3-7 アイス
帰路、サービスエリアで休憩を取った。千晶と小松は売店でアイスを買い、駐車場脇のベンチに座っていた。
日陰に入っても、風は生ぬるい。千晶はカップの縁から溶け始めたアイスを掬った。
「朝から、なんか違いません?」
「何が」
「紗良先輩と相馬先輩」
小松はスプーンの包みを丸めた。
「相馬なら、朝倉のせいじゃない」
「ああ。朝倉くん、めちゃくちゃいきますね」
「相馬にも同意求めてたよ。日向さんの指、綺麗ですよねって」
「強い」
「あいつが隣にいたら遠慮する人が多いんだけどね」
「一応気にはしてるみたいでしたよ。あ、紗良先輩、小松先輩のこともかわいいって言ってました」
小松が少し笑った。
「日向さん言いそう」
「でも、紗良先輩も違うんですよね」
「どう違うの」
「ボーッとしてるなと思ったら相馬先輩見てたり」
「へえ。たしかにそれは今まであんまりなかったかも」
「うまく言えないんですけど」
考えながらアイスを口へ運ぶ。
ちょうどその時、朝倉たち三人が駐車場の方から歩いてきた。
「お疲れさまです」
「お疲れ。あれ、日向さんと相馬は?」
小松が尋ねると、三浦が振り返った。
「相馬先輩が寝てて。日向先輩は残るって」
朝倉が続ける。
「エアコン切れないから、ゆっくりしてきていいよって言われました」
「ああ、なるほど」
「それ、どこで買ったんですか」
森田がアイスを指さした。千晶が売店の場所を教えると、三人は礼を言って建物へ向かった。
小松は一号車へ目を向けた。
「相馬が寝るの、珍しいな」
「そうなんですか」
「人に運転してもらってる時は、だいたい起きてるよ」
千晶もそちらを見る。ベンチからは、助手席側が見えた。ガラスに空が映り、中の様子まではよく分からない。
「……ふたりきりですね」
「寝てるんでしょ」
「今はでしょ」
千晶は笑った。
しばらく、売店にあった菓子の話をした。家に買って帰るものを決めかねていたので小松に聞いてみたが、どれもおいしそうだった、という役に立たない答えが返ってきた。
ふと一号車へ目を向け、千晶はスプーンを止めた。
「……紗良先輩、何やってるんだろう?」
紗良が運転席から助手席へ身を乗り出していた。嶺の頭の辺りへ手を伸ばしているようだったが、何をしているのかまでは分からない。
「起こしてるんじゃない?」
「あんな起こし方しますかね」
しばらくしても、紗良は戻らなかった。
やがて、嶺が動いた。
少しして紗良へ身体を向ける。その肩と背中に遮られ、紗良が見えなくなった。
隣で、小松が小さく声を上げる。
横を見ると、膝にアイスが落ちていた。
「小松先輩」
「……落ちた」
「見れば分かります」
紙ナプキンを差し出す。小松は受け取ったが、まだ車の方を見ていた。
「今、何してます?」
「見えない」
「キスしてません?」
「断定はできない」
千晶も視線を戻した。
紗良が運転席へ戻る様子はなかった。嶺の向こうに隠れたまま、出てこない。
千晶はスプーンをカップへ置いた。
「……見えない方が、気になるんですけど」
「分かる」
小松がようやく膝へ目を落とし、アイスを拭った。
「相馬先輩、昨日までの抑制、どこ行ったんでしょうね」
小松も同じ方を見る。
「反動で全部吹っ飛んだのかな」
「そんな急にそうなるものですか?」
「俺が聞きたい」
車の前を人が通り過ぎる。少しして嶺が動いたが、紗良はまだその向こうにいた。
何をしているのか分からないまま、千晶はアイスを一口食べた。
ずいぶん溶けていた。
◇
運転席のドアが開き、紗良が降りてきた。反対側から嶺も出てくる。
車を施錠した嶺が隣へ並び、何か話し掛けた。紗良は前を向いたままだった。
「……紗良先輩、怒ってる?」
「何したんだ、相馬」
小松が呟いた。
嶺が半歩先へ出て、紗良の顔を覗き込む。
紗良がようやくそちらを見た。何か短く答えると、嶺が笑う。紗良は顔を逸らしたが、今度は自分から何か言い返した。
嶺がまた笑った。
紗良は少し不満そうに見上げていたが、やがてつられるように口元を緩めた。
「……怒っては、なさそうですね」
「そうだね」
千晶は二人を目で追った。
「紗良先輩があんな感じになるの、珍しいですね」
「どんな感じ」
「目を合わせられない感じです。朝倉くんには、すぐ近いって言うのに」
「相馬には?」
「近づかれて固まることはあります。でも、離れてって言ってるのは聞いたことない」
小松も二人を見ていた。
「まあ、特別かわいい後輩だからって可能性も、排除はできないですけど」
売店の方から、梨沙子とみちるが歩いてきた。
みちるが嶺に気づく。梨沙子へ何か言って手を振ると、そのまま二人の方へ駆けていった。
嶺の腕に手を添え、顔を見上げて話し始める。
紗良は笑って何か答えた。それから少し横へずれ、二人に場所を空けた。
何でもないように見えた。
ただ、さっきは嶺と目が合うたびに逸らしていたのに、今はそちらをほとんど見なかった。
「アイス食べてたんだ」
声に顔を上げると、梨沙子が立っていた。
「うん。そっちは?」
「飲み物だけ」
梨沙子は小松へ軽く会釈してから、みちるの向かった方を見た。
「相馬、今日ずっと誰かに捕まってるね」
小松が言った。
梨沙子は嶺を見て、それから小松へ視線を戻した。少し気遣わしげな顔になる。
千晶はスプーンを止めた。
「……信じて大丈夫だと思いますよ」
「何の話?」
「長いですから」
小松は少し考えたあと、梨沙子を見た。
「梨沙子、知ってるの?」
「……はい。応援してます」
「そっか」
千晶はカップへ目を落とした。
梨沙子は、いわゆる生粋の腐女子だ。そして、ずっと前から、推しは小松と嶺だった。
高校のバレーボール部で、小松がセッターで、嶺がアタッカー。進学先まで合わせて同じ大学へ来た。その経歴だけでも、梨沙子には相当なものらしい。
嶺が小松にだけ見せる雑さと小松が嶺にだけ見せる冷たさがイイ、と。
昨日の夕方、キャンプ場で火を起こしながらふたりきりで話していたのは、森田との接触について嶺が弁解するためだった。
梨沙子の解釈では。
小松は気にしていない振りをしていたが、嶺は小松が無理をしていることに気づいていて、寝る前にも二人で話していた。
そして今日も。吊り橋を渡る間、嶺はずっと三浦に腕を貸していた。
梨沙子はずっと、それを見ている小松を心配していた。三浦と森田が、嶺にときめいたと話したことで、さらに事態は深刻になったらしい。
千晶は毎回、なるほど、と聞いている。
小松とはよく話すし、表と裏で別のことを考えているような人にも見えない。梨沙子の筋書きは、たぶん違うと思う。
それでも、自分の見方だけが正しいと証明できるわけではない。それに、梨沙子の話は続きを聞くと面白かった。
ただ、そんなことを露とも知らない小松が、本気で励まされているのは困る。
千晶は吹き出しそうになるのを堪えて唇の内側を噛んだ。
「千晶、またあとでね」
「……うん」
梨沙子は駐車場へ向かった。
小松はその背中を見送った。
「梨沙子って、時々謎に励ましてくるんだよな」
「そうなんですか」
「何も困ってない時に、大丈夫ですよって」
「心配してくれてるんですね」
「何を?」
千晶はアイスを口へ運んだ。
小松はおそらく、梨沙子も嶺の片想いを知っているのだと受け取った。梨沙子は、嶺を信じて待つ小松へ励ましを送ったつもりだ。
会話は、成立した顔をして終わっていた。
「森、笑ってない?」
千晶は首を振った。
小松がますます不思議そうな顔をする。その顔を見たら、もう駄目だった。
「何なの」
「ちょっと、待ってください」
千晶は口元を押さえた。答えは流石に教えられない。
◇
売店から戻ってきた一年生たちが、ベンチの前で足を止めた。
「まだいたんですね」
「今、食べ終わったところ」
小松は何も言わず、千晶の空のカップを手に取った。
森田が、小松と千晶を見比べた。
「二人って、付き合ってるんですか」
千晶は顔を上げた。
小松と目が合う。
「何で?」
「ずっと二人でいるので」
「仲いいですよね」
三浦も続けた。
「悪くはないけど、付き合ってはない」
「記録係だし」
小松に続けて答えると、朝倉が笑った。
「今日、その返事よく聞くな」
「何聞いて回ってるの」
三人は笑いながら車へ向かった。
「みんな好き勝手妄想してますね」
「今、思った」
「アイス食べてただけで」
「向こうもそう言うんじゃない」
小松は1号車を見て言った。
「そうですね」
千晶は笑って頷いた。
◇
休憩を終え、再び車が走り始めた。
二号車の後部座席で、千晶は窓の外を見ていた。買ってきた菓子の話をしていたが、しばらくすると相槌が減り、そのうち静かになった。
小松の肩に、何かが触れた。
横を見る。千晶の頭だった。
「……寝たの」
返事はない。
車が緩く曲がる。一度離れた頭が、また肩へ戻ってきた。
小松は少し身体をずらしかけて、やめた。千晶は完全に眠っている。膝の上の袋を持つ手も、力が抜けていた。
車が小さく揺れた。
頭がずれそうになり、小松は反射的に肩を少し寄せた。そのまま、何事もなかったように前を向いた。
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