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11/15

ノア


 「カミュ、お腹減ったぁ」

 「宿で夕食も頼んどいたから帰るぞ。ほら、背中乗れ」

 「あい」


 しゃがんだカミュの背中に、ニナは抱き着く。カミュはニナをおぶって宿に向かう。

 日はすっかり沈み始めてしまい、あたりは薄暗い。ニナがうとうとしていると急にカミュが立ち止まった。

 目をこすりながら、「カミュ?」と聞くと、カミュは「ちょっと静かにしてろ」と言う。

 カミュの視線の先に目を向けると、荒くれもの達が女性の周りを囲んでいる。女性は兎の亜人のようだ。彼女の自由を奪うと同時に無理やり薬を嗅がせ、彼女の目は生気を失ったようにぐったりとした。


 「あれって……」

 「ああ、セームルの薬と同じみたいだな。クソが」


 そう言って、カミュは静かに荒くれものの後をついていく。ニナは不思議そうにカミュに囁く。


 「カミュ、捕まえないの?」

 「あいつら手練れすぎだ。もしかしたら他にも捕まってる亜人がいるかもしれねぇ。アジトを見つけて潰す」

 「わかった」


 ニナは大きく頷くと、ポケットから大事に取っておいたチョコレートを取り出す。


 「ニナ、チョコ食べるからお腹大丈夫」

 「すまねぇ、助かるわ」


 そう言って、ニナたちは荒くれものの尾行を続けた。



 「どうやら、ここがアジトみてぇだな」

 「なんか、大きいね?」


 そこは、今は使われていないのだろう、庭が荒れ果てた貴族の別宅のような立派な建物だった。


 「鍵持ってるってことは、貴族も関わってるみたいだな。慎重にいかねぇと」

 「うい」


 荒くれもの達は鍵を開けると、亜人を抱えて奥に進んでいく。

 カミュは開いた扉の間から、そっと侵入し、音を立てずに俊敏に物陰から物陰へ移っていく。

 荒くれもの達は立ち止まると周りを見渡し、床に敷いてあるカーペットをどかすと、その下から扉が現れた。

 そうして、それを開き、中に入っていく。


 「ニナ、ここから先は慎重に行く。絶対声は出さないように」

 「う、うん」


 ニナの喉が、小さくこくりと音を立てると、カミュは笑う。


 「お前に怪我はさせない。安心しな」

 「うん! カミュ、強いもんね」


 ニナはぎゅっとカミュの背中に抱き着く。カミュはその背中をポンポン叩くと、「うし、行くか」と言って、扉の下に降りていった。

 扉の下は階段になっており、少しすると地面にたどり着いた。思っていたよりも広い空間が広がり、天井も高い。奥に向かう道に沿って、ぶら下がったランタンの灯りがゆらゆらと揺れている。かなり長い道なのか、先のほうは暗くてよく見えない。ニナは少しの緊張で、手の汗がじわりと広がるのを感じる。

 ゆっくりと奥に進んでいくと、コツコツと、こちらに向かって足音が近づいてくる。

 ニナは慌てて周りを見渡すが、隠れられる場所など何処にもない。カミュも同じように周りを見渡している。そうしている間にも、足音は近づいてきて、わずかに会話が聞こえ始める。ニナの手のひらが、カミュの洋服をぎゅっと握りしめる。カミュは小さく「しゃあねぇ。ちゃんと捕まってろよ」と呟き、高く跳んだ。



 「でさぁ、あのエルフ気位が高すぎるよなぁ」

 「わかる。商品じゃなかったらもっとさぁ――」


 

 ゲラゲラと下品な笑い声を浮かべながら、先ほどの荒くれものとはまた違う二人の男たちが、真下を通り過ぎていく。

 カミュはニナを背中に背負ったまま、天井にぶら下がっていた。普段の彼と違い、尖った強靭な爪が指先から姿を現し、石で出来た天井の割れ目に食い込んでいる。

 少し顔を歪めながら、カミュは片手でぶら下がり、もう一方の手はニナを支えている。

 おろおろするニナの目の前で、パラパラと天井から破片が落ち、ニナは目をギュッと閉じる。しかし破片に気が付かなかったのか、男たちはそのまま真下を通り過ぎ、ニナは少し力を緩めた。

 カミュはじっとその男たちを見つめ、周りの音を聞き、ほとんど音を立てずに男たちの背後に降り立った。


「ん? なんか今音しなかったか?」

「そうか?」


 そんなやり取りを始めた直後だった。


 ビュッと風のように速くカミュの腕が動いた。

 そうして、代わる代わる男たちに手刀を繰り出し、あっという間に二人は気を失った。


 「……よし、とりあえずこれでいいな」


 呆気にとられていたニナが、ぴょんと跳ねてカミュに抱きつく。

 

 「カミュ強い!」

 「まぁ、こんなチンピラどもには負けねぇよ。よし、先に進むぞ」

 「うん、兎さん助ける。あと、チンピラ? さっきエルフって言ってた」

 「ああ。恐らくこいつらは奴隷商に商品として、亜人やエルフを売ってるんだろう。エルフは特に高値で取引されるらしいし。それにしても」


 カミュは建物の内部をきょろきょろと見渡す。


 「こんな立派な地下室があるなら、常習化してるみてぇだし、悪質だな」

 「なんで、酷いことするの?」


 ニナの真っ直ぐな、でも少し不安げな瞳。カミュは少し考えてから、答えた。


 「この世は、弱ければ強いものに喰われる。それが根本にあるからな。私利私欲を満たすために、弱者は淘汰されちまう」


 その言葉に、パレードのあの日を思い出す。

 不老不死に使えると、捕えられたトーチャ。そうして、絶望に染まる瞳。


「強くないと、いけないのかな」


 ニナがぽつりと呟く。強く、いなければいけない。世界はそんなに厳しくないといけないのか。もっと優しくなれないのか。

 カミュは、ニナに向かってニッと笑う。


「腕っぷしなら、俺に任せときな。ニナのことは必ず守るし、トーチャも助けてやる。捕まってる亜人もエルフもな。ただ、ニナ。気持ちだけは負けちゃダメだ。トーチャ、助けてやるんだろ?」


 そう言われて、ニナは力強く、頷く。


 「確かにこの世は厳しい。でもな、世界が今すぐ優しくならなくても、少なくともセームルの街は優しくなる。エリサや俺がいるからな。そうやって、良くなっていくはずだ。優しい人が増えればな。だから、ニナも優しくあろうって、その気持ちを忘れるな」

 「うん、ニナ、優しくする」

 「その意気だ。じゃあ、一緒に捕まってる奴らを助けよう。優しい世界を作る第一歩だ」

 「おー!」


 ニナの瞳から、不安げな気配が消え、カミュはにっと笑ってニナの頭を撫でる。ニナはそんなカミュを不思議そうに見つめて、微笑んだ。

 

 二人はそのまま奥に進んでいく。少なくともさっきの男たちがいるはずだから、用心しないとなと言うカミュに、ニナは何度も頷く。

 少し進むと、地下牢が連なる場所に出た。じめじめしていて、陰鬱な空気を纏った場所だ。

 手前の牢には誰かがいた形跡……壁を引っ搔いた傷や、黒ずんだ血のような跡があるが、今は誰もいない。その様子を見て、カミュのこめかみに血管が浮き出る。

 少し奥に、ランタンが置かれている牢があり、そこから人の声がする。


 「いや、やめてください! 一体ここはどこなの」

 「亜人の癖に抵抗すんじゃねぇ」

 「そうだ。光栄に思えよ」


 そんな会話が聞こえてきたが、その瞬間に、男の体が牢の奥に吹っ飛び、叩きつけられる。


 「……え?」


 もう一人の男がぽかんとしていると、その男の首をカミュが力強くつかみ、そのまま上に掲げた。


 「亜人の癖になんだって? あ? もう一度言ってみろよ」

 「ぐ……あ」

 「人間の癖に言葉もまともに喋れねぇのかよ。屑が」


 そう言って、その男も同じように牢の奥に投げつけ、先に吹っ飛ばされた男にぶつかり、鈍い音がすると、二人ともぐったりと項垂れる。

 ニナはすぐに兎の亜人に近寄ると、声をかける。


 「だいじょうぶ?怪我ない?」

 「あ、ありがとう。怪我は大丈夫よ」

 「他にもかなりの人数が捕まってるみたいだな。全員逃がすぞ。アンタも手伝ってくれるか?」

 「え、ええ! もちろんよ」


 荒くれものを縛り、持っていた牢の鍵をもって手当たり次第に牢屋の扉を開く。

 幸いそこにいた亜人達は、まだ連れられて日も経っていなかったようで、恐怖に震えてはいるものの外傷はないようだった。

 ニナは、震える子供の亜人たちに、残っていたチョコレートを全て渡し、頭を撫でた。

 カミュが奥のほうに行こうとすると、猫の亜人が声をかけてくる。


 「奥の子、ひどいことをされていたみたい。叫び声が聞こえたのよ。もし、なにか手当てする道具があればお願い。今は何も手持ちがなくて」

 「大丈夫だ。あんたも被害者なんだ。今は自分のことでいっぱいだろうに、ありがとうな。ニナ! 奥に怪我人がいるそうだ」

 「今行く!」


 まだ震える子供たちの手をとって、ニナは笑いかける。


 「大丈夫、カミュはすっごく強いんだから! だからもう大丈夫よ。ちょっとだけ待ってて」


 そう言って、カミュの元に走り出す。

 

 「すっかりお姉さんだな。よし、行くぞ」

 「えへへ、うん! 行くぞ」

 「そりゃ俺の真似か? あんまおすすめは出来ないねぇ」


 そうして、奥の牢を開ける。

 薄暗い中、奥から鎖が引きずられた音がじゃらりと鳴る。


 「……誰だ」


 女の声がする。他の亜人たちと違い、捕まっているというのに、堂々とした声。

 ニナはカミュからランタンを受け取り、彼女に近づいていく。


 「子供?」


 彼女の声の覇気が、少し薄れたのがわかった。彼女は腕を上にあげた状態で手首を鎖で縛られ、それを吊るされている。布切れのような薄汚れた白い洋服からは、白い脚が伸びている。だが、それをみたカミュは顔を顰めた。腿の途中から、片足が無い。無理やりに切り取られたような雑な切り口に、熱して止血したのか爛れた肉。


 「ニナたち、助けに来た!」


 ニナの声で、カミュはハッとする。怒りに握りしめた拳を開き、すぐに手首を縛っていた鎖を外す。

 

 「助かる。私はエルフの戦士、ノア。助けてもらい感謝する」

 「私は、えっと人間の子供のニナです! どういたしまして。こっちはドラゴニュートのカミュです」

 「カミュだ。アンタ、それここの奴らにやられたのか」

 

 ノアは唇を噛みしめ、頷く。

 

 「……ああ。すまない、ここでのことはあまり言いたくない。ところで、エルフは牢にいたか?」

 「余計なこと言ったな。エルフはいまんとこ見てねぇな。空の牢がいくつかあったのが気になるが」

 「そうか……クソ! こんな脚でなければ、すぐにでも同胞を助けに行けるのに。何が戦士だ。大事なものも守れずに!」


 ノアは、自分の腿を指先でグッとつかみ、嘲笑気味に、でもその瞳は怒りに染まっている。

 ニナは、じっとノアを見つめる。


 「脚が治ったら、ノアは嬉しい?」

 「ああ。私の戦士としての誇りだからな」

 「そうしたら、ニナのお願いきいてくれる?」

 「? ああ、同胞を助けたらいくらだって。神でも悪魔でも、その望みを叶えてやるさ!」


 そう、やけくそのように叫ぶノアに向かって、ニナは、不敵な笑みを浮かべる。


 「約束! ……再生!」


 ばちっと緑の閃光が走る。ニナの翳す手の先で、ノアの腿の切断面から、しゅるしゅると光の糸が何本も編まれているかのように脚の形になっていく。そうして、ニナが「ん!」と力を籠めると、一層強く脚が輝き、星屑のような光がひらひらと落ちていく。


 その現実離れした光景を、ノアは目を見開いて見つめている。口は開いたままで、ただ、自分の脚があった場所をじっと見つめていた。

 

 「……うそ、だろ」


 光が消えると、そこには、ノアの失われた脚が再生されていた。ノアは、震える手を伸ばし、大事なものに触れるように、脚に触れる。


 「こんな……もう、戻ることなんてないはずだったのに」

 

 そうしてゆっくりと立ち上がる。すらっとした白い脚が、ランタンの灯りでオレンジ色に照らされる。

 ノアは、その場でゆっくりと回りだす。彼女が纏っているものは、さっきまでと同じ薄汚れた白い布だったのに、まるで彼女の舞台衣装のように、動きに合わせて形を変える。


 「あ、はは、うそ、みたいだ」


 そう言うノアの目からは、大粒の涙がこぼれ落ちる。

 彼女はそうして徐々に速度を上げ、涙が回転に合わせて舞い落ちる。

 ニナはそんな彼女をみて、「綺麗」と呟いた。


 暫くそうした後、彼女はゆっくりと足を止め、膝を立てて、ニナを力強く抱きしめる。


 「ニナと言ったな、ありがとう。君は私の恩人だ」

 「えへへ、あ、うぅ、ちょっと眠い、かも」


 ニナはふらつき、そのままノアに倒れ込む。驚くノアに、カミュがすぐに近寄る。


 「魔法を使うと疲れちまうみたいでな。少し寝かしておいてくれ」

 「そうか、そうだよな。奇跡みたいな魔法なのだから莫大な魔力を使うだろうに。こんなに小さな体で……」


 ノアはニナの頭を自分の膝の上に乗せ、ゆっくりと頭を撫でる。


 「おやすみ、ニナ」


 ニナは嬉しそうに「むにゃ」と呟き、眠りに落ちた。


 


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