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はじまりの夏 series 理性か、衝動か  作者: 日蔭野泉


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2-8 逡巡


 消灯時間が近づくと、焚き火の周囲にいた部員たちも少しずつテントへ戻っていった。


 小松は折り畳み椅子に座り、カメラのデータを整理していた。嶺はタープの張りを確認してから、火の始末を手伝っている。ほかの部員がいなくなるのを見計らったようなタイミングで、こちらへ来た。


「おつかれ」

「まだやってるの」

「今日の分だけ分けてる」

「帰ってからでいいだろ」

「こまめにやらないと後が大変だからな」


 嶺は隣の椅子へ座った。話があるのだろう。小松は作業を続けたまま待った。


「……なに」


 促しても、嶺はしばらく黙っていた。小松は再び画面に目を向ける。二枚ほど写真を送ったところで、ようやく嶺が口を開いた。


「日向さんに、何考えてるのって言われた」


 小松は吹き出した。嶺が眉を寄せる。


「何したの」

「何もしてない。……結果的には」

「何もしてなかったら、そんなこと聞かれないだろ」


 嶺は足元へ視線を落とした。小松はまだ笑いを含んだ声で促す。


「で?」

「……滑ったから、支えた」

「支えただけじゃないだろ」


 答えがない。小松は画面から顔を上げた。


「離さなかったとか?」

「……見てた?」

「見てない」


 小松はカメラを膝へ置いた。


「それで? 何て答えたの」

「先輩が何考えてるか、考えてたって」

「答えになってないじゃん」

「実際そうだったし。よけないのなんでって」

「何をよけるの」

「……あの距離なら普通離れるだろ」


 そこまで言って、嶺は口を閉じた。小松が顔を見ると、小さく息を吐いて椅子の背へ身体を預けた。続きを待ったが、それ以上は言わない。


「なんとなく分かった」


 小松は笑った。


「日向さん、よけなかったんだ?」


 嶺は小松を横目で見た。


「……してはない」

「分かってるよ」


 遠くでテントのファスナーを閉める音がした。小松がカメラのストラップを膝へ寄せると、嶺がぽつりと言った。


「……意外と慣れてて、あのくらい気にしないのかもしれないし」

「日向さんが? 映画のキスシーンで顔真っ赤にしてたけど」

「いつ映画一緒に観たの」


 嶺が小松を睨んだ。


「去年の宅飲み。お前が買い出し行ってたとき」


 嶺は足元へ目を戻した。


「……久住さんとも付き合ってたし」

「それはそうだけど」


 小松はそれ以上言わず、カメラを持ち直した。


「気にしてなかったら、何考えてるのって聞かないんじゃない」


 嶺は黙った。


「今日、かなり顔に出てたもんな。日向先輩が怪我したときとか」


 嶺は返事をせず、膝の上で両手を組んだ。ランタンの明かりが、その指と袖口を照らしている。


「……他の人にもするのって聞かれた」

「しないだろ」

「そう言った」


 小松は頷いた。嶺はしばらく黙ってから、続けた。


「……そんなふうに見えてたんだなと思って」

「そう見えるようにしてたんじゃないの」


 嶺が小松を見る。


「今までは、後輩だからで済んでたもんな」


 嶺は苦い顔をした。


「また、なかったことにするの」

「……したくない」


 気にかけてもらえば嬉しそうにする。紗良の前では、世話を焼かれることも嫌がらない。そのくせ、かわいい後輩として扱われるだけでは満足できない。小松は長いこと、それを見てきた。


「今のままでも、かわいがってはもらえるのにな」

「……それだけじゃ足りない」


 小松は隣を見た。嶺は明かりの届かない広場の方を見ていた。小松は膝の上のカメラに手を置く。


「だからって、言う前に手が出そうになってどうするんだよ」

「……それは、そう」


 嶺は組んでいた手をほどいた。片手で首の後ろを擦り、そのまま背もたれへ身体を預ける。


 小松はカメラへ目を戻した。何枚か送ると、紗良を見ている嶺の写真が出てきた。黙って画面を向ける。


「……それは消して」

「はいはい」


  画面を戻し、次の写真へ送った。隣からはもう何も言ってこなかった。遠くの虫の声が、会話の途切れたところへ戻ってきた。


 今日の分を整理し終え、小松は電源を落とした。


「ま、がんばれよ。卒業までに」

「分かってる」


 今度の返事は低かった。高校のとき、嶺は卒業していく紗良を見送るだけだった。


 カメラをケースへしまい、小松が立ち上がると、嶺もランタンを手に取った。


「寝る?」

「もう一回、見回りしてくる」

「さっきしてたろ」

「念のため」


 一人で考えたいとき、嶺は何か用事を作る。小松は呼び止めなかった。


 数歩進んだところで、嶺が振り返った。


「小松」

「何」

「……ツーショットは消すなよ」


 小松は笑った。


「あとで送る」


 嶺は頷き、タープの方へ歩いていった。

*いいねやコメント励みになります

*Kindleでも同名の続編を配信しています。

まとめて読みたい方は、そちらもぜひ。

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