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『君は命の灯火が消えるとしても、助けることを選ぶのか』 代償を知らない少女は、今日も旅先で誰かを救う  作者: あやお
ドラゴニュート編

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薬の精製工場


 「ここが、精製工場か」


 そこは貧民街の外れの、以前は修道院だった場所だ。この修道院はあまりに劣悪な環境だった為、エリサが領主になった時、場所を変えたのだ。

 今にも崩れそうなその場所は、現在は立ち入り禁止とされている。

 入り口は頑丈な南京錠で閉鎖されている。カミュは周りを見渡し、二階の窓が割れているのを確認し、ニナのほうを向く。


 「あそこから入る。おぶるから、俺の首に手を回せ」


 ニナは言われた通りにして、ぎゅっと力を籠める。

 カミュは少し助走をつけ、地面を蹴る。まるで閃光のように、びゅんと風を切って宙に浮き、割れた窓枠に降り立つ。

 ニナは驚きのあまり目をぱちぱちと瞬かせ、ほぅっと息を吐く。

 カミュはそのままじっと内部を見下ろす。

 外観とは違い、内部は今でも使えるように補強されている。教壇が少しずれており、その下に空間が見える。


 「隠し部屋ね……にしても不用心だな。ちゃんと閉めとけよ」


 ぶつぶつと文句を言いながら、カミュは背中のニナに声をかける。

 

 「ここから先、危険な目に遭うかもしれねぇ。絶対俺の傍を離れるなよ」

 「うん!」


 そうして、カミュは再度跳躍し、小さな音を立てて、内部に降り立った。

 カミュはニナを下すと、ポケットからハンカチを取り出し、ニナの鼻と口を隠すように巻く。


 「薬の匂いがするかもしれないからな。完全には防げないかもしれねぇが、無いよりはましだろ。よし、じゃあいくぞ」


 二人は、教壇の下に潜り込んでいく。そこは薄暗く、石で出来た階段があり、冷気が漂っている。そうして進んでいくと、覚えのある甘い香りが漂ってくる。

 道の先に、オレンジ色の灯りが見えてきて、カミュは足取りをゆっくり変え、曲がり角から先の様子をうかがう。


 「見張りが三人か。ニナ、少しだけここで待っててくれ」

 「わかった」


 ニナが頷き、カミュは勢いよく通路を出る。目の前にいた見張りの男の首に手刀を繰り出し、男が倒れる。その音で近くの見張りが振り向こうとした瞬間には、その男の背後を取り、同様に手刀で倒す。その動きはあまりにも無駄がなく、ニナは息もできずに胸のあたりで手を握りしめて見つめる。

 そうして、もう一人の見張りのほうに向かったカミュだったが、誤算があった。

 最後の見張りの後ろには、カミュの二倍の大きさはあろうオークが立っていた。どうやら薬で操られているようで、口から涎をだらだらと垂らしている。

 男はカミュに気が付くと、オークに鞭を打ち、オークはカミュに向かって襲い掛かってくる。

 オークはその巨大な足を振り上げ、カミュを踏みつぶそうとするが、カミュはその足の間を抜け、最後の見張りを気絶させる。

 

 「きゃあ!」


 カミュが振り向くと、カミュを心配して、少し前に出てきてしまったニナに、オークが大きな手を振り下ろしていた。

 ニナは、ぎゅっと目を瞑る。

 だが、衝撃は訪れず、ニナが目をそっと開くと、オークの巨大な手をカミュが支えていた。


 「ニナ、大丈夫か?」


 少し顔を歪めながら、カミュはニナに問いかけ、ニナは大きく頷く。


 「よし、じゃあそのまま、元の場所まで行け。大丈夫。俺がこいつの相手はするから」

 「わ、わかった!」

 

 ニナはもつれそうになる脚を必死に動かし、少し泣きそうな表情を浮かべながら角まで戻る。

 そうして、後ろを振り向くと、カミュはオークの手の下から素早く脱出し、背後に回った。

 そのまま地面を蹴り跳躍し、オークの肩に乗ると、「すまないな」と言って、首に思い切り蹴りを入れる。

 オークは大きな叫び声をあげ、地面に顔から倒れ込む。

 

 「カミュ!」

 「ニナ、驚かせたか?ごめんなぁ」

 「ううん! カミュ強い! びっくりした」


 そう言って、ニナはぴょんぴょんとその場でジャンプする。

 カミュはニッと笑う。


 「まぁ、騎士団副団長だからな。これぐらいは当然だ」


 そう言って、カミュはニナの手を引いて先を急ぐ。どんどんと甘い匂いが強くなり、ニナは顔を顰める。

 目の前には、何人もの亜人が涎を垂らし、生気のない目でひたすら規則的に手を動かし、薬を調合していた。

 その奥で山積みになっている粉は、売人が持っていたものと同じようだ。


 「この薬……ただの薬じゃねぇな。亜人を意のままに操ってやがる」

 「……」


 ニナは、カミュの一歩先に進む。

 そうして、手を亜人たちに向かって翳す。目を瞑り、思い浮かべるのは酒場にいた亜人たち、子供たち、カミュだ。


 「再生」


 緑色の閃光が、部屋全体を包み込む。

 そうして、星屑のように、キラキラと宙から光が落ちていく。


 「あれ……なんで、ここにいるんだっけ」

 「俺も、なんで」


 さっきまで、生気の抜けていたようだった亜人達は、みな目に光がともり、直前の記憶がないようで困惑している。

 ニナは微笑むが、体から何かが抜けたような感覚がして、体がぐらりと倒れそうになるのをカミュが受け止める。

 

 「大丈夫か? びっくりしちまったよ」

 「だいじょうぶ」

 

 ニナは、へへっと笑うが、体にはまだ妙な違和感が残っている。何か、もう戻らないような、そんな感覚に、少しだけ胸がざわつく。

 だが、カミュに気が付いた亜人達が集まってきたことで、思考が中断される。


 「カミュさん、俺達どうしてこんなところに?」

 「俺ら薬、無理やり飲まされて、それから記憶が……」

 

 カミュは、はっとしてニナをぐいっと前に出す。


 「この魔術師のニナが、お前らを正気に戻してくれたんだ! お礼はニナに言え」

 「この子が?!」

 「あ、ありがとう!」

 「ありがとう、お嬢ちゃん!」


 オロオロしながらも、喜んでいるニナの木の紋章の根元が、また緑色に染まっているのに、カミュは気が付く。

 

 「あの紋章、前より緑色の部分が増えてないか?」


 魔法を使うと、紋章が色づいていくのだろうか?

 カミュは顔を顰めるが、亜人の皆がうれしそうにニナに感謝を伝えていることが、なんだかうれしくて、それ以上考えるのをやめた。

 

 「お前たちをこんな目に遭わせた犯人を捕まえたい。何か知っている奴、いないか?」


 精製工場に居た亜人達を集め、カミュが大声で叫ぶ。

 彼らは必死に思い出そうとしているようで、頭を抱えている。まだ薬が抜けたとはいえ、茫然としているようだ。

 そんな中、大きな声が聞こえた。


 「お前! どこ行くんだよ!」


 ニナが声の方向に視線を向けると、そこにはローブを被った鼠の亜人が、犬の亜人につかみかかられていた。

 カミュとローブの亜人の視線がまじりあった瞬間、ローブの亜人は自分に向かって炎の魔法を放った。まるで油でも含んでいたかのように、あっという間に炎が回り、亜人だったものが消し炭となって、床に倒れ込む。

 茫然と、ただその様子をみていたニナだったが、強烈な焦げ臭さが漂い、思わず鼻を両手で押さえたときだった。消し炭が崩れ、その反動でローブの奥から、焦げた厚紙のようなものが床に落ちた。

 カミュはそれに近づくと、摘まみ上げ、じっと見つめる。


 「こりゃ、なんだぁ?」

 

 薄緑色のそれを、訝し気に見ていると、一人の亜人が、「あ!」と声を出す。


 「それ、見たことがあります。ここに連れてこられて薬を打たれた時、開いたままの金庫があって、その中にあった冊子の背表紙に似ています。確か、そこには帳簿と書かれていたはずです」

 「裏帳簿ってことか……その金庫はどこだ?」

 「こっちです」


 亜人に連れられて、金庫を開くが既に中身はなかった。


 「さっきの亜人が金庫の中身を持ち去って、証拠隠滅ってことか。亜人の中にも内通者がいたとはな」

 

 そうカミュが呟いた時、犬の亜人が躊躇いがちに、口を開いた。


 「鼠の亜人のアイツ、病気の妹が居るんです。ずっと悪くなる一方だったのに、最近回復してきて。治療には大金も要るし、俺ら亜人に薬を売ってくれる人間なんていないのにって、不思議だったんです。もしかしたら、それで……」


 犬の亜人の話を聞いた瞬間、カミュの瞳が大きく揺れ、拳を思い切り握りしめた。尖った爪は、皮膚を破り、血が滴る。

 ニナがそっと、その手を撫でる。


 「強くすると、いたい」


 カミュは顔を強張らせ、そうして、泣きそうな表情で僅かに微笑み、「そうだな。程々にしないとな」と言って、ニナの手をつなぎ、大声を出す。


 「全員外に出てくれ! この工場はもう使えないように破壊する」


 カミュはニナと亜人達を修道院から連れ出すと、気が付いたオークと協力して精製工場を破壊した。

 ニナと亜人達は、黙ってその様子を見つめていた。

 ニナは横に立っている、犬の亜人の顔を見上げる。彼の目は最初伏し目がちだったが、二人が工場を破壊していくと、徐々に前を向いていった。

 ニナはその様子に、小さく口角を上げ、「カミュは、かっこいい」と呟いた。

 

 

 

 

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