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はじまりの夏 series 理性か、衝動か  作者: 日蔭野泉


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2-6 荷台

 夕方に少し雨が降ったせいか、キャンプ場には湿った土と木の匂いが濃く残っていた。夕飯が終わると、各々が焚き火の周りでゲームをしたり花火をしたりしている。


 一年生もすっかり打ち解けてほかの部員たちと笑っている。

 

 紗良もメンバーとの久々の再会を楽しんだ。焚き火から少し離れたタープの端では、三年の藤井がレジャーシートに仰向けになっていた。


「藤井さん、もう寝てるんですけど」


 吉岡が呆れたように言う。


「今日かなり荷物運んでくれてたからね。そっとしといてあげよう」


 紗良は藤井に目を向けて言った。


「まだ八時前ですよ」

「入ってきた頃に比べたら、すごく体力ついたよ」

「これで?」

「前は夕飯食べながら寝てた」

「幼児ですか?」


 心底理解できないという顔をする吉岡の表情を見て、紗良は笑った。


 飲み物を取りに立ち上がり、テーブルを整理する。使い終えた紙皿をまとめ、ごみをまとめていく。一年生三人が通りかかり、紗良を見て手伝い始めた。


「まだ遊んでていいよ」

「もう終わりかけてますから」


 三人は嫌な顔もせず各々で動き始めた。


「日向先輩、こっちは片づけておきます」


 三浦が食材の箱を閉じた。


「ありがとう。濡れないようにタープの中央へ寄せておいて」

「分かりました」


 朝倉が空のペットボトルを集め、森田はゴミ袋の口を結んでいる。


「みんな、よく動てくれてすごく助かるよ。ありがとう。初めてなのに、すごいよ」


 三人とも、紗良に褒められると分かりやすく嬉しそうにする。それを微笑ましく思いながら、紗良は予備のごみ袋がないことに気づいた。


「取ってくるね。」


 貴重品袋から備品を積んだ車の鍵を取り出し、ランタンを一つ持って駐車場の方へ歩いた。

 

 途中、焚火の向こうでみちる達と話している嶺を見かけた。嶺のそばにみちるが腰かけていた。肩が触れそうなくらい近い。話の途中で身体を傾け、嶺の方を向いて笑っている。


 雨上がりの地面はところどころぬかるんでいた。


 駐車場には簡易照明があったが、車と車の間までは十分に光が届かない。後部扉を開き、積まれた荷物の隙間を照らす。奥のかごに予備のごみ袋が見えた。座席の下の方に入り込んでいる。手前には折り畳み椅子や予備の寝袋が重ねられていた。


 一度全部下ろした方が早いだろうか。

 

 そう思ったところで、背後から足音がした。


「日向さん」


 予想していなかった声に、紗良は振り返った。嶺が立っていた。片手にランタンを持っている。

 

 一瞬だけ、何を言えばいいのか分からなくなる。


「……相馬くん。どうしたの」


一拍遅れて言った。


「予備のロープを取りに来ました」


 嶺は平然と荷台の左側を示した。目的のものは、紗良が探しているごみ袋とは反対側にある。紗良も何でもない顔で荷台へ向き直った。


「何か探してるんですか?」

「ごみ袋」


 紗良は奥のかごを指さした。


「ああ。俺が取ります。いけると思います」

「ありがとう」


 嶺はランタンを扉の内側へ置いた。車内が柔らかく照らされる。荷物の輪郭と、嶺の横顔だけが柔らかく浮かんだ。腕を伸ばしたものの、結局届かない。


「無理だな」


 紗良は荷台に乗り、しゃがんでぐらつきそうな荷物を左手で押さえた。嶺はすぐ横に膝をつき、その隙間へ身体を入れる。狭い。


 膝立ちになった紗良の脚に、嶺の脇腹が触れた。服越しに、体温が伝わる。

 

 ほんの少し位置を変えれば離れられる。そう思って身体を引きかけたが、背後には荷台の段差がある。足を動かせば、そのまま踏み外しそうだった。


「そのままで大丈夫です」


 嶺は前を向いたまま言った。いつもと何も変わらない声だった。


「……分かった」


 紗良もできるだけ普通に答える。けれど、脚に触れているところだけが妙にはっきりしていた。嶺が動くたび、布越しの熱が僅かにずれる。こういう距離を、この人は簡単に扱う。必要なら近づいて。相手を困らせないぎりぎりのところで止まって。

 用が済めば、何事もなかったように元の距離へ戻る。


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