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はじまりの夏 series 理性か、衝動か  作者: 日蔭野泉


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2-5 古参

 焚き火から少し離れたテーブルで、千晶はカメラの画面を確認していた。隣では小松が紙コップを片手に、時々画面を覗き込んでいる。


「これ、よく撮れてる」

「どれ」


 小松は千晶に身体を寄せて手元を覗き込んだ。


「テント立ったところ。三浦くんたち、いい顔してます」

「ああ、いいじゃん」


 千晶が星印をつけて、次へ送る。火の弾ける音がする。少し向こうでは一年生たちが花火をしていて、時折歓声が上がった。


「‥…やっぱり、明らかにいつもと違いませんか?」

 

 千晶は手元で作業を進めながら言った。


「なにが」

「わかるでしょう」

「なんのこと」

「……紗良先輩。前と違います」

「そっち?何が?」


 小松は顔を上げて千晶を見た。千晶は次の写真へ送った。


「朝はいままでと同じで、相馬先輩が近づいても“いつものこと”って顔だったんですけど」


 一枚確認して、また送る。


「今は、近づいたあとにちょっと考えてる顔します」


 小松が千晶を見る。


「よく見てんな」

「推しですから」


 千晶は平然と答えて、ピントの甘い一枚を削除した。


「相馬先輩、隠すのやめたんでしょうか。今までなら、不自然なことは絶対にしてませんでした。あくまでも自然な流れの中で、近づいてました」

「まあ、そうだな」


 小松は焚き火の方へ視線をやった。嶺は少し離れたところで誰かと話している。


「でも今日は、不自然な理由が多いです。二人になることも、避けてない」

「視線を送る時も、前はもっと慎重でした」

「それは思った」

「ですよね!」


 千晶は身を乗り出して言った。


「……声」

「すみません」


 また小さくなる。


「ずっと隠してたからね」


 千晶がまた写真を送る。


「でも本当に動き出すとは。実際はもう少しかかると思ってました」

「‥…あいつ決めたら早いから」


 千晶が顔を上げた。


「今の声、よかったです」

「またそれ?」


 千晶は笑った。しばらく、二人とも黙って作業を続けた。千晶が一枚拡大する。


「これ、残していいと思います?」

「どれ?」


 小松がまた少し身体を寄せる。出発前にポーズをとる三人の後ろに小さく、嶺が紗良の手を取り、傷を確認している姿が写っていた。


「まあいいんじゃない? 相馬、顔に余裕ないけど」


 千晶は星印をつけた。


「相馬先輩、紗良先輩の方ほとんど見てないのに、ずっと見てますよね」


 小松は少し笑った。


「それは昔から」


 言ってから、口を閉じる。千晶が小松に視線を移す。


「今、何か供給ありました?」

「ない」

「昔から?」

「何でもない」

「小松先輩」

「本人が話してないことは言わない」


 千晶は口を尖らせた。


「そこは本当に固いですね」

「友達だから」

「知ってます」


 その声には、先ほどまでの浮ついた響きはなかった。小松は黙る。千晶は騒がしい。他人の恋愛を供給と呼び、嶺の思いを長期連載のように扱う。けれど、本人達が傷つく可能性を、面白さより先に考えることはできる。しばらく二人で写真を仕分ける。千晶にしては珍しく、黙っていた。


「森ってさ」

「はい」

「相馬が好きなわけじゃないの?」

「違います」

 

 即答だった。小松は思わず笑った。


「一般的に、相馬はモテるタイプだけど」

「時々すごく利己的な目をしてる所が少し苦手です」


 小松は苦笑した。


「自覚はしてると思うけど。わるいやつじゃないよ」

「わかってます。でも紗良先輩がいるから、相馬先輩はダークサイドに落ちずに済んでると思ってます」

「どういう意味だよ」


 小松が笑う。またしばらくカメラに目を落とした後、千晶はぽつりと言った。


「……相馬先輩が近づいた後、紗良先輩、前みたいにすぐ元に戻らなくなりました。」


 小松は少しだけ眉を上げる。


「元に?」

「ただの先輩の顔?」

 

 しばらくして、小松が笑った。


「なるほどね」


 千晶はまた写真の整理へ戻った。


「始まってます」

「そうかもな」


 小松はカメラから目を外し、広場の焚火を眺めた。


「……古参の情緒?」

「古参ていうな」


 小松は声を立てずに笑った。焚き火の向こうで、紗良が立ち上がった。ランタンを一つ手に取り、貴重品袋を開けている。千晶は一度だけそちらを見たが、すぐ画面へ戻った。


「次、これ」

「暗すぎない?」

「補正したら使えそうです」


 ふたりでしばらく画面を見ていた。ふと千晶が顔を上げる。


「……いませんね」


 小松も焚き火の方を見る。さっきまでいた紗良も、嶺も見当たらない。


「そうだな」


 千晶が満足そうに小松を見る。


「……何も言ってませんよ」

「俺も何も言ってない」


 二人ともそれ以上何も言わず、各々カメラへ視線を戻した。

*いいねやコメント励みになります

*Kindleでも同名の続編を配信しています。

まとめて読みたい方は、そちらもぜひ。

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