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はじまりの夏 series 理性か、衝動か  作者: 日蔭野泉


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10. 一年トリオ

 紗良が調理場に向かって行き、十分に離れたところで、小松が薪を一本持ち上げた。


「けっこう攻めたね」


 嶺が嫌そうな顔をする。


「うるさい」


 小松は薪を置きながら、紗良が離れていった方へ目をやった。


「でもあれって、反射なのかな、意図的なのかな」


 嶺の手が止まった。


「何が」

「後輩の鑑」


 嶺は何も返さなかった。少し離れたところで、紗良がみちるから何かを受け取っている。何か言われて、笑った。嶺はしばらくそちらを見ていた。


「躱した理由は知らないけど」


 小松が続ける。嶺の眉がわずかに寄った。手にしていた薪を置きかけ、一度止める。少し位置をずらしてから置いた。小松が横目で見る。


「俺には即答だった」

 

 嶺が顔を上げた。


「何が」

「攻略したいかって聞いた時」


 小松はそれだけ言って、次の薪を取った。嶺の視線がもう一度、紗良の方へ向く。今度はさっきより短かった。


「……人のことはよく見てるよな」

「目に入るから」

「自分に使えよ」

「内心どう思ってるかまではわからないんだよ」

「小松、勉強はできるのにな」

「関係ないだろ」


 小松が眉を寄せる。嶺は小さく笑った。

 

 キャンプ場は少しずつ涼しくなってきた。

 残った薪を並べていた時、下の方から笑い声が上がってきた。沢へ降りている一年生たちだった。斜面を利用して造られた場内は段々になっていて、テントサイトの下に炊事場、そのさらに下を細い沢が流れている。姿は木の間に隠れてよく見えないが、声は思ったよりはっきり聞こえる。


「日向先輩、いいよな」


 嶺の手が止まった。小松も薪を持ったまま、一瞬黙る。思わず互いに目を合わせた。


「分かる」


 森田の声だった。


「普通に美人だし」

「今日ずっと優しかったよな」

「理想のお姉さんって感じ」

「分かる。賢そうなのもいい」

「あと、細いけど、なんかエロくない?」

「お前、何見てんだよ」

「いや、分かるだろ」


 下から笑い声が上がった。嶺は眉を顰めた。何も言わず薪を一本足す。


「俺、普通に好きかもしれない」


 朝倉が言う。早いだろ。嶺は反射的にそう思った。こういう話は、今までにも何度も耳にしていた。いい加減聞き流せても良さそうなのに、毎回きっちり動揺する自分に腹が立つ。


「お前、もうそこまでいったの?」

「いや、好きっていうか。いいなって」

「……それ、全員じゃね」


 少し間があった。


「……まあ」


 三人とも。嶺は火ばさみで薪を寄せた。隣で小松の口元がわずかに上がっている。


「日向先輩って年下ありなのかな」

「彼氏いないんだろ?」

「いないって言ってた」

「でも相馬先輩と仲良くね?」


 今度は嶺が小松を見る。小松は何も言わず、火を見ている。


「高校から一緒なんだっけ」

「そうらしい」


 沈黙。嶺も無意識に手を止めた。やがて朝倉が言う。


「でも付き合ってないなら、別によくない?」


 よくない。


「いや、相馬先輩相手は普通に強くね?」

「何が」

「顔もいいし、背高いし、部長だし。今日ずっと俺ら助けられてるし」


 そこで森田が言った。


「……俺、今日ちょっと相馬先輩にもときめいた」


 嶺が顔を上げた。小松が俯いた。肩が揺れている。


「何で」

「横穴に助けに来てくれた時」

「お前、相馬先輩もありなの?」

「違うって。でもあんな怖い時につかまってていいって言われたら、ちょっとくるだろ」

「分かんねえよ」


 三人が笑う。小松もとうとう声を殺して笑った。


「……何」

「いや」

「何だよ」

「一人はちゃんと回収できてるじゃん」


 嶺は火を見る。

「……俺、三人とも助けたんだけど」


 小松がまた笑った。


「日向さんが全部持ってってる」

「おかしくない?」

「別に見返り欲しくて助けたわけじゃないでしょ」

「それはそうだけど」

 

 下からまた声がする。


「俺、日向先輩ちょっと狙おうかな」


 嶺は眉間に皺を寄せた。小松が横目で見る。


「何」

「そこは笑えないんだなと思って」

「当たり前だろ。薄々予想はしてたけど。またかよ」


 薪がぱち、と爆ぜた。嶺は火ばさみで位置を直しながら、低く言った。


「女子のお守り頼めばよかった」

「いや、初見で黒田と桐谷のフォローはきついでしょ」

「……まあな」


 嶺は一年女子今日の動きを思い浮かべ、息を吐いた。



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