1-09. 小松と五人の女子
紗良が高校二年の秋頃だった。その日は朝から雨が降り続き、外でのトレーニングができなかったのでバレー部員は校舎内の階段と廊下を使って走っていた。
何周目かで、先を走っていた紗良が速度を落とした。廊下の先に、小松がいた。その前に、女子が五人。紗良と同じ学年が二人。三年生の先輩が一人。一年生が二人。学年も雰囲気もばらばらだった。
しかも、誰も笑っていない。
「……小松?」
後ろから来た嶺も足を止めた。
「囲まれてない?」
「囲まれてますね」
「助ける……?」
「ちょっと様子見ましょう」
嶺は五人を見る。
「……幅広いな」
「そこ?」
少し近づくと、同じ学年の女子の声が聞こえた。
「だって、映画観たあと『次も誘って』って言ったじゃん」
小松が答える。
「普通に面白かったから」
「普通に?」
三年生の先輩が口を挟む。
「私には水族館で『先輩と来て正解だった』って言ったよね」
「魚、詳しかったじゃないですか」
「そういう意味だったの?」
別の女子が続けた。
「文化祭で『一緒に回るのが一番楽だわ』って言われたんだけど」
「行きたいとこ被ってたから」
「……それだけ?」
一年生の一人も口を開いた。
「私、一緒に帰った時、『お前と帰ると駅まで早いな』って何回も言われました」
「人と話してると早く感じるし」
「人ならだれでもいいってことですか」
「誰でもってわけじゃないけど」
最後の一年生が小さく手を挙げた。
「私、小松先輩の誕生日にケーキ食べに行きませんかって誘ったら来てくれて」
全員がそちらを見る。
「帰りに『来年もよろしく』って言われました」
「来年も学校にいるし」
嶺が間を置かずに呟いた。
「そういう意味かよ」
嶺は呆れたように小松を見る。
「少なくとも、そうは聞こえないだろ」
紗良も頷いた。
「うん。それはちょっと期待するかも」
「そうなの?」
小松は本当に分かっていないらしい。一人が泣きそうになっているのを見て、紗良は間に入った。
「ちょっと待って。一回落ち着こう」
話を聞いているうちに、紗良は妙なことに気づいた。
「……小松くんから誘われた人っています?」
女子たちが顔を見合わせる。
「映画は私から」
「水族館も私」
「文化祭も」
「帰るのも、私が待ってました」
「ケーキも私です」
誰もいない。小松がようやく口を挟んだ。
「ほら」
嶺が振り向く。
「何が『ほら』なんだよ」
「俺からは何もしてないだろ」
「めちゃくちゃしてるだろ」
紗良は小松を見る。
「この中に、小松くんのこと好きな子がいるかもしれないって思わなかった?」
小松が五人を見た。少し考える。
「……全員?」
女子たちがざわついた。
「分かってたのかよ!?」
嶺が声を上げる。
「いや、なんとなく」
「じゃあ余計だろ!」
「でも告白されてないし」
「告白されるまで全員とデートすんの?」
「だめなの?」
紗良が聞く。
「小松くんは、誰とも付き合う気、なかったの?」
「いや。別に、ないわけじゃないです」
「え?」
「付き合ってって言われたら、その時考えたと思います」
嶺がわずかに眉を寄せ、小松を見た。
「……誰に言われても?」
小松はまた少し考えた。
「まあ。全員普通にいい子だし」
「五人とも?」
「全然なしではない」
「なんでそれ今言っちゃうの?」
「なんでですか」
すると、映画に行った女子が小松を睨んだ。
「私、小松くんが言ってくれると思って待ってたんだけど」
「……私も」
「私も」
「私も」
最後の一年生も、少し遅れて言った。
「私も」
小松は五人を順番に見た。少し間があった。
「……なんで?」
嶺がすぐに遮った。
「お前はもう喋るな」
結局、彼女たちは気が抜けたように散っていった。
不思議なのはその後。彼女たちは小松を避けるようになったわけではなかった。数日後には、そのうちの一人と購買で菓子を選んでいたし、映画に行った女子とはまた休日に出かけたと耳にした。
◇
そこまで思い出して、紗良は笑った。
「あれ以降、ああいうのは見かけないね」
「まあ」
小松が頷く。
「さすがに反省した?」
「いや」
嶺が即答した。
「してないの?」
「小松が変わったんじゃなくて、周りに広まったんですよ」
「何が?」
「『小松は誘ったら普通に来る。それだけで脈ありだと思うな』って」
紗良は吹き出した。
「注釈付き」
「他校にも回ってましたよ」
「なんで?」
「大会で知らない女子が言ってました」
小松が思い出したように頷く。
「あったな」
「近所の小学生にも似たようなの共有されてたぞ」
「それは違うだろ」
「『圭介は呼んだら来る』って」
紗良が笑い出す。
「何それ」
「公園でサッカーしてる子らですよ。人数足りない時に呼ばれてた」
「行ってたの?」
「暇だったら」
「ほら」
嶺が言った。
「もう恋愛とか関係ないんだよ。小松は誘えば来る」
「雑なくくり方するなよ」
「でも合ってるんでしょう?」
紗良が聞くと、小松は少し考えた。
「だいたい」
「合ってるんだ」
三人で笑う。紗良はふと思って聞いた。
「じゃあ、小松くんを攻略するなら?」
「待たない」
嶺が即答する。小松も頷いた。
「普通に言ってくれたら考えますよ」
「なるほど」
その時、嶺が紗良を見た。
「先輩、攻略したいんですか」
「何を?」
「小松」
「しないよ」
即座に真顔で返すと、小松が笑った。
「ですよね」
三人とも笑った。紗良は嶺を見る。
「でも、相馬くんがああいう風になってるのは見たことないかも」
「ならないですね」
「相馬くんもモテるでしょう」
「俺は結構、調整してますから」
「調整?」
「その気がない相手とは二人で出かけないとか。勘違いされそうなら、ちょっと距離取るとか」
小松が横から口を挟む。
「相馬はその辺ちゃんとしてますよ」
「お前が言うと説得力あるな」
「褒めてる?」
「褒めてない」
紗良は笑った。
「変に期待させても面倒だし。相手にも悪いんで」
「ふーん」
紗良は少し黙った。嶺は薪を一本手に取る。
「まあ」
少し間を置いて、何でもないことのように続けた。
「日向さんなら行きますけど」
紗良は顔を上げた。嶺もこちらを見ていた。目が合う。いつもならそこで終わるはずの視線が、ほんの少しだけ長く残った。
紗良は一瞬、返事を忘れた。瞳が揺れる。それから笑って言った。
「……後輩の鑑だね」
嶺が一拍止まった。その後、脱力したように頬を傾けて腕に寄せた。
「……そう来ます?」
「え?」
「いや」
嶺は先に視線を外し、手にしていた薪を置く。
「何でもないです」
向かいで、小松がふっと笑った。嶺がすぐにそちらを見る。
「小松、笑うな」
「笑ってない」
紗良は二人を見比べた。
「何?」
「何でもないです」
少し離れたところでは、みちるたちが食材の入った箱を開け始めていた。
「そろそろ夕飯の準備しようかな」
紗良が立ち上がる。嶺が顔を上げた。
「手、無理しないでくださいよ」
「分かってる」
紗良は笑って、みちるたちのいる方へ歩いていった。
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