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2/15

契約


 その日、家に帰ると、泣きはらした様子のニナを見て、爺ちゃんと婆ちゃんが抱きしめてくれた。

 婆ちゃんの温かい腕の中に抱かれている間だけ、ニナは安堵できた。

 だが、トーチャを見捨てたという事実は、何をしていても付きまとい、そのたびにニナの胸はひどく痛んだ。


 その夜、トーチャが帰ってこないと村は大騒ぎになった。

 ニナも事情を聞かれたが、本当のことは言えず、小屋の辺りで別れたとだけ伝えた。

 顔を覆って泣くトーチャの母親に、ニナは真実を伝えたかった。

 でも、怖かった。自分が逃げたことを、責められる気がして。だから、せめて扉について伝えたかった。でも、それもできなかった。

 あの後、後悔に苛まれたニナは、もう一度扉を開いた。しかし、そこに草原は広がっておらず、ただ小屋が続いているだけだった。

 何度繰り返しても、あの世界にはつながらなかったのだ。


 

 その晩、ニナは悪夢を見た。

 地面に倒れたトーチャが、ニナに助けを求めている夢だ。

 今度こそ、彼を助けようとするが、彼のそばにシロウと呼ばれた黒髪の騎士が現れ、体がすくんでしまう。

 それでも、彼に一歩ずつ進み、あと少しというところでトーチャは花びらに変わり、飛び散ってしまう。


 

 「お前が、何故彼を助けられないか、教えてやろうか」


 

 背後から、声がする。振り向くと、そこにはトーチャより少しだけ大きい男の子が立っていた。

 黒い髪に、見つめれば吸い込まれてしまいそうな、漆黒の瞳。

 見た目のわりに、妙に大人びた少年は、薄ら笑いを浮かべ、ニナを見下ろしている。


 

 「どうして?」

 「お前が、弱いからさ。この世界は、弱いものは淘汰される」


 男の子の話す言葉は難しいのに、ニナは何故か、彼が何を言っているのか理解できた。

 

 「でも、強くなんか……なれないよ」


 ニナは自分の手のひらを、じっと見つめ、呟く。

 体の大きさも、力も、自分には到底叶わない。それは、一番ニナ自身がわかっていた。

 そんなニナを、男の子は嘲るように笑った。


 「確かに。お前が、あの騎士から武力で少年を取り戻すのは無理だ」

 

 ニナは、「じゃあ、どうしたらトーチャを助けられるの」と呟く。

 そんなニナの顔を、横から覗き込むようにして少年は言った。

 

 「別にお前が強くある必要はない。武力のある者を味方に引き入れればいいだけだ。あの傲慢な女王だって、あの女自体が強いわけではない」

 「ニナは、お姫様じゃないし……仲間になってくれる人なんて」

 「お前に、強い力があればいいだけだ。蛾が灯りに引き寄せられるように、強い力は人を引き寄せる」

 

 「強い力……」


 瞬きするニナに、男の子は手を差し出す。


 「さぁ、ニナ。君はどんな力が欲しい?」


 力と聞いて、ニナが最初に思い浮かべたのはシロウと呼ばれていた騎士だった。

 常人では持つことすら難しい重厚感のあるランスを、いとも簡単に操る圧倒的な力。そして、すぐにトーチャの姿が脳裏に浮かび、思わず両手で自分の腕をぎゅっと掴む。


 「ニナは……痛いの、嫌」


 そうして、自然と言葉が零れた。

 

 「トーチャの、ケガ治してあげたい」

 

 少年はそんなニナをじとっと見つめ、微笑んだ。

 

 「じゃあ、再生の力はどうだ?」

 「再生?」

 「そう、万物を再生する力だ。人でも、物でも、あらゆる物をね」

 「それで、トーチャを治せる?」

 「もちろん。それを使って、トーチャを助けてくれる仲間を見つけるといい」


 ニナに、そんなことが出来るんだろうか。

 実感も、自信も沸かない。

 そう思いながらも、トーチャを助けられなければ、ずっとこの心臓をぎゅっと握られるような痛みから、逃れられる気がしなかった。

 

 少年は、再度手を差し出し、ニナに問う。


 「ニナ、君はどんな力を望む」


 ニナは、洋服の胸元を強く握り、少年の目を真っ直ぐ見て、言う。


 「ニナは、トーチャを助けるために、再生の力が欲しい」


 ニナの表情を見て、少年は口角を上げる。


 「契約成立だ」


 男の子は満足げに微笑む。その様子に、ニナは疑問を投げかける。


 「どうして、力を貸してくれるの?」

 「退屈だからだ」

 「それだけ?」

 「ああ。僕はこの世界が出来た時から、ずぅっと生きているんだ。途方もない時間を、これからも。退屈しのぎでもなければ、やっていられないのさ」


 男の子はにぃっと笑う。


 「ただし、お前に授ける力は強力だ。タイミングを見計らってつかうんだな。そうでないと」


 少年は、ニナをまっすぐに見つめる。彼の瞳には、少し緊張した表情のニナが映っている。

 

 「トーチャを救えなくなる」


 その声が頭に響く。

 瞼を開くと、朝になっていた。

 ニナの手の甲には、木を縁取った模様が浮かび上がっていた。根から幹が、枝が伸びその先には葉が生い茂る紋章。

 彼女はそれをじっと見つめ、あれはただの夢ではなかったのかと、思った。


 


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