後編
二次会と言っても月に一度の飲み会と言うのはなかなかお財布に堪えるもので、基本的には親友の自宅で飲み直しとなる。
新しくお酒を買うことはなく、ジンとラムが常備してあるため、ソーダとコーラをコンビニで買って、私たちは家に行くのだ。
調理用のレモン汁もあるため、それを使うこともある。
ベッドを背もたれにして、並んで座る。お酒を飲みながら、ゲームをしたり、映画を見たり、とにかく二人で遊び倒す。
幸い明日は日曜日で、お互い仕事がないため、朝までオールだった。本当にこんな風に飲み会のあと二次会をするのは久しぶりで、いつ以来だろうと首を傾げる。
さんざん飲んで、さんざん遊んで、やってくる静寂にまた、私は店で考えていたことと同じことを考えていた。
きっと、私が恋をするよりもずっと、親友の恋の方が大切に違いないと。
幸せに、違いないと。
「……うわ」
隣で低い声がした。振り向くと、盛大にため息をつかれ、ぐいぐいとその辺のタオルで顔を拭われる。
「何なの今日。涙腺馬鹿になってない?」
「だって」
気がつけば泣いていたらしい。それにしても、親友はどうやら私が彼氏と別れたことで泣く時は慌てないのに、そうじゃない時は慌てるようだ。何が違うと言うのだろう。
「今日別れ話を持ち出されて、別れたのは俺なの。普通泣くのは俺の方なの。君は泣く必要ないの。どぅゆーあんだすたん?」
どぅゆ……たん? 何の呪文だそれは。
「あんたが泣きたいなら、泣けば良いじゃん。ほら!」
両手を広げてみせれば、いや、いいから、と呆れた声を出される。ひどい。
「それより君がこっちこい。泣き止め」
ほら、と両手を広げられ、何言ってるのこの人、という気分で親友を見上げる。ほら、と次に言われた時は、浮遊間の後、足の間に座らされていた。親友の左腿に、両足が乗っかっていて、右膝が、私の背中を支えている。
「お、とまった」
ぐいぐいとタオルで顔を拭われながら、私は呆れて言葉もなかった。驚いて涙も引っ込んだ。
「何考えてたの」
私とは目を合わせず、伏せ目がちにして私の頬を拭いながら問いかけてくる親友は、なんだかずるい。別に全然気になりませんよと装っているのが丸分かりだ。
「あんたのこと考えてたの」
言いながら、でも、目の前にして言うのはなんだか恥ずかしかった。それでも無言の圧力は涙腺に響いて、観念した。親友の身体に顔を寄せて、額をつけて、くぐもった声で白状する。
「あんたの恋は、幸せだって。あんたに愛される人は、幸せだって。あんたは幸せな恋をすることができてるって。いいなぁ、って」
ため息が頭上から聞こえた。呆れている。話す前から、呆れられると思った。馬鹿馬鹿しいと、言わないけれど、思っているだろうと。
「それで、女の子は、醜いなぁって。嫉妬して、羨んで、誰かを傷つけることも平気でできる。恋さえしてれば許されると勘違いしてる。気持ち悪い、なっ」
ずびしと脳天をチョップされ、言葉が切れた。というか痛い。正直かなり痛い。
「……」
それでも、親友は言葉を探しているようだった。とりあえず私の言葉を否定したいらしいけれど、良い言い回しが思いつかないらしい。
私を傷つけないためには、どう言って良いか、考えているらしい。馬鹿だなぁ、と私は笑う。この人は、優しすぎるなぁと。
「あんたの幸せにならない世界は、嘘だって思うんだよ」
これから口にするのは、この上なく馬鹿馬鹿しい冗談だけれど、私は笑みを深めた。そして言った。
「私が男の人だったら良かったのにね」
冗談でも、口にしてはいけないことだと思っていた。
「そしたら私は永遠を信じられたし、あんたはきっと、幸せになれた」
そんな保証はないけれど、これは馬鹿馬鹿しい冗談だから、別に良い。きっと私が男の人でも、親友は幸せになれないだろう。私なんかがこの人を幸せにはできない。
ぐしゃりと頭を撫でられる。ぐいぐいといつもよりそれは乱暴で、けして繊細に触れてくる人ではなかったけれど、今日は一際乱暴だった。物腰は穏やかなのに、手が出ると乱暴になる。不思議。
「でも、俺たちは男と女じゃなかったら親友になれなかったよ」
だよね、と私は笑った。
冗談だよ、なんて、分かっているだろうから言わない。
「私も、男の人だったら良かったのにね」
そしたらきっと、今よりも幸せな恋ができたに違いないのに。
腕の中で眠りに落ちた親友に、俺は小さくため息をつく。何を今更なことを言い出すのか。全く。
一年以上付き合った相手と別れた親友。と言うのが、よっぽど堪えたらしい。自分が何度ひどい振られ方をしても、いまだかつてこんな風にぼろぼろ泣き続けたことはなかった。
長いウェーブのかかった髪を口元に寄せ、ささやく。
「友達思いの、素敵な親友。優しい優しい女の子」
この子が幸せにならない世界は嘘だと、俺は思う。
小さな身体を抱き上げて、布団をめくる。ころりと転がしておけば、むにゃむにゃと親友は身じろぎをして、ちょうど良い寝姿に落ち着く。何度見ても面白い眺めだと苦笑しながら、そっと布団をかけてやった。
ベッドにもたれて、目を閉じる。寒くなったら身体が勝手に布団に潜り込むだろうけれど、それは不可抗力だ。
最初から同じ布団で寝ようとは思わない。けれどここはワンルームマンションであるため、別に部屋があるわけでもない。仕方ない。
こんなことをしているから、疑われて振られるのだ、お互い。まぁ、さすがに彼氏がいる間は、こんなことしないのだけれど。
俺のせいで何度親友が彼氏にふられたことか、数えるのも馬鹿馬鹿しかった。
そのくせその事実を俺に隠している気になっているのだから、本当にいやになる。
そっちがその気ならと、こっちも何も言わないことにした。親友が原因で別れ話を切り出されるだなんて、俺よりもずっと親友の方が多いに決まっているのだ。
なのに「友達やめる?」だなんて本当に悲しそうな顔で言い出すものだから、苦笑するしかなかった。
俺たちはお互いに恋をしたりしない。
約束なんかしてない。けど、お互いどこか心の奥で固く固く決めている。
なぜなら俺たちは、お互いが最後の砦だからだ。
お互いが、お互いに見捨てられてしまえば、致命傷だからだ。
恋をして、別れてを繰り返す。それは普通で、何ら珍しいことではなく。悲劇でもなんでもない。
だけれど、俺は親友に見捨てられれば世界が終わるし、親友も俺に見捨てられてしまえば世界が終わる。
お互いがお互いを幸せにできる可能性があったとしても、できないと分かった時、世界が終わる。
分かるだろうか。
なのに俺の恋が終わったからって、あんな風に泣くなんて、本当にいやになる。
泣かさないためにはどうすれば良いか考えてるのに、俺にいったいどうしろって言うのかと。
だから俺は、親友を大切にする。泣かす奴は許さない。だけど、恋に破れて泣くことは必要なことだから、止めたりしない。その涙に限っては、止めようと慌てない。
恋をして、破れて、泣くことはきっと、親友が幸せに向かって歩いている証拠だと信じられるから。
俺たちはけして、お互いに恋をしたりはしない。
以上です。読んでいただきありがとうございました。
誤字脱字などありましたらご一報いただければと思います。
大切な大切な、親友のお話でした。
加筆修正あるかもしれませんが、このお話はこれでおしまいです。
ありがとうございました。




