エリサの両親
翌朝、ニナとエリサが朝食をとっていると、何やら騒がしい声が聞こえた後、扉が勢いよく開かれた。
そこには中年の男女が立っており、一人はでっぷりとした男、もうひとりは神経質そうな女性で、エリサを見ると急に笑顔をつくった。
「あら、エリサったら今日も可愛らしいこと」
猫なで声で近づいてきた女性は、ニナに気が付くと嫌悪を露わにする。
「まぁみすぼらしいこと。何なのこの子は」
冷たい声に、ニナはびくっと肩を揺らし、不安そうに隣に座るエリサの裾を掴む。その様子を見て、エリサは女性に声をかける。
「私の客人に無礼な発言はおやめください、母上。父上もご一緒に朝から何の用でしょう」
エリサの母らしい女性は、エリサのひどく冷たい声に、少し上ずった声で返す。
「ほほ、ごめんなさいねぇ、まさか客人とは思わず。それでね、今日来たのは以前話したことの続きよ。ほら、貴方」
エリサの母が、父に目くばせをすると、彼は少しどもりつつ続けた。
「ああ、エリサも立派に領主としての仕事をやっていると思うが、やはりまだ若いからな。補佐に丁度良い人材を見つけてきたんだ」
「またその話ですか、それは断ったはずですが」
「会うだけでもどうかしら? いくらお爺様が決めたからって、あまりにも貴女は若すぎて経験だって……」
エリサは大きくため息をつき、父母を睨みつける。
「それは、私に任せるとしたお爺様の判断を疑うということですか。現状特に問題も起きていないどころか財政も回復しつつある、この状況で」
「そ、それは……」
その時、乱暴に扉が開き、カミュが入ってくる。
「カミュ!」
ニナが立ち上がると、カミュは「はようさん」と片手を上げる。
そして、エリサの両親に気が付くと、じろりとにらみを利かせる。
カミュの視線に縮こまる二人から視線を逸らすと、エリサはハミルトンに声をかける。
「父上と母上がお帰りだ。丁重に見送るように」
「かしこまりました」
二人は文句を言いつつも、執事に連れられ扉から出ていく。カミュを睨みながら「亜人無勢が」と呟く声がして、ニナはむっとする。
エリサは短く息を吐いてから、ニナに向き合うと頭を撫でる。
「すまない、私の両親が君に失礼なことを言った」
「ううん、大丈夫。あの、エリサ怒ってくれて、ありがとう」
「それは、当然だ。何より君はみすぼらしくない、強い女性だ」
「あ、ありがとう」
少しはにかむニナに、カミュは「照れてるのかニナ」と笑う。
エリサもふっと笑った後、カミュは向き直り「何か、薬の件でわかったことあるか?」と聞く。
「ああ、どうもあの薬の精製工場は領主が私に代替わりして、しばらくたってから人の出入りが始まったらしい。亜人を薬の実験にするのもその頃からのようだ」
「ほぉ」
「今までは、お爺様の目があったから動けなかったが、私になったことで動き出した、といったところか。舐められているな」
「なるほどな。クソっあの時の帳簿さえ燃えていなかったら……」
エリサとカミュが真剣な表情をして話しているのを、ニナはじっと見つめ、話に割り込んだ。
「ニナも、何かやりたい!」
ニナの声に、エリサとカミュは顔を見合わせ、「あ」と言う。
「ちょっと試してほしいことがあるんだ。この帳簿を君の魔法で戻せるか」
「ちょうぼ?」
「ああ。裏帳簿っていう、悪いことをした証拠なんだが、燃やされてしまって、この通り一部しかなくてな」
「やってみる」
ニナは手を翳し、「再生」と唱える。
しかし、何も起こらない。
「どう、直したら良いかわからない」
そう呟くニナに、エリサは帳簿をみせる。
「これが帳簿というものだ。こう、ページがあって――」
エリサに説明してもらうと、ニナは頷く。
そうして、再度手を翳し「再生」と唱える。
バチっと緑の閃光が走り、光が消えると、そこには元通りになった裏帳簿が現れる。
エリサは直ぐにそれを手に取ると、中をパラパラとめくり、「中身も、そのまま戻ったようだな」と言葉をこぼす。
「まじか、すげぇなニナ!」
カミュはニナの頭をワシワシと撫で、ニナはカミュを見上げてニコッと笑う。
「しかし、聞いていた以上の能力だな……お陰で証拠が集まった。感謝するよニナ」
「うん! よかった」
「中身はどうだ? エリサ」
「父上の推薦で採用したボンズのサインに、父上母上のサインもあるな。これで、尻尾を掴めたぞ」
エリサは満足げに口角を上げ、カミュも「よし!」と声を上げる。
「しかし、予想通りではあったが……まさか領地の経営に加え、風紀までも悪化させている原因が、領主の家族とはな」
エリサは片目を引くつかせ、唇を噛む。力を入れすぎたのか、唇からは血が滲んでいる。
そんなエリサを見て、ニナはおどおどして、エリサの手の甲を擦る。
「エリサ、痛いの?」
そう言われ、エリサは眉を下げ、ニナを強く抱きしめる。
「ああ、少しな。でも、ニナのおかげでもう、大丈夫だ。だが、すこしだけ、このままでいさせてくれ」
ニナは微笑み、エリサの小さく震える背中をそっと撫で続けた。
エリサの声は少し涙ぐんでいるようで、掠れている。早く痛みが治まることを祈るように。




