中編
また、一ヶ月が過ぎた。
馴染みの居酒屋に行って、予約しといた個室に通してもらう。あれ、と首を傾げた。いつだって、親友が私より先にきているのに、今日は私が先だった。
自前のメモとペンを手に、勝手知ったる行きつけの居酒屋のメニュー。私の好みと親友の好みのメモを取っていく。
こうしておけば、あとはこれを店員さんに渡すだけなので、大変楽なのである。店員さんが、だけれど。
ふんふん鼻歌を歌いながら、親友が個室に入ってくる物音に顔を上げる。半笑いの表情で、私は固まった。
「やぁ」
いつも通りの柔和な声。穏やかな物腰。だけれど、その顔はいまだかつて見たことがないほどの冷たい表情だった。
「……どしたの」
荷物を部屋の隅に放って、静かに座る親友。そのちぐはぐな行動に不安をかき立てられて、私はテーブルに手をついて、向かいに座った親友へと身を乗り出して迫った。
「どうしたの」
凍った表情がゆるりと動く。にっこりと、今まで見たことがないほど冷たい笑顔で、親友は言う。
「別れた」
さらりと言った途端。親友が目を丸くする。続いて、焦ったように慌て出した。
私が首を傾げると、ぽろり、と何かが頬を転げて、テーブルに落ちた。
視線を、落とす。小さな水滴。
そのまま、ぽたぽたと増えるそれを認識して、あれ、と思ったときには、おしぼりを顔に叩き付けられた。
危ないから、真似しちゃいけません……。
「なんで君が泣き出すんだ」
親友の呆れた声を聞きながら、目元から落ちそうになるおしぼりを抑えた。
「うん」
目元を隠して、うなずきながら、首を傾げる。
なんでだろう。と、だって。が一緒に頭に浮かんだ。
親友は苦笑して、あーあーと頭上をあおぐ。
「さすがにきついなー」
「いつ……」
「さっき!」
「だから、顔、恐かった」
「君が泣き出すから毒気も抜けたっつーの」
けらけらと笑い出すその姿に、私はそっとおしぼりから顔を上げて、クシャリと笑った。涙はまだぽろぽろとこぼれていたから、とても不格好な笑顔になってしまったけれど。
「なんで」
だって、先月はあんなに、幸せそうだったのに。
一年も続いたなら、その先も幸せでいられるんじゃないの?
「まー、合わない所もあったし。ずっと一緒は無理かなって、お互い思ってたしで」
またぼろぼろと泣き出す私の頭を、テーブル越しに、撫でてくる。
「あのなー。こういうことは、性別関係なくよくあることだ」
「よくあるの!?」
「知らないの!?」
だめだめ。友達が少ないことは内緒だ。だって親友とは恋の話しかしてないから。大体の友人は、私の恋愛観についていけないらしく離れていった。住む世界が違うようだ。でも、同じ恋愛観の女の子たちの輪には入れない。今更、高校生じゃあるまいし。「いーれーてー」なんて言う歳でもない。
「知り合いじゃ、男女のカップルでも6年付き合って別れましたなんて、よくある話だ」
だから、これは悲劇でもなんでもないのだと、ぼろぼろと泣き続ける私に、親友は優しく繰り返し教えてくれた。
でも、じゃぁ、一年も一緒にいて永遠を築けないなら。
一生、一緒に居続ける相手を見つけるだなんて、そんなの、途方もない奇跡なんじゃないの。
無理だよ。できないよ。
「君は、彼氏は?」
首を振る。おやまぁ、と親友は目を丸くした。「一ヶ月も開くなんて珍しい」と、何食わぬ顔で。私はそれにも、首を振る。だと思った、と言いながら、親友は店員を呼んだ。
「ライムサワーと、ジンアップルで」
「ありがとうございます」
言いながら私が書いたメモをさりげなく店員に渡す。抜かりないなぁ。それにしても、なんで私の飲みたいものが分かったのだろう。首を傾げて、親友を見上げる。
親友は、そんな私の視線をあえて問いただすことなく、先ほどの会話の続きを問いかけてきた。
「んで、何人?」
「さんにん」
それは、一ヶ月の間に、付き合って、別れた人数だ。つまり私は今フリーである。親友に言わせれば一週間もしないうちに新しい彼氏ができているのだろうけれど。私もそう思うけれど。
「俺の言ったこと何一つ改めてないねー。まぁ良いんだけどさぁ」
そう言って、親友は苦笑した。
すぐにきたドリンクを手にして、親友は軽く掲げてみせる。
「とりあえず飲もう。話はいくらでもできる」
うん、と私はうなずいて、二人でグラスを鳴らし、喉を鳴らした。
さんざん飲み食いしながら、私は考える。親友の恋愛は、ひどく難しいものだと分かっている。
だって、世間体とか、親の理解とか、いろいろだ。
普通の恋愛よりずっと難しいと、思ってる。それは私が思ってるだけで、普通だよ、一緒だよ、と親友はなんてことない風に笑うのだけれど。
ただ、難しい分、ずっと幸せだ。これは、確信に近い。
困難な恋ほど、きっと、幸せになれるに違いない。
だって幸せそうなのだ。親友は時折、今まで見たことがないほど幸せに微笑むのだ。
そして、親友の話を聞いて、親友に愛される彼氏さんは幸せなのだと確信する。こんな風に愛されて、幸せじゃないわけがない。
付き合ってみないと分からないことはいっぱいあって、付き合ってから後悔することもいっぱいあって。でも、もしかしたら変わるかもしれないなんて思っちゃったりなんかしちゃって、時間の無駄だと親友に言い捨てられたことが何度あったか知らない。
女の子は醜い。自己中で、足りない足りないって相手からどんどん奪っていく。欲深い。
親友は綺麗だ。与えて、受け取って、求めて、求められて。私たちなんかよりずっとずっと美しい。私たちは足りないって言って手を伸ばして、手に入ったらもっとって言って手を伸ばす。
汚い。恐い。あぁ、いやだ、いやだ。
そのくせ、自分からは何も与えないのだ。何が足りないあれが足りない。求めるばかりで、与えることを忘れている。
彼氏がいない時はこういう風にちゃんと考えられるのに、できたらすっかり忘れて、ただひたすら求めてしまう、私は。
(単純に、頭が悪いんだろうなぁ)
店を出た途端、向かい風に襲われて、私は目を閉じる。ついでに、ふらりとよろめいた。
そして受けて止めてくれるのだ。背中を支えてくれる。私は空を仰ぐようにして、親友の顔を見た。これが身長差という現実であった。
ミニマムな私は、高身長な親友と並ぶと、なんだか惨めであると同時に、本当に同じ人間なのかとなんだか楽しい気持ちになれる。相反する感情は、普通だ。正反対のものを抱えて、私はいつも生きている。
みんなだって、そうでしょう。
「ありがと」
素っ気なく言って、歩き始める。後ろからついてくるように、控えるように、親友が続く。
「今日はどうすんの?」
後ろから、親友が言葉を投げかけてくる。私は止まりも振り返りもせず、そのまま歩く。
「いつ以来だっけ。珍しくお互いフリーですが」
にやりと、私は笑った。歩みは止めないまま、にやりと、笑う。
「二次会」
「いいよ」
私の短い決断に、吹き出すようにして、親友は笑う。
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これからもよろしくお願いします!
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