人がたくさん集まってしまって移動すら困難だったのですが、これだけ頻繁に訪れていると皆さん慣れてくれたようで、大抵の人は私を見てもちょっと挨拶をしてすぐに通り過ぎるようになりました。
今でも私を見かけて話しかけてくるのは、例の実験の経過について話してくれる心の人と、私が行っている演算についてしつこく質問してくる数学部やプログラミング部の人たちくらいです。私は私の仕組みを全く理解していないので、詳しくは心華に聞いて欲しいといつも言っているのですが誰もそうしてくれません。ひょっとしたら、みなさん心華に話しかけづらいのかもしれません。思春期には女子を遠ざけてしまう男子もいると聞きますから。
また、話しかけては来ないのですが私を遠巻きに見ている人たちも一定数残っています。少なくともオカルト研究部とSF研究部の数名は私が部室棟を訪れると必ず視界に入るので、間違いなく私を観察しています。
いつかさらわれて分解されるのではないかと少し心配ながらも、部室棟の興味深さに負けて今日ものこのことやってきた私です。
せめて警戒だけは怠らないようにしようと思います。
◆
私は階段を上れるようにはできていません。ですので、2階以上にある部室を訪問するためには誰かに抱えて上がってもらう必要があります。さて、ここで問題となるのが私の重量です。
本体17kg、バッテリー台車25kgの計42kgが私の総重量です。とても一人で一度に運べる重さではありません。ですので、一度私をシャットダウンした上で本体とバッテリー台車を分けて持って上がる必要があります。また、私の本体はトップヘビーでバランスが悪いので、万が一にも落とさないよう用心のために二人で運ぶということに決められています。
というわけで、今日は理一郎、健作に運ばれて部室棟3階にやってきました。
「流石に腕が痛いな。軽量化を考えるか」
再起動した私の前で健作が肩を回しながら言います。両手を握ったり開いたりしていた理一郎は「そうしてもらえると助かる」と苦笑いしながら私が再起動済なことを目視確認すると、先に立って廊下を歩きはじめました。
「さ、こっちこっち」
今日は理一郎も所属しているという演劇部を訪問することになっています。理一郎曰く演劇部には特に目新しいものがあるわけじゃないから部長に紹介するだけ、とのことです。
確かに私が知る限り演劇とは台詞と体の動きで物語を再現する活動ですから、例えばオカルト研の不思議な水晶玉や陶芸部のろくろのように見慣れないものが出てくることはなさそうです。
と、前方から来た軽音部の女子に「あ、しーえふーだー」と笑顔で呼びかけられました。私はアームを挙げて「こんにちは」と挨拶を返します。すれ違いざまにくるりとターンした軽音部女子は「またねー」と後ろ向きに歩きながら私に手を振り、もう一度ターンをして廊下の向こうへと消えました。
二足歩行であんな器用な立ち回りをしてよく転ばないものだと感心しながら見送った私は前を向きなおします。と、理一郎が突き当りのドアの前で立ち止まっていました。その後ろでは健作が腕組みをして難しい顔をしています。
「やはり僕はやめておく。用事が終わったら連絡をくれ。シーエフを下ろすのは手伝うから」
「え? でも結構時間掛かると思うぞ。せっかくだし寄ってけって」
「ちょうど工作部の連中に用事があるからな。僕のことは気にしなくて大丈夫だ」
「――そんなに芝井が苦手か?」
「部室にいる時の『あれ』と真っ向付き合えるのは工藤くらいだと思うぞ」
「そうかあ? 面白いと思うんだけどな」
「遠くから見ている分にはな。とにかく巻き込まれる前に僕は退散する」
また後で、と言った健作は私のアームをぽんと一つ叩いてから廊下を引き返して行ってしまいます。その背中をカメラで追っているうちに、私は少しだけ「怖く」なってしまいました。
「あの、理一郎。健作は一体何をあんなに嫌がっていたのでしょうか?」
「うん? あー、だいじょぶだいじょぶ」
私の質問に答えず、理一郎はにこにこと笑います。笑っています。が、何かがいつもとは違います。それが何なのか私が見つける前に理一郎は私に背を向けて、
「うっし」
何やら気合を入れて部室のドアを開きました。何故部室に入るのに気合が必要なのでしょうか。疑問を抱えながら私は理一郎の後について部室に入ります。
「あ、理一郎! やっぱり帰ってきて……。なに、その子?」
部屋の中にいたのは一人の女子生徒でした。演劇部部室にいるわけですから、当然演劇部の部員と推測できます。事前情報によれば理一郎以外の部員は一人だけということですから、このショートカットの女子生徒が演劇部部長の芝井麻衣に間違いないでしょう。
理一郎を「理一郎」と下の名前で呼ぶからにはなかなか親しい間柄のようです。部員が二人だけというと、理一郎が入部する前の心華と健作の関係と同じですから親密になるのも頷けます。
とまあ、それは良いのですが。
彼女、麻衣は何故か先程から私を睨みつけています。今の今まで面識はありませんでしたから、私が直接彼女に何かをしでかしたということはないはずです。となると、理一郎が麻衣に渡した事前情報の中に、彼女が私をにらみたくなるような内容があったのでしょう。私は尋ねます。
「理一郎。どういうことでしょうか」
果たして理一郎は素早く私を振り向いて「え」と声を漏らし目を見開きました。この反応はどうやら当たりのようです。きっと私にとって不利になるような情報を麻衣に渡していたに違いありません。私の推測を肯定するように、麻衣も理一郎を問い詰めます。
「へえ。その子に話してなかったんだ。ほら言ってあげなよ」
「……何のことだよ」
理一郎が重く口を開きました。麻衣は鼻を鳴らして、
「分かってるくせに。それなら私から言ってあげる。あなた、確かシーエフだったかしら?」
「はい、私の名前はシーエフです」
私の前に歩み寄ってきた麻衣は腰を曲げて私のカメラを覗き込んで言います。
「そう。じゃあかわいいシーエフちゃんにいいこと教えてあげるわ。あなたね、この人に遊ばれてたの」
「違う! そんなんじゃない!」
突然理一郎が大きな声で割り込みました。呼応するように麻衣の声も高くなります。
「じゃあ何だっていうのよ! こんな何も知らなそうな子騙して遊んだりして!」
「騙してないし遊びじゃない!」
「ふーん。じゃ、私の方が遊びだったってわけ?」
「それも違う!」
二人はにらみ合います。私の推測に間違いがなければ、二人はどうやら喧嘩をしているようです。そして、部室の中には二人の他に私しかいません。
ということは、私が仲裁に動くしかないようです。こういう場合、まずは喧嘩の原因を突き止めることが重要でしょう。人は自分でもよく分からない原因で喧嘩をしていることが良くあるようですから原因がないことを示してしまえばそれで喧嘩は終わりです。心華と健作の場合、これだけで7割方の喧嘩が終わります。
「二人とも落ち着いて聞いて欲しいのですが」
私は意識してゆっくりと声をかけます。二人が私の声に耳を傾けるのを待って、
「まずは誤解から解決しましょう。私は理一郎と遊んでいます」
「え?」
麻衣が驚いたように声を上げました。そうくるの、と小声で呟いたのはどういう意味でしょうか。気にはなりましたが、一先ずは喧嘩を収めようと私は続けます。
「月火水曜日、理一郎は私と遊んでくれます。が、それ以上は望みません。ですから麻衣も残りの曜日、理一郎を専有するということで我慢してもらえないでしょうか?」
要は理一郎と接する時間配分が喧嘩の原因と察した私の言に麻衣は、
「あなたはそれでいいの?」
「はい。そもそも理一郎に付き合うのは刺激が強すぎて毎日ではもちません」
「……理一郎、あなたこの子に何してるわけ?」
「いいだろ、何だって」
口ごもる理一郎を面白くなさそうに見つめた麻衣が再び私に強い視線を向けます。
「ふん。健気を装うってわけね。都合のいい子だわ。でもね。私はそうはいかないわ。理一郎の時間は全部もらうの。あなたになんて残してあげない」
残念なことに麻衣は分かってくれませんでした。
「そうですか。そうなると交渉は決裂ですね」
私は麻衣と強くにらみ合います。が、こんなことをしていても埒があかないことにはすぐに気が付きました。何と言っても、演劇部とロボ研にいつ来るのかを決めるのは理一郎だからです。麻衣もそれに気付いたらしくその視線が理一郎に向きます。私も理一郎を見上げました。
「どうしますか? 理一郎」
「どうするの? 理一郎」
私と麻衣を交互に見て何だかいつもとは違う笑い方をしていた理一郎は、急にしゃがみ込んで床に向かって大きく溜息をつくとそのまま両手を上げました。
「ギブアップ」
「やたっ。10勝目! ケーキっ! ケーキっ!」
聞きなれない明るい声にカメラを向けると、笑顔の麻衣がガッツポーズをとっていました。あまりの変わり様に別人の可能性を考慮しながら観察を続けます。
「300円! 300円以内だからな!」
「分かってる分かってる。えっへっへ、ごちそうさまです、工藤くんっ」
限りなく別人の様です。が、どう見ても別人ではありえません。これは一体どういうことなのでしょうか。先程までとは麻衣も理一郎も雰囲気がまるで違います。――いえ、それよりも何よりも今は大事な話の途中だったはず。
「理一郎。結局どうなるのでしょうか。私としてはこれまで通りにロボ研に来て私と遊んで欲しいのですが」
しゃがみこんだまま私を見上げた理一郎が力なく笑います。
「やっぱ何か勘違いしてたな、こんにゃろう」
「え? 演技じゃなかったの?」
ぴょんぴょんと跳ねて私の前にやってきた麻衣は私のカメラを覗き込んで言います。
「ナイスアシストだったんだけどなっ」




