1-04. 助手席
高速道路へ入ると、後部座席の三人は次第に静かになった。早起きだったせいか、一人ずつ眠り始める。嶺が車内の音楽を少し小さくした。
「眠ければ、先輩も寝ていいですよ」
「ナビがいるでしょう」
「一本道なので」
「私が助手席に乗った意味」
苦笑いしながら呟くと、嶺は少し笑った。
「運転慣れてる人に座ってもらう方が楽ですから」
嶺の、いつも通りの軽い口調に呆れながら笑みを漏らした。
「それに、久しぶりなので話したかったんです」
あまりに平坦な言い方で、紗良はかえって返事を失った。嶺は前方を見たままだ。
「本当にそういうの、上手いよね」
紗良は頬を緩めた。
「そういうの?」
「……営業トーク?」
「本心ですけど」
訂正もしなければ、冗談にもしない。平然とそれだけ言い、車線を変更する。紗良は窓の外へ目を向けた。どう受け取ったらいいのかわからない。景色が速く流れていく。
相馬嶺は、こういう言葉にも慣れている。何でもないことのように口にできる。紗良がいちいち意識する方がおかしい。いつものことだ。紗良が横を見ると、嶺はわずかに笑っていた。
◇
二号車の後部座席で、千晶は発進した一号車を窓越しに見送った。
「やっぱり一号車に乗りたかったです」
隣に座った小松が、シートベルトを締めながら答える。
「まだ言ってるの」
「助手席ですよ」
「見れば分かる」
「最初から一年生には手荷物を後部座席に置かせてたんです。偶然空いてた席へ案内したんじゃなくて、助手席に乗せる気で確保してたんです」
千晶は興奮気味に言った。
「声、大きい」
千晶はすぐに声を落とした。
「完全に動き出しましたよね」
「助手席に乗せただけだろ」
「あと髪」
携帯を触る小松の手が止まる。
「見てたの?」
「見えました」
「どこから」
「集合場所の反対側です。記録係なので全体を見ています」
便利な言い訳だなと思う。千晶が少し身を乗り出した。
「必要以上に慎重でした」
「髪を引っ張らないようにしただけだろ」
「髪、切っていいって言ってました」
「よく聞こえたな」
「でも完全無視でした」
小松は少し笑った。想像できる。
「それから怪我」
「相馬先輩、あのとき顔色が変わりました」
「自分をかばって人が怪我したら誰でもそうなるんじゃない」
「心配の範囲を越えていました。自分が怪我をするより嫌そうな顔をしてました」
小松は答えなかった。
「森、見すぎ」
「紗良先輩の周辺環境として観測しています」
「俺の友達、環境扱いなの」
「小松先輩は古参すぎて感覚が麻痺してます。今までなら、もっと偶然を装ってました」
誰の話か特定できないように、なるべく名前は伏せて話しているらしい。名前の部分だけ、ほとんど声に出していない。そういうところには一応の配慮をしているらしい。
小松は呆れつつ無言で前方の一号車へ目を向けた。
千晶は紗良を押しだという。観察していく中で嶺が紗良を気にしていると気づいた。小松が嶺と高校時代からの同級生だと知られてからは、古参と呼ばれ話し相手として認定されているらしい。
小松が黙っていると、千晶はそれを肯定と受け取った。
「神回、始まってます」
「現実の人間に神回って言うなよ」
「ずっと停滞してたんですよ。ようやく動き出すかもしれないのに、何で私は二号車なんですか」
「定員の都合」
「重要シーンを見逃す可能性があります」
本気で悔しそうな千晶の表情をみて小松は少し笑った。
「現地に着けば会えるだろ」
「車内でしか発生しない供給だってあるんです」
「本当に何言ってるか分からない」
そう言いながらも、小松は千晶の話を止めなかった。一号車は、二台分ほど先を走っている。車内の様子は見えない。千晶は窓へ顔を寄せ、深く息を吐いた。
「今ごろ何を話してると思います?」
「一年生三人もいるんだから、普通の話」
「はあ……抑制された会話から得られるものあります」
「座ってて。危ないから」
身を乗り出しかけた千晶の肩を、小松が座席に引き戻す。千晶は素直に座り直した。
「何か分かったら教えてくださいね」
「本人が隠したいことは教えない」
「……そこが小松先輩の信頼できるところです」
「じゃあ聞くなよ」
「話せる範囲でお願いします」
一号車が交差点を曲がり、一瞬だけ見えなくなる。千晶は本気で残念そうな顔をした。小松はその横顔を見て、また少し笑った。
◇
午前中は、キャンプ場から少し離れた渓谷を歩いた。登山というほどではないが、川沿いの遊歩道にはところどころ勾配があり、濡れた岩や木の根も出ている。
遊歩道は細く、前後には他の登山客もいて、立ち止まる時は少し広くなった場所を選ぶ必要があった。
紗良は一年生達と後方を歩いていた。嶺は少し後ろにいたが、紗良たちに追いついてきて言った。
「先頭の方、行ってきます」
「うん」
紗良が頷く。そのまま前へ進もうとした嶺を、後ろから来た二年生の一人が呼び止めた。
「相馬先輩、黒田と森田ってどこ行ったか知ってますか?」
嶺が足を緩めて二年生を振り返った。
「さっきまですぐ後ろ歩いてたけど。いない?」
「さっきの曲がり角まではいたんですけど」
紗良も振り返った。確かに、ついさっきまでいたふたりがいない。嶺は前後を見た。前はすでに少し先へ進んでいる。後方も少し離れている。嶺が紗良を見る。
「日向さん、次の休憩場所もうすぐなんで」
「そこでみんな止めとく?」
「お願いします」
「分かった。気をつけてね」
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