◆慎重に検討してみる、のこと
「私は別にいいと思うよー。健作はどお?」
「問題ない」
あっさりと賛成した心華に続いて、深く頷いた健作が私の外出に問題がないことを保証しました。
「やったな」と理一郎ははしゃいでいますが、私はまだ納得していません。
「キャタピラに砂が詰まって動かなくなるようなことはないのでしょうか」
私の言に答えるのは、私のボディを設計制作した健作です。
「元々外を動きまわるのを想定していたからな。室内専用ならば車輪で良かったところを砂地用にキャタピラを採用したんだ。問題ないぞ」
心なしか弾んだ声で答える健作に、私はさらに問います。
「冷却ファンが土埃を吸い込んでしまってCPUが焼きつくなんてことはないのでしょうか」
「その対策のためにわざわざ圧損の少ない静電フィルタを選んで5重に取り付けてある。通常のグラウンド環境で行動し続けても連続72時間でフィルタの3枚目までしか汚染されないことを確認済だ。実力の寿命はさらに倍以上ある見込みだ。選ぶのに苦労したんだぞ」
今度の健作の声はあからさまに弾んでいました。きっと、私のボディに実装はしたもののこれまで特に活躍することのなかった機能を説明できるのが嬉しいのでしょう。この調子ですと否定的な回答は期待できそうにありません。私は質問する先を心華に切り替えます。
「そもそも私は部室の中だけを整理するためにプログラミングされているわけですから、外に出たら境界条件が変わって行動できなくなるのではないでしょうか」
PCチェアの背もたれから白衣を手にとった心華は、それを大きく広げて制服の上に羽織ると顎に人差し指を当てて、
「うーん。少なくとも私は部室内限定で動作するようなプアなアルゴリズムは組んでないけどねー」
でもー、と続けた心華は私の前をてくてくと横切りながら、
「シーエフは進化・自己学習プログラムが経験を積んだなれの果てだからねー。もし、その学習過程でプログラムが世界の果てをこの部室の壁に設定しちゃってたら、まあ不具合が出ることもあるのかも?」
からかうように言った心華は、いつも通りに冷蔵庫から杏仁豆腐を取り出して笑いました。肯定とも否定とも取れる説明にどう反応したものか迷っていると、私の前に出た理一郎が心華に尋ねます。
「つまり、やってみなきゃ分かんないってことだろ?」
「そーなるかなー。大枠は私が作ったからもちろん理解はしてるんだけど、行動パターンの詳細はシーエフが学習で獲得したものだからー。正直細かいところまではいちいち把握してないんだよねー。あ、リーチも食べる? 杏仁豆腐」
初対面から、キミ→クドー→リーチロー、とせわしなく変化した心華から理一郎への呼称はリーチで落ち着いた様です。理一郎もそう呼ばれることに特に違和感はないようで自然に受け答えをします。
「今日はいいや。それより、シーエフと外に出てきてもいいんだよな?」
「いーよ、っていったじゃん。何か起きても毎日バックアップは取ってあるから復帰できるって。なーんにも問題ないよー。精精二人で仲良くお出かけしてくるといいよー」
私の外出に太鼓判を押した心華は作業机に座って杏仁豆腐を口に含み、いつもの表情をしています。しているのですが、今日はそれが良いものに見えません。何故でしょうか。
「よし、じゃあ二人の許可も出たし、外行こう、シーエフ」
……まだです。私はまだ納得していません。
「外についての事前情報を集めてからでも遅くはないのではないでしょうか。前準備もなしに行動するのは危険です」
「ついてくから平気だって。何にも危険なんかないよ。俺なんて毎日部室の外から来てるんだぞ。保証する」
「――今、私はギターの練習中です。外に出るのはこれをマスターしてからでも遅くはないのではないでしょうか」
「お、ギターそんなに気に入った? そりゃ嬉しいな。じゃあ、外から帰ってきたら一緒に練習しよう。俺もたまにしか弾かないから上手いってわけじゃないんだよなあ」
「後ではなく今練習するというのは」
「外行くって言っても十分くらいだって。ちょこっと外見てから練習で全然オッケーだろ?」
でもでもでも。
私は他に見落としはないか、念を入れて考え続けます。いえ、決して外に出たくないわけではないのです。いずれは全てを掴む私ですから、もちろんいつかは外に出ることになるでしょう。
ただ、そのいつかは本当に今で良いのかと思うのです。焦って外に出て何かがあってからでは遅いのですから、外に出る前に十分な準備をしておきたいというだけなのです。これは極々理性的な判断と言えるでしょう。
「ほら、行こうシーエフ」
理一郎の誘いに答えず、私は実際に外に出ようとしたら何が起きるかシミュレートしてみます。一先ずドアの前に立つまで、としてみましょう。
最初に、キャタピラの駆動系に問題がないことを確認するために室内を少し動き回ってみるでしょう。それから電源ケーブルが障害物に引っかからないように整理します。それから前を行く理一郎に続いてドアの前まで移動します。それからドアノブに手をかけて、突き当たるまで回転させて、
――そういえばドアは引くのか押すのかどちらなのでしょうか。
これは重要な問題です。そこがはっきりしなければ私は部室から出られません。そう、その情報がない以上、私は外に出ることができないのです。
――もちろん、理一郎にこんなことは言いませんでした。やってみればいい、と言われるのがオチで実際その通りです。そんな屁理屈ではなく、もっと根本的な問題、例えば外に出た途端に私が故障するだとか、外に出るよりも絶対に優先させるべきタスクがあるとか、外に出ることがそもそも物理的に拒否されるとか、
あっ。
その時、持ちうる限りの計算資源を当てて臨んでいた私のシミュレーションが一つの答えを導き出しました。その答えに飛びつきそうになるのを堪えて私は冷静に検算します。
はい、間違いありません。これは根本的な問題です。少なくとも今日のところは部室から出るのを断念せざるを得ないでしょう。そのことを実証すべく、私は早速行動を開始します。
「分かりました。外へ行きましょう」
「お、やっとその気になったか」
早く結論を出してしまおうと理一郎の先に立ってドアの前へと辿りついた私は、ドアノブを握らずに部屋の反対側を振り返りました。そこにあるのは思った通りの光景です。具体的には、部室の角に位置する出入口から、その対角線上反対側の角にあるコンセントに向かって、私の電源ケーブルがピンと張っているのが見えます。
「理一郎、これでは外に出られません」
「え? あれ? しまった!」
大声を上げたのは理一郎ではなく健作です。バタバタと私に駆け寄ってきた健作は、しゃがみ込んで私の電源ケーブルに触れながら、
「そうか、ケーブルか。盲点だった。室内では邪魔になるだろうと考えて短めに設計したのが仇となったか。仕方ない。充電池を載せよう。容量を考えると車用のバッテリーをもらってくるのが、いやしかしそれだと重すぎてバランスが、ああ、それならいっそ充電池を積んだ台車を後ろに連結するのはどうだろう。本体の設計変更は少ないし、室内では簡単に取り外せて今まで通りに動ける。よし、これだ。待っていろ、シーエフ。今日から設計して一週間で完成させて見せる」
これで私の外出は少なくとも一週間先延ばしになった――と思ったのですが、
「あー、健作、盛り上がってるとこ悪いんだけどさ」
理一郎が健作の後ろから声をかけました。立ち上がった健作は、
「いや、問題ない。すぐに設計に入るから。大丈夫。バッテリーをもらってくる当てはある」
「へー、すげーな。って、いやまあそれはそれでやってもらえばいいんだけどさ」
そう言った理一郎は肩から掛けていた通学カバンを開けて手を突っ込みます。
「ほら、これ持ってきてるからさ。今日はお試しだしこれでいいだろ?」
するすると取り出されたのは長さ3mの延長ケーブルでした。




