○部活巡り2
良く良く考えてみると、部室棟ほど人間活動のあれやこれやを詰め込んだ場所というのは世の中にそう多くはない。特に磐田高校は理事長方針のお陰で部活が無節操に乱立しているから、ないものの方が少ないのではないかというくらいバラエティに富んでいる。
数学研、歴研、科学部、生物部、天文部は人類の強さの根幹をなす探究心が高じた活動だ。
裁縫部、料理部、園芸部、陶芸部、工作部は人間の日常的生産行動から切り出された活動だ。
吹奏楽部、軽音部、民族音楽部は人間の音に対する関心の高さが溢れた活動だ。
文芸部、漫画部、アニ研、演劇部は人間の物語への憧れを追求する活動だ。
オカルト研、占い部は人類の未知へ憧れの顕れだ。
まだまだある。
とにかく部室棟というやつは人間活動の見本市みたいなもので、だから全てを掴みたいと豪語するシーエフを連れていくのにはうってつけと言える。
その中でも最初に園芸部を選んだのは……もちろん面白そうだったからだ。
「やっぱりこれはおかしいです。だって、これが――これになるんですよ? おかしいでしょう。明らかに質量保存の法則を無視しています。だって」
シーエフはもう何度もそうしているように、アルバム最初のページの小さな種が写った写真を指さし「これが」すぐさま最後のページを開いて、
「これですよ?」
シーエフが指す写真に写るのは大きく赤く実ったトマト――と、真っ黒に日焼けした園芸部員森川和久の自慢気な顔だ。森川にそんな顔をさせるだけあって陽の光を浴びて輝く大きなトマトは本当にきれいな赤をしている。俺が菜園で見た実物はさらにきれいで、それはもうそのまま観賞用として置いておきたくなるような本当に見事なトマトだった。
のだけれども。
そこに食えるものがあるのに放っておくほど高校生の腹の虫は大人しくない。2週間前、めでたく収獲を迎えた森川のトマトはその日のうちに俺を含む十数名の生徒の腹へと消えてしまった。もうあのきれいな赤を見ることは叶わない。諸行無常というやつだ。
その代わりと言ってはなんだけれども、アルバムの写真にトマトと一緒に写っている真っ黒な顔の方ならすぐそこで両手を腰に当てて立つ人物にくっついているのでいくらでも実物を鑑賞することができる。そんなものは見たくないと言うかもしれないけれども、いや、これがなかなか見ていて面白いのだ。
「ハッハッハッ、命ってのはものすごいからな。俺もこいつらの世話をしていて良く驚かされるんだ」
シーエフの素朴すぎる疑問を嬉しそうに受け止めた森川は、写真と変わらぬ自慢顔で続ける。
「例えばボールをぶつけられてムツキの茎が折れてしまったことがあってな」
ムツキって何だと思ったなら部室棟裏にある森川の菜園をちょっと覗いてみて欲しい。菜園の中央の一画に植わる5株のトマトの前に小さなプレートが立っているのに気付いただろう。プレートには黒のマジックペンで丁寧に文字が書き込まれている。左から順にムツキ、キサラ、ヤヨイ、ウヅキ、サツキ、だ。
まさか?
そう、そのまさかだ。ムツキというのは森川がトマトの株につけている名前だ。俺だって最初は正直引いた。けれども今ではすっかりトマトを名前で呼ぶことに違和感がなくなってしまっている。
例えば俺がトマトをもらったサツキは、森川によると一番最後に芽を出した末っ子で、とにかく手のかかる甘えん坊なのだそうだ。そう言われて見れば、隣のウヅキの方向に偏って枝葉を広げるサツキは構って欲しくてじゃれついているように見えてくるし、それを鬱陶しがりながらも支えるウヅキはなんだかんだ面倒見が良いなあなんて思えてしまったりする。
――あほらしいと思う気持ちは良く分かる。けれども、騙されたと思ってまずは森川の菜園に来てみて欲しい。部室棟のすぐ裏だから下校時にふらっと寄れる場所だ。話の種としてトマトのネームプレートを見に来るくらいの気持ちで構わない。そうすればどこからか森川が湧いて出て、トマトたちのエピソードをこんな風に聞かせてくれるはずだ。
「あの時は怖かった。ムツキが死んでしまうんじゃないかって。いや、事故だったからボールをぶつけた連中を責める気はないんだ。謝ってくれたしな。ただなあ。ムツキは元々体が弱くて何度も病気をした子でな。その度にもう見ていられないくらいに衰弱して、でもムツキは絶対に諦めなくて何度もぎりぎりの所を生き抜いて来たんだ。そんなことを繰り返してるうちに最近はちょっと体が強くなってきたみたいで背筋をまっすぐ伸ばして空を見上げるようになってきていて……。そんなムツキがこんな、ボールがぶつかったなんていう理不尽で死んでしまうと思ったらもうなんだか悔しくて仕方なくてな。何とかしてやろうにも俺にできることなんて添え木くらいで、あの日は本当に自分が情けなくて、ムツキに申し訳なくて何度も謝ったな。もちろん放って帰ったりできないから、その日はムツキの側で寝たよ。正直、最期は看取らなきゃって気持ちだった。でもさ! 朝俺が起きたら、ムツキは俺が立てた添え木を自分から掴んでまっすぐに空を見上げていてな。自分が死ぬかもなんてちっとも思ってないんだ。ただただ、まっすぐ空ばかり目指してて……。本当に強い子だと思った。命の凄みみたいなものを見せてもらったな」
どうだろう。ムツキのことを少しは好きになってもらえただろうか。俺はと言えばこの話を聞いて以来、菜園の前を通った時は必ずムツキの葉を撫でるようになってしまった。気持ち悪いと思われたって構わない。俺はムツキが好きだ。
と、こんな具合に森川に感化されが連中は学内に相当数いるそうだ。園芸部の部員は森川一人だけなのにも関わらず、これだけ広い菜園を確保して維持できているのは森川に影響された連中が自主的に菜園運営を手伝っているからだという話だ。
まことしやかに噂されるところによれば、生徒の4割、教員の実に7割が森川の菜園を手伝ったことがあるとされている。森川恐るべし、だ。
さて、こんなにも「濃い」園芸部員森川をシーエフに引き会わせたら、一体どんな会話が繰り広げられるんだろうか。俺が面白そうだと思ったのはそこだ。
「なるほど、命ですか。確かにその通りかもしれません。命を持つ小さな種を植えると、どこからか構造と質量が現れてトマトが形成される。損傷したはずのムツキが自力で回復する。対して、私の部品を土に埋めてもせいぜいさびる程度の変化しか生じませんし、折れたアームを放置しても回復することはありません。これらの差異は正しく生命の有無にあるのでしょう。どうやら物理法則を部分的に破ることができるのが生命の特徴のようです。いえ、むしろその破れから発生したのが生命なのでは――。流石は心の人。達見です」
森川を心の人と呼ぶシーエフは、今のやりとりからとんでもない曲解で物理法則を否定し始めた。
ちなみに心の人とは森川が頭に巻く手ぬぐいの額の部分の「心」の文字から来ている。ちゃんと森川という名前を教えたのだけれども、シーエフはどうしても手ぬぐいの文字が気になるらしく呼称を改めようとしない。森川は森川でそう呼ばれるのが嬉しいみたいで呼ばれるたびににんまりと笑い、
「いやいや。シーエフの方こそ写真だけで命のすばらしさに気付けるなんて視界が開けている証拠だ」
森川はシーエフの言から「命、すごい」しか汲み取っていない。
「はい、確かに昨日レンズを磨きました。そんなことまで分かるなんて心の人は本当にすごいです」
シーエフはシーエフで何かずれている。二人の会話はずっとこんな調子で、聞いているだけで面白い。
そう思って、傍観者に徹していた俺なのだけれども、
「理一郎、やはり生命活動は物理法則を無視するようです。すごいとは思いませんか?」
ついに俺の方に話がふられてしまった。
トマトの栽培日誌からどこまで話が膨らむのやら面白く見守っていたのだけれども、意見を求められてしまったからには仕方がない。シーエフを作り上げた叶能や品部には到底叶わないにしても、俺だって実は理系の端くれだったりする。言いたいことは山ほどある。
「トマトが育つ過程で質量保存則が無視されてるっていうけど、トマトの乾燥質量なんて大したことないはずだぞ。ほとんど水だからな」
「では、乾燥させれば元の種子と同等の質量だというのですか?」
「いや、そうじゃなくて大した質量じゃないんだから土から吸収した質量でまかなえるだろって話」
「なるほど。そうすると土の乾燥質量を加味すればトマトの質量増加のつじつまが合うはずだというのですね。では測定してみましょう。心の人、菜園の土の乾燥質量はいくらですか?」
「腐葉土を3kg買って来て混ぜたな。それから肥料も0.5kg。あの見事なトマトはそのお陰というわけだ」
「分かりました。元の土の質量は3.5kgですね。それでは理一郎、今の土の質量を測定しましょう」
「あのなあ……。単位が大雑把すぎるとかいう以前に元から菜園にあった土が計算に入ってないだろ。仮にmg単位で管理されてたとしてもこんな野外じゃ雨風で土なんて増えたり減ったりするし。やるんなら室内で完全に環境管理しないと」
「分かりました。それでは心の人。室内栽培を始めましょう」
「おう。ハウス栽培か。それは俺もまだトライしたことがない。是非やってみようじゃないか。日照が問題だが……専用の照明は高いだろうか? だが理事長に話せば」
「あ、シーエフ。やっぱ待った。よく考えたら植物は空気中の炭素固定もするだろ。呼吸だってするし大気質量も計算に入れないと正確じゃない」
「分かりましたそれでは空気の重さを測りましょう」
「どうやって?」「電子天秤があります」「どうやって乗せるんだよ」「あとは何を植えるかだな。どうせなら皆が喜ぶようなものを」「袋に空気をつめるというのは」「お前本気で言ってんのか?」「ところでシーエフ。そこまで興味があるのなら我が部に入部を」「では絶対零度で液化させた空気を秤に乗せるという――――」
○
結局、霧吹きで湿らせた脱脂綿に種子を乗せて透明な密閉容器に封じておくという実験が採用された。
これならば、容器を密閉したまま種子の変化を観察可能だから、空気を含めた総質量の変化を測定できる。細かいことを言えば、日照のエネルギーが光合成で質量に変換されるなんてこともあるのかもしれないけれども、多分そんなのは誤差の範囲だろう。
初期質量は655711.5mgだったことをここに明言しておく。また、10回の繰り返し測定から、測定誤差は±0.5mgだったことを付け加えておこう。種子にどんな変化が起きようともこの容器の質量が655711.5±0.5mgから変化しないことを俺は確信している。
また、園芸部部室の隅には苺が植えられることになった。ハウス栽培用の照明を設置してみたいと語る森川は、その購入予算を理事長のポケットから捻出するつもりらしい。
一体理事長とどんな関係なんだろうと疑問に思わないでもないけれども、まあ俺としては実った苺を食べさせてもらえるのなら、そんなのは瑣末な問題だ。




