背負う覚悟
「エリサ! 待てよ」
追いかけてきたカミュに、手首を掴まれ、エリサはゆっくりとカミュのほうを向く。その目は少し充血している。
彼女はふうっと大きく深呼吸をしてから、いつものように微笑み、「心配かけたな。覚悟はしていたから、大丈夫だ」と言って続ける。
「カミュ、ありがとう。それに、ニナも。これで、ようやく領地の膿を出すことが出来た。まだ、氷山の一角にすぎないかもしれないけれど、大きな一歩よ」
そう言ったエリサの表情は晴れやかで、ニナとカミュはほっとした表情を浮かべる。
「亜人を差別していたのは、両親の派閥が中心だった。彼らの失脚に併せて、無くしていく事を約束する」
そう言って、カミュに片手を差し出すエリサ。じっとエリサの手を見つめるカミュの瞳が、心なしかうるんでいるように、ニナには見える。
「……ありがとう。必ず、やり遂げよう」
力強く握手をする二人を見て、ニナは笑顔で拍手をする。そんなニナを見て、二人の表情がほころぶ。
「それもこれも、ニナのおかげだ。今まで終わりの見えなかった領地改革に、光が差し込んだんだから」
そう言って、カミュはニナを抱きかかえ、高く掲げる。
ニナは、嬉しそうに、えへへと照れ笑いをする。なんだか、胸がじんわりと温かくて、ぽかぽかして、誇らしい。
その日の夜は、小さなお祝い会が執り行われた。
美味しそうな食べ物の山に、ニナはまた感動で震えている。
そんな中、カミュがエリサに話しかける。
「話がある」
「夜風にあたりたい。バルコニーに出ようか」
「ああ」
二人がバルコニーに出ていく姿を見つめるニナに、ハミルトンが囁く。
「大人のお話です。少し、二人だけにしてあげましょう」
「うん」
そうして、ニナは目の前にある骨付き鶏にかぶりついた。
「それで、話とはなんだ?」
カミュは、ばつが悪そうに頭を掻き、意を決したように口を開く。
「こんな時に悪い。少し暇が欲しい」
「ニナのためか?」
「……ああ。アイツに沢山のものを貰った。だから、今度はアイツの願いをかなえてやりたいんだ」
「友達を救う、ってやつか」
「ああ。どれぐらいかかるのかわからないが……」
エリサは、カミュの背中をバシッと叩く。あまりの勢いに、カミュは「うっ」と鈍い声を漏らす。
「私も、ニナに恩返しがしたい。私の分も、ニナを助けてやってくれ」
「すまねぇ、エリサ」
「なぁに、膿は出した。あとは私とハミルトンでも、どうとでもなる。派閥がひとつ消えた混乱に乗じて、上手くやるさ」
「……ありがとうな」
「こちらこそ。帰ってくるのを待ち望んでいるよ」
「ああ」
そうして、二人は持っていたグラスを交わし、音を鳴らした。
ニナの元に戻ると、カミュがニナの目線にしゃがむ。
むしゃむしゃとパンをほおばり、頬をぱんぱんに膨らますニナを見て、笑いながらカミュは言う。
「なんつう顔してんだよ。まったく……ニナ、待たせたな。お前の友達、一緒に助けよう」
「ぱみゅ!」
ニナは慌ててパンを飲み込み咳き込むと、ハミルトンがジュースを渡し、それを飲む。
「カミュ! いいの? あの、トーチャ捕まえたの、すごく、怖い人達なんだけど」
「問題ねぇ。俺はこの街の副団長だ! 皆が恐れおののくドラゴニュートのカミュ様だ!」
「おおお!」
ニナは、カミュの言葉に拍手をする。そうして、カミュはニナの頭を撫でる。
「だから、ニナは安心しろ。お前の友達も、お前も、絶対に俺が守ってやるから」
そう言われて、ニナは一瞬固まる。
そうして、じわじわと目が潤み、ぼろぼろと涙をこぼす。
その様子に、カミュは大慌てし、ハミルトンがハンカチを渡す。
「よろしく、おねがいしますっ」
泣きじゃくりながら、そう言うニナを、「任せとけ」と言って、カミュは抱きしめる。
ニナは、その背に手を回し、力いっぱい抱きしめ返した。
出発は明日の朝にしようと、カミュと約束をして、その日もニナはエリサの家に泊まることになった。
ベッドに入っても、高揚感が抜けず眠れずにいると、エリサが話しかけてくる。
「眠れないか」
「うん、なんか、ドキドキしてる」
「そうか。じゃあ、少しだけカミュの昔話をしてやろう」
「聞きたい!」
がばっと起き上がるニナを、エリサはクスクスと笑いながら、ゆっくりまた横にさせる。
「カミュには妹が居たんだ。ニナと同じくらいのドラゴニュートの子だ」
「ニナと同じくらいの子」
「そうだ。笑った顔が似ているらしい。カミュはその子をすごく大事にしていたんだ。でも、ある日その子は病気にかかってしまってな。薬さえ飲めばよくなる病気だ。だけど、その子は薬を買わせて貰えなかったんだ」
「何で……?」
「亜人だから、さ」
「……」
ニナは、ぎゅうっとブランケットを握りしめる。彼女のその手を、エリサは優しくなでる。
「カミュは何度も訴えかけたそうだ。金ならいくらだって払うからと。でも、当時のカミュはまだ若かったし、二人は孤児だった。亜人は嘘ばかりつくと言われ、そうして妹は亡くなったそうだ」
エリサは小さく息を吐き、続ける。
「その後、カミュは堕落していった。暴力沙汰を起こし、そうしてまた亜人だからと言われ、その繰り返しだったそうだ。そこで、私はカミュと出会った」
ニナは、じっとエリサを見つめる。
「丁度腕っぷしの強い人物を探していたんだ。亜人だろうが、誰でもよかった。信頼のおける人物かどうかが大事だったんだ。カミュに初めて会った時、彼に問うたんだ。もし、この街を改革するとしたら、どんな場所にしたいかと。彼は言った。差別のない場所にしたいと」
「カミュ、悲しくない場所にしたかった?」
「ああ、もう妹のような子供が現れないようにと。私の信念と同じものを感じて、私はカミュを仲間として招きいれたわけだ」
そう話し、エリサはニナに微笑みかける。
「カミュは、腕っぷしの強い人間が二十人襲ってきても、負けないぐらい強いぞ。だから、ニナは安心していい。きっと友達のことも助けてくれる」
「カミュ、強い!」
目を真ん丸にして驚くニナに、エリサは笑い、続ける。
「ニナも、カミュが悲しい顔をしていたら、いつもみたいに撫でてやってくれ。意外に繊細だからな」
「ニナ、撫でる!」
「ああ、そうしてくれ。そうすれば、私も安心だ」
ニナは、少し瞼をこすり始め、エリサは頭を撫でる。
「そろそろ寝よう。お休み、ニナ」
「おやすみ、なさい」
ニナの寝息を聞き、エリサは微笑み、瞼を閉じた。
次の日の朝、ニナとカミュは出発の準備を整えた。
「まずは、もう少し大きい街に行ってみて、情報収集をしてみようと思っている」
「であれば、ナヴァールはどうだ? 港町だし、色んな情報が集まっているからな」
「いいな。ニナ、海に行くぞ」
「海ってなに?」
「でーーっかい、水たまりみたいなもんだ」
「なにそれ! すごそう!」
興奮するニナを横目に、カミュとハミルトンは握手をする。
「ハミルトン、エリサのこと頼むな」
「はい、お任せください。どうか、無事に戻ってこられますように」
「ああ」
「よし! 行くかニナ」
「うん! ばいばい! またねエリサ! ハミルトン!」
「またね! 怪我には気を付けるのよ」
「また会いましょう」
ぶんぶんと手を振るニナを乗せて、カミュは馬を走らせる。
暖かい日差しと、草の匂いが、これからの旅を見守ってくれているように、穏やかな日だった。
――その頃、ナヴァールの地下では、一人のエルフが捉えられていた。
「はぁ、はぁ。クソ、早くここから出せ! 外道!」
「まったく、口が悪いですねぇ。ただでさえ、目の周りの怪我が商品価値を落としているのに、口まで悪いなんて」
「黙れ!」
「まぁ、腐ってもエルフ。そこは物好きが買ってくれるでしょう。でも、脱走などされては困りますから、貴方の自慢の脚は、片方頂いちゃいましょうか」
「は……?」
男は、手に大きなのこぎりを持って、ニヤリと笑う。
「誇り高き、エルフの戦士なら、耐えられますよね?」
そう言って、エルフの右足にのこぎりを当てる。
「やめろ、やめ……!」
地下室に、エルフの絶叫が轟き、やがて、ほとんど聞こえなくなった。




