エリサ
「さすが副団長殿。一度の調査で結果を出してくれるとは思わなかったぞ」
「まぁ、今回は完全にニナのおかげだ」
「ニナの?」
「ああ、実は――」
貧民街での出来事をエリサに話すと、彼女は驚きの声を上げる。
「あまりにも、便利な魔法だな」
「ああ、魔力を多く消費するのか、今はぐっすりだ」
カミュの隣で寝息を立てるニナ。彼女の小さな手はぎゅっとカミュの袖を握りしめている。
「だいぶ懐かれているな」
「子供に懐かれるのは慣れてるからな」
「ふふっ、そうか」
エリサは小さくため息をつくと、カミュに視線を向ける。
「先ほどの売人だが、実際にはハミルトンを知らなかった。そのくせハミルトンが犯人だという証拠は持っていたが、やはり捏造されたものだった」
「やっぱりな……誰かが俺達を仲違いさせたがってるってわけだよな」
「ああ。こちらの情報が筒抜けということは、身近にスパイがいるのかもしれない。この屋敷での会話も気を付けたほうがいいだろう」
「しかも証拠もでっち上げされてるとなると、それなりに地位のあるやつが噛んでるのかもしれねぇ」
「……そうだな。目星はついているが」
「なんとしても、証拠を掴まないとな」
カミュは、ニナに視線を落とす。
「似ているのか。ちょうど彼女ぐらいの年齢だったろう」
「……ああ。笑った顔が、よく似ている」
エリサの問いに、カミュは短く答え、ニナの顔に掛かった髪を払ってやる。
「アイツみたいな最期を迎える子を、せめてこの街からだけでもなくしてやりたい」
「ああ、私も同じ思いだ。あと少しだ、必ず成し遂げよう」
「ああ」
「ふあぁあ」
大きな欠伸と共に、ニナが体を起こし、伸びをしたことで二人の会話は終わった。
「おはようさん。よく寝てたな」
「ん」
まだ寝ぼけているのか、ぼうっと一点に視線を向けたニナは、瞼をゆっくりとぱちぱち瞬かせる。
そんなニナに、カミュは目を合わせて話しかける。
「ニナ、思ってたより時間がかかっちまったから、今日はエリサのところに泊めてもらえ。俺の部屋はさすがに狭すぎるからな」
ニナは、ちらっとエリサを伺う。エリサはにこりと微笑み、それに安心した彼女は小さく頷いた。
「すまないな。明日こそ、お前のこと家に帰してやるからな」
「ニナ、まだおうちに帰らないよ。カミュのお手伝いする。だから、カミュのお仕事終わったらニナのお手伝いしてほしい」
ニナの表情は、真剣そのもので、何か事情があるのだろうか、そうカミュは感じ取った。
「よし、じゃあ続きは明日にしよう。カミュ、帰りにハミルトンのところに寄ってみてくれないか。念のためな」
「わかった。じゃあ、また明日な、ニナ」
「うん! また明日」
ぶんぶんと勢いよく手を振るニナに、カミュは片手をあげて帰っていった。
カミュを見届けると、エリサは満面の笑みでニナに話しかける。
「よし、じゃあ女子二人になったわけだし。色々楽しもうじゃないか」
「楽しむ!」
片手をさっと上げるニナを連れ、エリサは浴室に向かう。
ポルカ村での入浴は、桶で湯を掛けるだけだったので、浴槽というものを初めてみたニナは、感動で震えた。
石鹸を少し泡立ててみせると、興奮のあまり、必死に泡立てては自分の体にこすりつけ、まるで羊のようになってエリサを笑わせた。
湯船につかり、二人で、ふぅと息をつくと、エリサがニナに尋ねる。
「ニナは、どうしてこの街に来たんだい? 両親と、というわけではないんだろう?」
「うん、男の子に連れてきてもらったの。その、友達を探していて、ここで仲間を見つけるといいって」
ニナは扉のことを咄嗟に隠した。異世界人だということは、知られてはいけない、そう思ったから。
「そうか、その友達とははぐれてしまったのか?」
「ううん、怖い人に捕まってしまって、私……」
ぎゅっとこぶしを握るニナを見て、エリサは続ける。
「逃げたのか」
「……うん」
ずんと痛くなる胸。歪む顔。ニナは、ここが風呂場でよかったと思った。
「後悔しているのか」
「……うん」
「私にも、後悔していることは山ほどある。自分に力がなかった頃は特にな」
「お姉さんも?」
「ああ、でも、それが嫌で力を手に入れた。カミュもそうだ」
「カミュさんも……」
ニナは、じっとエリサを見つめ、問いかける。
「お姉さんは、もう辛くない?」
「時々は、胸は痛むさ。それでも、後悔することは減ったな。それに、前を向いていかなければな。叶えたい夢もある」
「夢」
「ニナにはないか? 夢」
「トーチャを助けたら、パン屋さんになりたい。おいしかったの、今日食べたパン」
「そうか、叶うと良いな」
「うん!」
お風呂から出て、寝室のベッドに横たわると、ニナはすぐに寝息を立てる。
エリサは一度仕事に戻ろうとするが、ニナの寝言に足が止まる。
「爺ちゃん、婆ちゃん、会いたいよ……」
そう言って、涙を流すニナの頭をそっと撫で、エリサはニナの傍で横になる。
険しかったニナの表情が、すっと穏やかになっても、エリサは彼女の頭をゆっくりと撫で続けた。




