↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
はじまりの夏 series 理性か、衝動か  作者: 日蔭野泉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/27

1-09. 小松と五人の女子

 紗良が高校二年の秋頃だった。その日は朝から雨が降り続き、外でのトレーニングができなかったのでバレー部員は校舎内の階段と廊下を使って走っていた。

 何周目かで、先を走っていた紗良が速度を落とした。廊下の先に、小松がいた。その前に、女子が五人。紗良と同じ学年が二人。三年生の先輩が一人。一年生が二人。学年も雰囲気もばらばらだった。

 しかも、誰も笑っていない。


「……小松?」


 後ろから来た嶺も足を止めた。


「囲まれてない?」

「囲まれてますね」

「助ける……?」

「ちょっと様子見ましょう」


 嶺は五人を見る。


「……幅広いな」

「そこ?」


 少し近づくと、同じ学年の女子の声が聞こえた。


「だって、映画観たあと『次も誘って』って言ったじゃん」


 小松が答える。


「普通に面白かったから」

「普通に?」


 三年生の先輩が口を挟む。


「私には水族館で『先輩と来て正解だった』って言ったよね」

「魚、詳しかったじゃないですか」

「そういう意味だったの?」


 別の女子が続けた。


「文化祭で『一緒に回るのが一番楽だわ』って言われたんだけど」

「行きたいとこ被ってたから」

「……それだけ?」


 一年生の一人も口を開いた。


「私、一緒に帰った時、『お前と帰ると駅まで早いな』って何回も言われました」

「人と話してると早く感じるし」

「人ならだれでもいいってことですか」

「誰でもってわけじゃないけど」


 最後の一年生が小さく手を挙げた。


「私、小松先輩の誕生日にケーキ食べに行きませんかって誘ったら来てくれて」


 全員がそちらを見る。


「帰りに『来年もよろしく』って言われました」

「来年も学校にいるし」


 嶺が間を置かずに呟いた。


「そういう意味かよ」


 嶺は呆れたように小松を見る。


「少なくとも、そうは聞こえないだろ」


 紗良も頷いた。


「うん。それはちょっと期待するかも」

「そうなの?」


 小松は本当に分かっていないらしい。一人が泣きそうになっているのを見て、紗良は間に入った。


「ちょっと待って。一回落ち着こう」


 話を聞いているうちに、紗良は妙なことに気づいた。


「……小松くんから誘われた人っています?」


 女子たちが顔を見合わせる。


「映画は私から」

「水族館も私」

「文化祭も」

「帰るのも、私が待ってました」

「ケーキも私です」


 誰もいない。小松がようやく口を挟んだ。


「ほら」


 嶺が振り向く。


「何が『ほら』なんだよ」

「俺からは何もしてないだろ」

「めちゃくちゃしてるだろ」


 紗良は小松を見る。


「この中に、小松くんのこと好きな子がいるかもしれないって思わなかった?」


 小松が五人を見た。少し考える。


「……全員?」


 女子たちがざわついた。


「分かってたのかよ!?」


 嶺が声を上げる。


「いや、なんとなく」

「じゃあ余計だろ!」

「でも告白されてないし」

「告白されるまで全員とデートすんの?」

「だめなの?」


 紗良が聞く。


「小松くんは、誰とも付き合う気、なかったの?」

「いや。別に、ないわけじゃないです」

「え?」

「付き合ってって言われたら、その時考えたと思います」


 嶺がわずかに眉を寄せ、小松を見た。


「……誰に言われても?」


 小松はまた少し考えた。


「まあ。全員普通にいい子だし」

「五人とも?」

「全然なしではない」

「なんでそれ今言っちゃうの?」

「なんでですか」


 すると、映画に行った女子が小松を睨んだ。


「私、小松くんが言ってくれると思って待ってたんだけど」

「……私も」

「私も」

「私も」


 最後の一年生も、少し遅れて言った。


「私も」


 小松は五人を順番に見た。少し間があった。


「……なんで?」


 嶺がすぐに遮った。


「お前はもう喋るな」

 

 結局、彼女たちは気が抜けたように散っていった。

 不思議なのはその後。彼女たちは小松を避けるようになったわけではなかった。数日後には、そのうちの一人と購買で菓子を選んでいたし、映画に行った女子とはまた休日に出かけたと耳にした。


       ◇


 そこまで思い出して、紗良は笑った。


「あれ以降、ああいうのは見かけないね」

「まあ」


 小松が頷く。


「さすがに反省した?」

「いや」

 嶺が即答した。


「してないの?」

「小松が変わったんじゃなくて、周りに広まったんですよ」

「何が?」

「『小松は誘ったら普通に来る。それだけで脈ありだと思うな』って」


 紗良は吹き出した。


「注釈付き」

「他校にも回ってましたよ」

「なんで?」

「大会で知らない女子が言ってました」


 小松が思い出したように頷く。


「あったな」

「近所の小学生にも似たようなの共有されてたぞ」

「それは違うだろ」

「『圭介は呼んだら来る』って」


 紗良が笑い出す。


「何それ」

「公園でサッカーしてる子らですよ。人数足りない時に呼ばれてた」

「行ってたの?」

「暇だったら」

「ほら」


 嶺が言った。


「もう恋愛とか関係ないんだよ。小松は誘えば来る」

「雑なくくり方するなよ」

「でも合ってるんでしょう?」


 紗良が聞くと、小松は少し考えた。


「だいたい」

「合ってるんだ」


 三人で笑う。紗良はふと思って聞いた。


「じゃあ、小松くんを攻略するなら?」

「待たない」

 嶺が即答する。小松も頷いた。


「普通に言ってくれたら考えますよ」

「なるほど」


 その時、嶺が紗良を見た。


「先輩、攻略したいんですか」

「何を?」

「小松」

「しないよ」

 即座に真顔で返すと、小松が笑った。


「ですよね」


 三人とも笑った。紗良は嶺を見る。


「でも、相馬くんがああいう風になってるのは見たことないかも」

「ならないですね」

「相馬くんもモテるでしょう」

「俺は結構、調整してますから」

「調整?」

「その気がない相手とは二人で出かけないとか。勘違いされそうなら、ちょっと距離取るとか」


 小松が横から口を挟む。


「相馬はその辺ちゃんとしてますよ」

「お前が言うと説得力あるな」

「褒めてる?」

「褒めてない」


 紗良は笑った。


「変に期待させても面倒だし。相手にも悪いんで」

「ふーん」


 紗良は少し黙った。嶺は薪を一本手に取る。


「まあ」


 少し間を置いて、何でもないことのように続けた。


「日向さんなら行きますけど」


 紗良は顔を上げた。嶺もこちらを見ていた。目が合う。いつもならそこで終わるはずの視線が、ほんの少しだけ長く残った。

 紗良は一瞬、返事を忘れた。瞳が揺れる。それから笑って言った。


「……後輩の鑑だね」


 嶺が一拍止まった。その後、脱力したように頬を傾けて腕に寄せた。


「……そう来ます?」

「え?」

「いや」


 嶺は先に視線を外し、手にしていた薪を置く。


「何でもないです」


 向かいで、小松がふっと笑った。嶺がすぐにそちらを見る。


「小松、笑うな」

「笑ってない」


紗良は二人を見比べた。


「何?」

「何でもないです」


 少し離れたところでは、みちるたちが食材の入った箱を開け始めていた。


「そろそろ夕飯の準備しようかな」


 紗良が立ち上がる。嶺が顔を上げた。


「手、無理しないでくださいよ」

「分かってる」


 紗良は笑って、みちるたちのいる方へ歩いていった。


*ブクマやコメント励みになります

*Kindleでも同名の続編を配信しています。

まとめて読みたい方は、そちらもぜひ。

https://amzn.asia/d/0aPWqXPY

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。