2-1 袖
夕食のカレー作りが始まると、それぞれの班で役割が分かれた。紗良が米の袋を持って水場へ向かうと、みちるも飯盒を抱えてやってきた。
「紗良先輩もお米ですか?」
「うん。みちるちゃんも?」
「そうなんですけど、飯盒で炊いたことなくて」
「じゃあ、一緒にやろう」
「助かります」
二人で水場に並ぶ。紗良は右手の絆創膏が濡れないよう、救急箱に入っていた使い捨ての手袋をはめた。左手で米を混ぜる。右手はボウルが動かないよう、縁に添えるだけにした。紗良が米を研ぎ始めると、みちるも隣で手元を真似した。
「最初って、結構水入れていいんですか?」
「うん。最初はさっと流すくらいで大丈夫」
「へえ」
何度か水を替える。手を動かしながら、紗良は時折周囲へ目を向けた。一年生たちは野菜を切っている。
別の班では調理用の火起こしが始まり、その少し向こうでは嶺が鍋に具材を入れていた。両手で食材を扱っている。その腕を動かすたび、捲っていた袖が少しずつ落ちてきていた。
「相馬くん」
嶺が顔を上げる。
「袖。危ない」
自分の腕を見た嶺が、少し眉を上げた。
「捲ってください」
「自分でやって」
紗良は笑って返した。が、両手が塞がっているのは見れば分かる。仕方なく手を拭いて、手袋を脱き、嶺のそばへ歩く。紗良が来るのを見て察したらしく、嶺は何も言わずに待っていた。
「はい」
やりやすいように片腕を少し伸ばす。紗良は手首まで落ちていた袖をつまんだ。一度折り返す。もう一度。肘の辺りまで持ち上げると、隠れていた腕が少しずつ現れた。
今までにも何度も見ている。それなのに。袖を捲るためにこんな近くで見ると、何となく違って見えた。手首から肘へ続く線。力を抜いているのに、腕を伸ばすと皮膚の下にうっすら筋が浮く。
紗良は袖の形を整えることに集中した。最後にずり落ちないよう折ったところを押さえる。そのとき、指先が嶺の腕に触れた。思っていたより温かかった。ほんの一瞬だったのに、その感触だけが妙にはっきり残る。
「こっちも」
嶺が反対の腕を差し出す。
「うん」
今度はさっきより手早く袖を折る。けれど、左右を揃えようとすると、どうしても腕に指が触れた。皮膚の下の硬さが、指先に伝わる。紗良は一度だけ瞬きをした。ただ袖を捲っているだけなのに。
「こんな感じ?」
「もう少し上でもいいです」
「注文多いな」
「落ちてくるので」
聞きながら、もう一折りする。嶺が小さく笑った。
「やってくれると思ったので」
「甘えてる」
「先輩には」
何でもない調子で返される。紗良は顔を上げた。目があった。思っていたより近くに嶺の顔があった。
「……また」
「なんですか」
嶺は普通に笑っている。紗良は視線を袖へ戻し、折り目を整えた。
「はい。終わり」
手を離す。触れていた場所から指先が離れると、なぜか少しだけほっとした。
「ありがとうございます」
嶺はそのまま何事もなかったように鍋へ向き直る。
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