港町ナヴァール
「見えてきたぞ! あれが海だ」
「うわぁ……でっかい!」
ナヴァールに向けて、馬を走らせてきたカミュとニナの前に、大きな港が見えてきた。いくつもの船が帆を張り、その下には透き通った海が、どこまでも広がっている。ニナは、「カミュ! 海、入ってみたい!」と興奮気味に訴えかけ、カミュは笑って「わーったよ。宿を取ってからな」と伝えた。
ナヴァールの街に入る際、見張りがカミュとニナの組み合わせにけげんな表情を見せたが、エリサの紹介状を見せるとすぐに通してくれた。
ここは港町なので、亜人の出入りも多いのだが、亜人と人間の子供という組み合わせは珍しいのだろう。
「えーと、エスポール、あ、ここか」
「エリサのおすすめの宿!」
「おー、よく覚えてたなニナ。偉い偉い」
「えへへ」
ニナとカミュは受付を済ませ、部屋に向かう。
少し古いが趣のある、居心地の良さそうな宿だ。ニナは先陣を切って歩き、部屋のドアを開く。
窓からは、暖かい日差しが差し込んでおり、ニナはベッドによじ登ると窓を開く。
風がぶわっと入り込み、潮の香りが鼻をくすぐった。窓からも海が見え、その上を気持ちよさそうに鳥が飛んでいる。
「カミュ! 良い眺めだよ。ねぇ、はやく海行きたい」
「うし、じゃあ行くか」
「うん!」
ニナは足を上下に動かしながら、カミュがドアから出るのを待つ。カミュはその様子に笑いながら、ドアを出ると、ニナの手を引いて玄関に向かう。ニナは受付の優しげなおばあさんに手を振って、宿を出た。
ナヴァールの街は、とにかく人が多かった。様々な種族の人であふれている。ニナは、以前カミュに言われたことを思い出し、ちらちらとだけ視線を送る。
その中に、ひときわ目を引く、金色の髪をした耳の長い女性がいた。彼女は緑色の薄手のワンピースの裾を靡かせ歩いている。ノースリーブから伸びるすらっとした腕は、白く儚げだ。あまりの美しさに、ニナはぼうっと彼女を見つめてしまっていた。
彼女はニナに気が付くと、にこりと微笑む。そうして、すぐにそばに歩いていたガタイの良い女に話しかけてから、ニナに近寄った。
「こんにちは、可愛いお嬢さん。ナヴァールは初めてかしら?」
「は、はじめまして。ニナです。さっき着いたところです。あの、お姉さん綺麗ですね」
「ふふ、ありがとう。私はロレーヌよ。この街の劇場で歌手をしているの」
「歌手」
「歌を歌う仕事だ」
カミュにそう言われ、ニナは目を輝かせる。
「お歌、聴いてみたい!」
「ふふ、ぜひ聴きに来て頂戴。チェリ、明日の昼公演のチケットを2枚渡して」
「はい、こちらです。どうぞ」
「おお、すみませんね。ほら、ニナお礼は」
「おおお、ありがとう、ございます!」
ニナは貰ったチケットを天にかざす。そこにはロレーヌを模した女性と花が繊細なタッチで描かれており、チケット自体が芸術作品のようだった。
「これ、すごく綺麗! 大事にします」
「これは使うもんだからな。まぁ、綺麗に残しておこうな」
「うん!」
二人のやりとりに、ロレーヌは微笑む。
「あちらに見える、ロアーナ劇場でやりますから。では、また明日」
「ロレーヌさん、ありがとう!」
ニナはぶんぶんと手を振り、ロレーヌも手を振り返してくれた。
ロレーヌが見えなくなると、ニナはもう一度チケットに視線を落とし、口角をキュッと上げた。
「ほれ、ニナ。海で濡らすと困るから、一旦俺に渡してくれ。魔法バッグに入れとくから」
「はい」
「うぃ。よーし、じゃあ改めて海行くか!」
「おー!」
砂浜に着くと、ニナは早速靴を脱いで海に向かって突進していく。そのわりに海の浅瀬に着くと、ちょんと足先を入れてカミュを振り返る。
カミュはその様子に笑い、海の浅瀬を走っていく。ばしゃばしゃと大きな音を立てて、その水しぶきがニナの顔に掛かる。
ニナが、「うえ、しょっぱい」と言って、二人は笑いあう。
カミュに手を引かれ、ニナは海の中に入っていく。腰より少し浅い辺りで、「しゃがんでみたらどうだ」と言われて、そうしてみる。
海の中は冷たい、だが、冷たすぎなかった。日差しが強いぐらいだからか、ちょうどひんやりしていて気持ちいい。ニナが呆けた表情をすると、カミュは「気持ちいいよなぁ、海は」と言って笑う。水を手でちゃぷちゃぷと触りながら、ニナはカミュに話し出す。
「ロレーヌは、お耳長かったよね」
「ああ、ありゃエルフだ」
「エルフ?」
「ああ、長命種だな。美しい外見をしてることが多くて、俺らみたいな亜人と違って、人間にも好まれることが多い」
「カミュもかっこいいのになぁ。ニナも角ほしい」
「ははは。まぁ、ロレーヌってお嬢さんは人気の歌手みたいだな。ほれ、あっち見てみ」
「あ! ロレーヌ」
浜辺には、ロレーヌの写し絵の描かれた冊子やら、扇子やらが売られている売店があった。
「さっき街中でも見かけたし、貴族にも庶民にも人気があるみたいだな」
「はえー、ロレーヌすごいねぇ」
「だなぁ。まぁ……ちょっと綺麗すぎる笑顔だったけどな」
ぼそっと呟くカミュの言葉は、ニナには届かない。
あんなに綺麗なロレーヌの歌、どんなに美しい歌声なんだろう。ニナはぱしゃぱしゃと海で遊びながら、思いを馳せた。
ロアーナ劇場の控室。そこでは本番前のロレーヌが苛立ちを押さえられず、送られた花束を床に叩きつけていた。花びらが散らばり、それをチェリが拾っている。
「まだ、見つからないわけ?」
「申し訳ございません。奴隷商だけではなく貴族も関わっており、上手く隠れ蓑にしているようです」
「なんてことなの……一刻も早く、お姉ちゃんと同胞たちを見つけなきゃいけないっていうのに」
ロレーヌは爪を歯で噛み、眉を吊り上げる。
「お姉ちゃんは絶対に、同胞たちと一緒にいるはずよ。お金ならいくらでも出すから、必ず見つけ出して頂戴。貴族には私が取り入って情報を引き出すわ」
「お任せください」
そう言って、ロレーヌは薄手のレースの衣装に着替え、チェリが差し出したグラスの水を一気に飲み干す。
ふぅっと大きなため息をした後、ロレーヌはチェリを振り返る。
「それじゃあ、今日も私の美貌と美声で、人間たちを魅了してくるわね」
そう言って、不敵な笑みを浮かべると、ロレーヌは舞台に上がっていった。




