前番は見えていた
ーー僕が見えているっ…!?
想像もしなかった状況に、彼女を腕の中で抱きしめたまま思考が止まり、全身が硬直する。
彼女はそんな僕を全く意に介さない様子で口を開き言葉を続けた。
「わたしを…知ってる…の……?」
不思議そうにそう尋ねられた。
彼女を後ろから抱きしめている状態で顔色は窺えないが、怯えている様子はなく、唯々不思議であるといった声色だった。
慌てて彼女に回していた腕を解き、後ろから正面に回り込むようにして顔色を窺う。
声色通りの不思議そうな表情をした少女がこちらを見ていた。
茶色い暖かみのある瞳に、サラサラの橙色の髪が顔周りで上品に編み込まれている。
よくよく見れば質感の良いワンピースに身を包んでいる彼女は、どこかの貴族の令嬢だと察しが付く。
そんな彼女に断りも無く触れてしまったことに顔が真っ青になる。
己が肉体なき亡霊であることを忘れる程に気が動転していた。
どうしたものかと、彼女への言葉を躊躇っていると、先程まで不思議そうにしていた彼女が、今度は不安そうに揺れた瞳で僕をじっと見ていた。
「お兄さん、どうしてそんなに泣いているの?…どこか痛いの…?」
その言葉に自分が涙を流していたことに漸く気付いた。
彼女の瞳を見つめたまま静かに左手で自分の頬に触れると、想像よりも頬が濡れていたことに驚き目を見開く。
自分が思っていた以上に酷い顔で取り乱していたに違いない。
拒絶する様子も逃げる様子もない彼女に安心し、理性が戻ってくる。身体中の震えもいつの間にか止まっていた。
正気を取り戻した僕は彼女を心配させないように優しく微笑み「大丈夫だよ、心配させてごめんね」と返答する。
それでも彼女はまだ不安そうに、それならなぜそんなに取り乱していたのかと問いたそうに僕を見ていた。
僕は彼女のその視線に意を決して尋ねる。
「…君は、ランロレス家のご令嬢なのか?」
僕の"つがい"が眠っている墓石には『ランロレス』と彫られていた。
彼女から"つがい"の香りがするのは同じ血が通っているからなのではないかと、そう思い彼女に尋ねた。
すると彼女は目線を足下へ向け、瞳を左右へ動かした。
そして、躊躇いながらも答えてくれた。
「わたしは違う…、違うの。わたしじゃなくて、…その…、前世がランロレス家の娘なの…。このお墓は…、わたしの…前世のお墓です…。」
「信じてもらえないと思うけど…」と自信の無さを表すかのように眉毛を下げて話す彼女の言葉に、僕は衝撃が走る。
目の前にいる彼女は僕の"つがい"の生まれ変わりってことか…?!確かに…、普通であれば信じられない話だった。
だけど僕には彼女の魂に僕の"つがい"の魂が混ざり合っているから"つがい"の香りがするのだとしたら腑に落ちた。
信じられると思った。
そして、不安そうな彼女に優しく微笑み言葉を返した。
「信じるよ。君から…そのお墓に眠る僕の"つがい"と同じ香りがするんだ。…もしよければ、その前世のことを教えてくれないか?」
僕の言葉に彼女の目が見開かれる。
彼女も僕の言葉に驚いた顔をした。
「えっ…つ、つがい!?お兄さんがわたしの前世のつがい?…そう…なんだ……。だから、………………………安心するんだね。」
彼女は一瞬また目を見開いた後、穏やかに微笑み最後の言葉を僕に言ってくれた。
「安心する」と。
その言葉が僕の心に染み込んでいく。
初対面であんなに取り乱して泣き喚いた僕を、拒絶するどころか安心すると受け入れてくれた。
あぁ……温かい。
すごく、すごく、…嬉しい。
止まったはずの涙が、また瞳から溢れて頬を伝い流れ落ちた。
頬を冷たく濡らした涙を、温かな涙が上書きするかのように。
少女は僕の涙を見て、また微笑んでくれた。
今度は痛くて泣いているわけではないと伝わっているみたいだ。
そんな僕を見つめたまま、少女はぽつり、ぽつりと話し始めた。
「わたし…、前世の記憶は、名前と15歳の時に病気で死んだことしか…わからないの。…だけど、今日の朝に、夢を見たの。ここのお墓の夢を…。わたしの前世の名前…、リフィア・ランロレスなの。だから、前世のお墓だってすぐわかったの。その夢の中で、…誰かが泣いてて…、それが…あまりにも、鮮明で…、気になっちゃって…………それで…ここに…。」
彼女はゆっくりと僕の手に触れて
「…泣いてたのは…お兄さんだったんだね…。前世の…わたしが…、リフィアが………苦しめて…、ごめんなさい…。」
悲しそうな顔で謝ってきた。
彼女の表情にズキリと胸が痛む。
違うっ!…違うんだ!!
こんな幼い少女にそんな顔をさせたいわけじゃない!
僕が勝手に未練を残して、勝手に成仏できなかっただけで、君も…前世の君も悪くなんかない!
僕は僕の手に触れてくれた小さな手を優しく握り返す。
握った感触は彼女に伝わらない。
それでもいい…僕のこの気持ちが僅かでも伝わればいいと思った。
「謝らないで…。僕は前世の君に、「愛している」と伝えられなかったんだ。前世の君は僕と出会う前に亡くなってしまったから…。それが悲しくて、悔しくて、苦しくて、未練が強すぎたのか…こんな姿になってしまって…。でも、君も、君の前世も、悲しませたかったわけじゃない…っ…。だから…、ありがとう、ここに来てくれて。…僕から君に愛してるって…伝えさせてくれて、ありがとうっ…。」
彼女に感謝していると伝えたかった。
「僕の"つがい"はリフィアと言うんだね…。君の名前も聞いても良いだろうか?」
「わたし…?」と不思議そうな顔をしながらも「わたしはユナです。…ユナ・クレナシアです!」と元気に答えてくれた。
そんな彼女に心からの感謝を込めて「…ありがとう、ユナ!愛しているよ、ずっとずっと前からね。」と精一杯の感謝と愛を言葉にした。
突然明るく言い放った僕の言葉に目を丸くした彼女も、すぐに嬉しそうに笑ってくれた。
それから…と僕は言葉を続けて「僕はきっと…もうすぐ消えるだろうから、それまでユナの側にいることを許してくれないか?」と恐る恐る願いを口にする。
そんな僕に彼女は迷いなく「うん!一緒に帰ろう?お兄さんの名前も教えて!」と答えてくれた。
そんな彼女の姿に、僕はまた目頭が熱くなるのを感じながら「僕はファレンだよ。ファレン・ユーリッド。」と自分の名前を言葉にしていた。
どうせすぐ消えると思っていた。
未練だった「愛している」を伝えられたから。
だからせめて、消える最期くらい彼女の側に居たいと思った。
ずっと冷たく止まってしまったこの心に、確かに感じた温かさを少しでも長く感じていたいと思ったから。




