王子、誘拐されるpart1
16話の続き
あー、愉快愉快!
「おい、無駄な抵抗はするなよ」
「しないって!」
そう上機嫌になっている俺ですが、
今絶賛誘拐されています。
時は遡ること半日前。
アスカテシア王城、執務室。
「なんだこの地獄は」
テナートは目の前を見つめる。
机の上には終わらない山積みの書類。
「ここは現実か……?」
心が折れそうだった。
「テナート様、本日はヘルガディア王国との会談があります故、ご支度を」
冷静な声。
側にいたのは、メイラルド直属暗殺部隊《月華》所属のシグレ。
「あぁ?」
テナートが顔をしかめる。
「なんで属国にわざわざ俺が出向かなきゃいけないんだよ」
「普通あっちが来るべきだろ!」
「上に立つ者として当然かと」
即答。
「それに、テナート様は色々やらかしてますからねぇ」
「ぐっ……」
反論できない。
「というか、なんでメイラの部隊の奴がここにいるんだよ」
「ステファニーはどうした?」
「あいつ最近見ねぇけど」
「ステファニー様は現在、山籠もり中です」
「……山籠もり?」
「なんでも、己を見つめ直す修行だとか」
「…………あー」
テナートが察する。
(エアリアルの件か)
「あいつ、ジジイの癖にすげぇな」
「ですので、当分は私がテナート様のお世話係です」
「不安だなぁ」
「失礼ですね」
そして、身支度を終えたテナートは馬車へ乗り込む。
目的地はヘルガディア王国。
「はぁ……」
馬車に揺られながらテナートが窓を見る。
「襲撃イベントでも起きねぇかなぁ」
「私の前で堂々と言わないでください」
静かな道。
何事もなく国境が近づいた。
その時。
「――敵襲!!」
怒号。
「何!?」
兵が動き、馬車が止まる。
「うぉぉぉぉ!!」
テナート目を輝かせる。
「マジか!!」
「喜ぶなバカ王子!」
ゲンコツ。
「いてぇ!!」
「テナート様は馬車の中で大人しくしててください」
「はいはい」
外では激しい剣戟。
金属音に怒号。
「でもなぁ……」
「うちの兵強すぎるから、だいたい襲撃イベント失敗に終わるんだよなぁ」
少しだけ窓から覗く。
「……ん?」
違和感。
意外にも押されていない。
互角。
「おいおい、うちの兵と互角?」
「どこの国だよ」
しかも妙だった。
「殺気を感じられない……」
敵兵誰一人として本気で殺しに来てはいなかった。
つまり、目的は暗殺ではない。
「押し負けるな!!アスカテシア兵!!」
シグレが敵大将らしき人物と剣を交えていた。
「くっ………このままでは」
敵側が崩れる。
「さようなら」
シグレがとどめの一撃を入れようとした瞬間。
ドゴォッ!!
「――がっ!?」
シグレが吹き飛ぶ。
後頭部への痛烈な一撃。
「な……何を……」
シグレが力なく倒れる。
そこにいたのは
「ふぅ」
拳を振るテナート。
敵が固まる。
「え?」
テナートはそのまま、目にも留まらぬ速度でアスカテシア兵に不意打ちをかます。
「「ぐぁぁぁぁ」」
容赦なく完全制圧。
敵兵すらドン引きだった。
「制圧完了っと」
敵大将困惑。
「き、貴様!!」
「自軍を潰すとは頭おかしいのか?!」
「おいおい」
「俺が助けなかったら、あんたら今頃あの世行きだぞ?」
「感謝してほしいくらいだな」
「…………」
「で?」
テナートが馬車を見る。
「俺を連れてくんだろ?」
敵兵がざわつく。
「くっ……お連れしろ」
こうしてテナートは、敵軍の馬車へ嬉々として乗り込んだ。
数時間後。
アスカテシア王城。
「――とのことです」
報告しているのはミツバ。
目の前にいるのはメイラルド。
「ありえない……」
「最強のアスカテシア兵に加え、シグレまでいるのに…」
「テナート様が攫われるわけが…」
「…………」
急にメイラルドが黙る。
「メイラルド様?」
ピキッ。
メイラルドの笑顔が固まる。
手に持っていたティーカップを握り潰す。
「やってくれましたね」
「どこの国かは知りませんが、ここまで舐め腐ったことをするなんていい度胸ですね」
「ミツバ」
「は、はいぃぃぃ!!」
「どんな手を使ってでも捜索しなさい」
「はぃぃぃぃぃ!!」
その日、月華全員が過去最高レベルの緊急任務であることを察した。
こうしてテナート誘拐事件が幕を明ける。




